サノフィ株式会社メディカルルームの取り組み

 企業サイドからの「がんと就労」の取り組みを紹介する企業レポートとして、今回は総合建設業の株式会社松下産業の取り組みを紹介します。松下産業は、「平成26年度東京都がん患者の治療と仕事の両立への優良な取り組みを行う企業表彰」の中小企業部門において優良賞を受賞しました。また、厚生労働省がん対策推進企業アクションの推進企業パートナーとしての登録も行っています。

基本情報

取材先:株式会社松下産業 代表取締役社長 松下和正さん/ヒューマンリソースセンター課長 齋藤朋子さん
対象企業:株式会社松下産業(総合建設業、従業員数236名(2015年7月現在))
健康保険:東京都土木建築健康保険組合

基本情報

・ヒューマンリソースセンターを設置し、人に関することをすべてワンストップでサポートするようにした。

・グループウェアで、療養中や在宅勤務中でも、会社とのつながりを保てるようにした。

・社内報に闘病記を掲載するなど、病状を公表して周囲の理解を得るようにした。

・病状に合わせて在宅勤務を導入するなど、柔軟に制度を変えてきた。

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人に関することがらをワンストップでサポート

 松下産業では、過去10年のうち、がんにかかって1年以上就労継続している従業員が10名いる。そのうち7名は現在も就労中だ。236名のうち10名というのは、ハローワークの資料によれば、ほぼ平均的な値だという。

 松下産業では、人に関することがらを統括して取り扱うヒューマンリソースセンターを設置している。取締役会直属で、採用から教育研修、健康管理など、普通の人事部の機能にプラスして、人生全体を支える機能がある。構成員は、現在専任2名、兼任2名の4名体制だ。建設会社なので、事務系の人だけではよくないと判断して、あえて現場の統括部長を兼任で配置している。

 健康管理、キャリア、社会保障、マネープランなどの相談は、すべてワンストップで、ヒューマンリソースセンターで受け付ける。そして、必要に応じて外部の社会保険労務士(社労士)、弁護士、ファイナンシャル・プランナー(FP)などの専門家と連携しながら解決していく。課長の齋藤さんは、キャリアカウンセラー(CDA)や社労士の資格を持つ。

 社内に社労士資格保有者がいることもあり、当初は外部社労士との顧問契約は考えていなかった。たまたまパワハラセミナーの講師として知り合った社労士が非常によい方だったので顧問契約を結んだところ、専門家ならではのアドバイスを得られて非常に助かっている。

 ヒューマンリソースセンターでは、管理職にワークライフバランスのアンケートをとったり、マネープランのセミナーを開催したりすることもある。

 また、ファミリーデーと称して、年に一度社員の家族を現場に呼んで、社員の働く姿を見てもらっている。社員交流や相互理解を目的として始めたが、齋藤課長は、ファミリーデーのおかげで家族と顔見知りになれて非常によかったと感じている。社員がケガや病気になったときなどに、家族から気軽に相談してもらえるからだ。

 社員ががんに罹ったという報告があると、ヒューマンリソースセンターから病院に出向いて、会社の制度や社内外の助成金制度などを説明する。同時に、本人の病状を実際に見て確認する。松下社長も、社員が入院したと聞くと、すぐに見舞に訪れる。

病気になっても会社とつながっていると、安心感がある

 がんと就労を両立する工夫のひとつとして、サイボウズ社のGaroonというグループウェアを利用して、出社しなくても会社とつながりを持てるようにしている。療養中であれば病状の報告や退院予定、在宅勤務中であれば業務の進捗状況などを報告してもらう。そして、社長や関係者からは、はげましの言葉を返す。病気になっても会社とつながっているという安心感が大切だと考えている。

 社内報には、病気になった社員の闘病記を積極的に掲載している。病気になってもこれだけがんばっているんだと他の社員に伝わる上に、病状を堂々と公開することで、病気は恥ではないという考え方が広まると思うからだ。もちろん、本人が希望しない場合は公表しないが、いまのところは、ほとんどの人が積極的に病気を公表している。

 病気の社員に対してどこまで配慮するかは、他の社員との公平性が重要だ。中には「甘やかしている」といった声があがることもある。ただ、松下産業には、正当なことを正当なこととして認める風土があり、それが周囲の理解を得るためには役立っているようだ。きちんと説明すれば、基本的には納得してもらえる。

 医療者とのコミュニケーションでは、産業医を介することがある。産業医から主治医と話してもらうことが多い。現在契約している産業医は、実際に現場を回って足場に上ってみるなどしてくれる。建設現場で働くというのはどういうことか、理解した上で主治医に話してもらえるので、ありがたい。

通勤ができない社員のために在宅勤務制度を導入

 以前、40代の社員が大腸がんになったことをきっかけに在宅勤務制度を導入した。

 この社員は、感染症のリスクがあってフルタイム通勤ができなくなったが、現場の所長をしていて、在宅でさまざまな仕事をこなせる能力があった。そこで基本的には在宅勤務をしてもらって、体調のよいときにのみ出勤してもらう形をとった。病状に合わせるために、予定は決めずに「今日はどうです? 明日は?」と、柔軟にスケジュール調整をして対応した。たまの出社は気分転換にもなったようだ。残念ながらこの社員は亡くなったが、その後、在宅勤務規程を作成して制度化した。

