肺腺がんの治療の傍ら、職場の手厚い支援で復職し業務を継続

基本情報

大杉 宏さん(仮名)、50代、男性
職業:会社員(管理職→技術職)
勤務先:IT企業
健康保険:企業グループの運営する健康保険

がんの状況

2014年4月頃から右肩と右腕の痛みあり。2015年5月、健康診断で腫瘍マーカーが高値を示す。8月半ばに総合病院で肺がんの疑いと言われる。大学病院で検査を受け、10月に肺腺がんステージIV(右肺尖部に原発巣、背骨に転移)の診断が確定。11月初旬から入院し、抗がん剤治療(カルボプラチン+ペメトレキセド(アリムタ))を翌年3月まで6クール実施。11月末から1カ月半にわたり右肺尖部へ放射線治療(30回)。2016年1月中旬に退院。2月中旬に背骨へサイバーナイフ治療。4月より、ペメトレキセド(アリムタ)単剤での治療に切り替える。6月に原発巣とは別の右肺、肺門リンパ節への転移を確認。肝臓への転移の疑い。薬剤を免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブ(オプジーボ)に変更し6クール実施したが、効果なし。9月に放射線肺臓炎を発症し、1カ月間入院。抗がん剤をドセタキセル+ベバシズマブ(アバスチン)(3週間ごと、白血球減少前にジーラスタ(白血球を増やす薬)を注射)に変更。現在まで16カ月間22クールを継続中。副作用として、脱毛、味覚障害、倦怠感、両手足のしびれと痛み、むくみ、発熱、頭痛、関節痛、鼻血、爪の異常、手の皮膚の異常などがある。

本人の対応と工夫

・早期の業務引継が必要と考えて、確定診断前に上司に報告し、部長職の交代を申し出た。

・自分では説明しにくいと考えて、上司から各方面に病状を説明してもらった。

・入院中や自宅療養中には2週間に1度メールで、職場復帰後は月に1度は面談して、上司に細かく状況を説明。

・仕事に関係するメンバーには、当月と次月の通院予定日を連絡し、会議の日程等を調整してもらう。

・抗がん剤の投与を金曜日に行い、直後の土日は自宅療養できるようにしている。

経過

仕事ができるいまの生活を続けられることが大事

 大杉さんは、企業向けにシステムの企画・提案からシステム開発、保守・運用までを行うITサービス業の会社で、多くのプロジェクトの責任者となる部長職を勤めていた。

 2014年4月頃から右肩と右腕に強い痛みを感じるようになり、2015年5月には職場の健康診断で腫瘍マーカーが高値を示した。業務多忙のためにしばらく放置していたが、8月のお盆休みに自宅近くの総合病院を受診したところ、肺がんの疑いがあるので、より専門的な病院を受診するよう勧められた。

 がんの可能性があると聞いた段階で、すぐに上司の本部長(役員)に報告。長期の入院治療が必要となれば、業務に大きな支障が出る。診断が確定してからでは引き継ぎもままならないので、早期に対応する必要がある。病状といまの気持ちを話すと、上司は「どうしてほしいんだ?」と聞いてくれた。そこで、部長職はともかく交代してほしいこと、自分からは周囲に説明しにくいので、代わりにお願いできないかと話すと、快く引き受けてくれた。

 仕事は容易に休暇を取れる状況ではなく、検査通院のためのスケジュール調整が大変だった。治療に専念できるようにと、上司自らが社内外を駆けずり回り、説明や調整をしてくれた。また、簡単に交代できない業務については、上司が直接対応してくれたので助かった。

 診断確定前には、詳しい説明をする相手は必要最小限にして、一般部員には体調不良で部長職を交代するとだけ告げた。診断確定後には、社内の関連部門と重要な取引先には、すべて病状をオープンにした。

 後任部長への引き継ぎは最小限の手間で済むように、周囲が協力してくれた。本来大杉さんが書くべき引き継ぎ書は、部下がそれぞれの担当部分の概要を書いてくれた。また、後任の部長を交えて相談し、「この部分は直接担当者に聞くから引き継ぎ書には簡単な記載でよい」など、省ける手間を省いてくれた。

 10月から休みをとって、検査と治療に専念することにした。休暇について人事総務部に相談すると、病気療養のときに使える制度を詳しく説明してくれた。管理職なので制度についてひととおりの知識はあったが、自分の場合にはどの休暇が何日あって、いつまで休めるのか、カレンダーに色分けして説明してもらえたのはわかりやすく、ありがたかった。

 9月末の時点で、有休休暇の残りは32日半。そのあとは、失効した有給休暇の積立分として、51日間の長期傷病休暇が取得可能だ。さらに長期欠勤という制度があり、勤続8年以上の大杉さんは、1回だけ理由を問わずに3カ月の休みをとれる。すべて合わせると約7カ月は会社の制度が利用できる。その後は欠勤になるが、最長18カ月間休職できる。そのときは、健康保険の傷病手当金を請求できるということだった。

どのような休暇をいつまで取得できるかを色分けしたカレンダー

どのような休暇をいつまで取得できるかをカレンダーに色分けをして説明してくれた(図はイメージ)

 会社の休暇制度、健康保険の傷病手当金、高額療養費制度の手続きなどをまとめた資料をもらい具体的な説明を受けたため、特に不安はなく、治療計画にあわせて休暇を取得できた。また、職場復帰の手順についても説明してもらったので、復帰の際もスムーズに事が運んだ。

7カ月間休んだ後、治療を続けながら職場へ復帰

 10月に、右肺尖部に原発巣、背骨への転移がある肺腺がんステージIVの診断が確定した。また、右肩と右腕の痛みは、がん細胞が神経を侵している可能性があるということで、オピオイド系鎮痛剤の服用を開始した。

 11月初旬に入院して、抗がん剤治療(カルボプラチン+ペメトレキセド(アリムタ))を翌年3月まで6クール実施した。また、11月末から1カ月半にわたり右肺尖部へ放射線治療を30回実施した。

 放射線治療が終わった2016年1月中旬に退院。以後は自宅療養をしながら、外来で治療を受けた。2月中旬には背骨へサイバーナイフ治療を実施。抗がん剤治療は、4月からアリムタ単剤での治療に切り替えた。

 入院中も、上司には2週間に1度はメールで病状や治療の状況を詳しく報告した。

 4月に薬を切り替えた頃、主治医から同時期に同じ病気で入院していた同世代の人が外来の抗がん剤治療をしながら職場復帰したと聞いた。同じような状況の人がやっているのなら、自分もできるだろう。その話に背中を押されるような形で、仕事に戻ろうと決意した。

 復職時には、産業医による面談を受けた。当初はすぐにフルタイムで働くつもりだったが、7カ月も休んでいるので、しばらくは半日出勤にするように勧められた。そこで、5月末までは午前中は有休休暇を取得し、午後だけ出勤することにした。前年に有休休暇を使い切っていたが、4月になって、新たに20日間の有休休暇をもらっていた。また、1年間は残業禁止の就業制限がついた。

 その後も、産業医とは定期的に面談して病状を報告したり、就労について相談したりしている。

 復帰が決まると、4月末に同僚が集まって、大杉さんが好きでよく利用していた店で、食事会を開いてくれた。復帰しやすい雰囲気作りをしてもらえて、ありがたかった。

 ゴールデンウィーク明けに職場復帰し、5月中は午後のみ出勤した。

自分ができる仕事は何か考えて、提案した

 復職後、部長職ではなくなったので、会社は自分にどのような仕事をさせるか困るだろうと考えた。自分に何ができるかと考えて、負荷のない範囲でプロジェクトの支援をすると申し出た。若手がやっているプロジェクトで、調整が難しいものや苦労している部分があれば、そこに参加してアドバイスしたり、資料を作って渡したりする。顧客への説明が難しい場合は、一緒に客先へ出向いて説明する。

 抗がん剤の副作用で髪は抜け、感染予防にマスクをする必要がある。客先で「こいつはなんだ」と思われるかもしれないと、思ったこともある。でも、世の中の人は、本人が気にするほどには、他人の外見を気にしていないだろう。スキンヘッドの人はいるし、マスクは「風邪を引いていますので」と断ればよい。そう考えて、気にしないことにした。

 1カ月に1度、定期的に上司と面談し、病状や治療計画、仕事の調整などについて話している。そこで、こういう仕事をしてほしいというニーズを吸い上げて、体調のことも考えながら、翌月の予定を立てる。

 仕事関係のメンバーには毎月の通院予定日を連絡しているので、重要な会議の日程は通院日からはずしてもらえる。

 業務内容や作業量、会議のスケジュールなどを柔軟に対応してもらえることは、とてもありがたい。ただ、治療を優先していて、自分が本来果たすべき役割を果たせていないことには、後ろめたさを感じている。

副作用の記録をとることで症状を予測し、体調を管理する

 職場復帰直後の2016年6月に原発巣とは別の右肺、肺門リンパ節への転移を確認。肝臓へ転移の疑いとも告げられた。薬剤を免疫チェックポイント阻害剤であるニボルマブ(オプジーボ)に変更し、最初の1週間は入院した。その後、外来で5クール、計6クールを実施した。副作用はほとんどなくて身体は楽だったが、残念ながら効果が見られなかった。

 ニボルマブの効果がなかったため、抗がん剤をドセタキセル+ベバシズマブ(アバスチン)に変更。白血球が減少するタイミングでジーラスタ(白血球を増やす薬)を注射する。3週間ごとに点滴し、現在まで16カ月間22クールを実施している。