>「在宅勤務規程」の全文を見る(PDFファイル)

立川孝雄さんの事例

 がんと就労を両立している例として、立川孝雄さんについて紹介する。

 立川さんは、現在58歳。妻と息子の3人家族だ。1995年に中途入社で松下産業に入社し、現在は安全環境部副部長として働いている。

 2013年7月に激しい頭痛に見舞われ直ちに入院し、悪性神経膠腫(脳腫瘍)と診断された。当時は余命半年、両眼失明の可能性が大きいと言われたが、抗がん剤と放射線(サイバーナイフ)治療、リハビリを行って復職。その後再発したが、治療して再び復職した。月に数度の治療を続けながら普通に勤務していたが、2016年1月に再発し、治療後に歩行が難しくなった。現在はリハビリのため入院中だ。

 病状に応じて、フレックスタイムのような形で勤務時間を融通したが、業務内容は特に変更せずに、安全環境部として現場巡回を続けて来た。

 立川さんは、日頃から非常に朗らかで、体力には自信があった。病名を告げられたときは、人生で最もつらく衝撃的だったという。幸い持病がなく、酒もタバコもやらず、規則正しい生活を心掛けていたため、手術に臨むにはじゅうぶんな体力があると医師に太鼓判を押してもらった。

 がんに罹ったことはつらいが、降格も異動もなく、治療をしながら他の社員と同じ評価体系の中で仕事ができることが、非常にうれしいという。


 立川さんは、病気になってもひとりで抱え込まず、周囲の理解を得ることが非常に大事だと考えている。家族や会社の人とのつながりがあってこそ、病気と闘える。

 自分の体験から健康保険は必須と考えて、加入を勧めて回っている。健康保険は当たり前と思うかもしれないが、建設業界では下請けの零細企業が多く、健康保険に未加入の人も少なくない。そんな人たちに、現場巡回のときに健康保険の重要性を説いて、何人も加入させたそうだ。

 立川さんは野球が好きで、発病前には少年野球の審判を引き受けるなどの活動をしていた。息子さんは甲子園への出場経験があり、現在は六大学野球で活動中だ。そんな立川家では、「夢かなうまで挑戦」が家族全員のモットーだ。だから、立川さんは発病してからも、けっしてあきらめずに治療とリハビリに取り組んでいる。

病気になっても、できることをできるだけやってもらえばいい

 松下産業では、今後、がん検診の項目と対象者を増やしていこうと考えている。現在は便潜血検査のみだが、人間ドック、腫瘍マーカーなど予防と早期発見に注力したい。了解を得た上で検診歴を調査して、カルテ化しようかとも考えている。がんについての正しい情報を得るための啓発活動もやっていきたい。

 また、最近、団体長期障害所得補償保険(GLTD)に加入することを決定した。私傷病で就業不能になったときには、健康保険から傷病手当金が支給されるが、額は所得の約3分の2で期間は1年6カ月までだ。その後、復職できなければ、収入が途絶えてしまう。齋藤課長は、家計に対する家族の不安を目の当たりにして、何かよい方法はないかと探していたところ、顧問の社労士からGLTDを紹介された。

 加入にあたっては、保険会社と交渉して、既往症がある人でも加入できるようにしてもらった。また、松下社長の考えでは、保険料は意外にリーズナブルだったという。

 東京都から、優良賞を受賞したりしたが、松下社長は、当たり前のことをやっているだけだという。ひとつの価値観で突き進むことが嫌いなので、「ダイバーシティ(多様性)」が注目されるようになるずっと前から、多様な価値観の共存を重視してきた。20年ほど前に作成した企業理念も、「多様な価値観との共存を図りつつ平和で豊かな環境のもとに、希望と喜びと誇りに満ちた生活の出来る社会づくりに奉仕する」とした。

 だから、病気になっても、勤務時間の融通や在宅勤務で仕事ができるようになるのなら、できるだけのことをやってもらえばいい。これからも、そんな会社を目指したいという。

■

・ワンストップで、なんでも相談できる組織があることは重要。

・会社とつながっていることが、安心感につながる。

・病状を積極的に公表することで、周囲の理解を得られやすい。

・病状の変化に合わせて柔軟に対応することで、勤務を続けやすくなる。

・将来の所得補償があると、家族の安心感が大きい。

NCC高橋部長からのコメント

「社風」とは工夫を重ねて創りあげるものだということが強く伝わりました。仲間の闘病情報が(本人の了承を得たうえで)社内で共有され他の社員にも活かされること、規程改定の際には元気な社員の負担も含めた全体のバランスを吟味すること、人に関する相談を一手に引き受ける部署があり現場スタッフも兼任になっていること、普段から相談を受けやすい体制を作っていること、少ないコスト負担で社員の所得補償を検討していること。他社にも大いに役立つ内容です。松下社長が言われる「あたりまえのこと」が社会全体のあたりまえになれば素晴らしいと思いました。

キーワード

社内への情報開示、産業医、関係者間の情報共有、GLTD(団体長期障害所得補償保険)、社内組織

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