 9月に放射線肺臓炎を発症して入院。当初は1週間の予定だったが、薬剤の変更やその副作用でじんましんが出て、入院期間は1カ月間となった。有休休暇がなくなり、通院は病気欠勤になった。その後も、1年20日の有休休暇と5日の夏期休暇では通院をまかないきれず、年に何日かは病気欠勤になっている。そのため、副作用が強いときでもできるだけ出勤し、休むのは通院のときだけにしている。

 副作用はいろいろ出ている。脱毛、味覚障害、倦怠感、両手足のしびれと痛み、むくみ、発熱、頭痛、関節痛、鼻血、爪の異常、手の皮膚の異常などがある。それぞれの副作用に対処することで外来治療を続けていられるが、就労や生活する上でつらいときはある。

 毎日の副作用の出方を細かく日記に記して、体調管理をしている。病院から渡された「外来化学療法の症状日記」と「痛みの日記」という冊子の他に、パソコン上でワードファイルに日付とそのときの症状を箇条書きで記すようにした。

 細かい記録をとると、点滴のあとどのような時期にどのような症状が出るか予測がつくようになった。そこで、土日は全部寝ていようとか、月曜日はなんとか出社して、火曜日にジーラスタの注射を打ってもらうとか、体調管理を行っている。

 体調がよくないときは、通勤や仕事上の外出で移動するのがつらい。関節痛や筋肉痛のような症状がでるため、駅の階段を上れなくなる。最寄り駅から会社までの道のりを休憩なしで歩けなくなることもある。

 味覚障害で、日によって食べたいもの、食べられるものが違ってくるのも困る。家の中なら、ともかく食べられるものを見つけやすいが、昼食は外食なので、食べられるものを探すのに苦労する。

大杉さんの副作用日記

大杉さんの副作用日記(抜粋)。その日の症状を細かく記録していくと、体調変化の周期がわかり、コントロールしやすくなる。

実際に治療が始まると、案外普通の生活ができることに驚いた

 病気になる前は本当に仕事人間で、ほとんど休みを取らずに、早朝から深夜まで働いていた。平日は家族と食事を一緒にすることもなかった。いまは家族と過ごす時間が増えた。

 大杉さんがいつも通りにふるまっているので、周囲もいつもどおりにふるまってくれている。調子がいいときは、同僚と釣り船に乗ったりもしてきた。いまは手が痺れて釣り竿が握れないので釣りはやらないが、できることならこだわらずに、なんでもこれまで通りにやろうと思う。

 仕事は好きで、やりがいを感じていた。だから、がんになったとわかったときには、自分が部長ではなくなることよりも、仕事に支障がでることのほうが心配だった。がんを治して、なんとしてでも仕事に戻ってやろうと思った。

 インターネットでできる限りの情報を集め、書籍を何冊も読んだ。民間代替療法の情報も集めたが、高額な上に信憑性が乏しいと考えて利用しなかった。

 非常に多くの情報を集めたが、本当に欲しい情報はなかなか得られなかった。

 診断当初に「どうせ治らないのなら、抗がん剤はやらずに、このまま好きな仕事を続けていようかな」と思ったことがある。医師に、治療を先延ばしして仕事をしたいと言うと、「何を言っているのか」と叱られた。そのおかげで治療を始めたら、意外に普通の生活ができることに驚いた。

 医師と患者は、時間軸にずれがあると思う。患者は1年先、5年先、10年先にどうなるかと考えるが、医師はいまの状態が数カ月維持できればいいことだと考える。大杉さんも、いつの間にか、1カ月でもいまの生活を続けられることが大事だと思うようになってきた。

 いまは抗がん剤が効いて、腫瘍を確認できないくらい小さくなっている。しかし、副作用が強くて早く歩けなくなったりすると、もどかしさを感じてもいる。いつかは薬が効かなくなることはあるだろう。しかし、薬が効いて動ける間は、働こうと思っている。

 手が痺れていても、パソコンを打てるから平気。脚がむくんでいても、ゆっくりなら歩けるから平気。高熱が出ても、翌朝には下がって出勤できるから平気。この瞬間に仕事をして、おしゃべりをして、笑っていられるなら、平気だ。

大杉さんの事例から学ぶこと

・上司や部下が積極的にサポートしてくれたので、各方面への連絡や仕事の引き継ぎがスムーズに進んだ。

・副作用の記録を詳しく付けることで、症状の現れ方を予測でき、コントロールしやすくなった。

NCC高橋部長からのコメント

大杉さんの勤務先の対応は、上司の初動の良さ、人事総務による具体的な制度説明と資料の提示、引き継ぎの省力化、復職時の配慮など、非常に参考になります。同じくらい印象的なのは、大杉さんの復職後の働き方。部長職を降りたあとも、職場全体のパフォーマンス向上に向けて、行間を埋めるような仕事をされています。副作用や体調変化の記録に基づいたセルフケアを続け、「今」を大事にして仕事を組み立てる大杉さん。取材時の「平気」という言葉が心に残りました。

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