明屋書店の取り組み

取材先:株式会社明屋書店(はるやしょてん)
元社長 小島俊一さん(現・元気ファクトリー代表)/同 山口東ブロックブロック長 前田俊彦さん
学校法人産業医科大学産業医実務研修センター 准教授 柴田喜幸さん
独立行政法人国立病院機構四国がんセンター 臨床研究推進部長・化学療法科医長 青儀健二郎さん

対象企業:株式会社明屋書店(書籍小売り販売業、従業員数 正社員約200名、契約社員約300名、パート・アルバイト約500名)

明屋書店の対応と工夫

・従業員を第一に大切にするという経営方針を徹底した。

・がんになった社員に実際に対応するために、産業医科大学の柴田さん、四国がんセンターの青儀さんらと共に研修を企画し、実施した。

取り組み

従業員第一の経営戦略の一環として、がん患者就労支援セミナーを開催

 明屋書店は1939(昭和14年)創業の老舗書店だ。本社は愛媛県松山市にあり、西日本を中心に1都12県に80店舗を展開している。

 一時期経営が悪化し、2012(平成24)年に取次大手の株式会社トーハンが買収。経営立て直しのためにトーハン社員だった小島俊一さんが社長に就任した。

 小島さんの考える企業再建の三大要素には、ファイナンス(財政の見直しの取り組み)、マーケティング(顧客視点での業務の見直し)、マネジメント(従業員を掌握するコミュニケーション力の向上)がある。

 がんと就労に関係するのは3つめのマネジメントだ。

 経営学者のドラッカーは「従業員はコストなのか? 財産なのか?」と問いかけている。従業員をコストと考えて大切にしない経営は、従業員のモチベーションを下げる。病気になったら、すぐ解雇されるような会社では、従業員のモチベーションは上がらない。やる気のない従業員が、顧客の満足度を上げられるはずがない。マネジメントで従業員のモチベーションを上げて「売り方」「売るもの」「売り先」のイノベーションを起こさせ、従業員を「財産」にしていくことが、社長の役割だ。

 小島さんは、それまでの顧客第1という考え方から、明屋書店が大切にするものは、第1が従業員、第2が顧客、第3が地域貢献だと訴え、その姿勢を徹底的に貫いた。

従業員を財産と考え大切にすることで、従業員のモチベーションを上げイノベーションを起こす(小島さんの発表資料より)

 従業員を大切にするのはヒューマニズムの要素もあるが、8割は経営戦略として、そのほうがメリットが大きいと考えるからだ。会社が従業員を財産として大切にすることで、従業員のモチベーションが上がり、業務への取り組みが変わる。

 経営再建には成功し、約1年半で黒字に回復。2016年には「週刊ダイヤモンド」の「地方『元気』企業ランキング」で1位を獲得した。また、地方の中小企業であるにも関わらず、新卒採用で4人の公募にエントリーシートで700名の応募があるなど、採用面で困らなくなった。なお、小島さんは、2017年に定年退職により社長を退き、現在は経営コンサルタントとして活躍している。

 小島さんが、従業員第1の実行例のひとつとして2016年から17年に実施したのが、がんに罹患した従業員を職場全体で支援するための研修だ。いまは2人に1人はがんにかかる時代で、勤労世代では女性の罹患率が高い。明屋書店には女性従業員が多く、正社員と契約社員の中には、乳がん患者3名と子宮頸がん患者1名がいる。従業員第1を態度で示すには、がんに罹った従業員を支える体制作りが必要だと考えた。

 小島さんは、以前から個人的に親しかった産業医科大学の柴田さんに相談。柴田さんは、明屋書店と同じ松山市にある四国がんセンターに呼び掛けて、一緒に企業研修を作ることを提案した。

「教え方の技術」の専門家が加わり、効果的プログラムを作成

 柴田さんの専門は、教育設計学(インストラクショナルデザイン:ID)で、教え方の技術を研究している。

 IDには、効果的、効率的、魅力的という3つの柱がある。効果的とは、ゴールにたどり着かせることだ。そのためには、ゴールは何かという設定が大切だ。効率的とは、コスト、手間、時間などをかけずにということ。魅力的とは、単に楽しいだけではなく、もっと先を学びたい、学んだことを使ってみたいと思うように教えることだ。

 このプロジェクトでは、医療職である四国がんセンターの人たちが明屋書店という営利企業で働くサラリーマンに、がんと就労についての研修を行った。ID専門家が関わることで、講師チームが訴えたいことが、より効果的効率的魅力的に伝わるはずだ。

 一般的に、医療者は命や健康をいちばんに考え、営利企業は利益を上げることをいちばんに考える。いちばん大事なことが違う人同士がコミュニケーションをとるには、どういう工夫が必要かということに、柴田さんは注力した。

 研修を依頼されると、多くの人はパワーポイントの準備から始めるが、IDでは、ADDIEというプロセスで考える。ADDIEとは、分析(Analysis)、設計(Design)、開発(Development)、実践(Implementation)、評価(Evaluation)だ。

 パワーポイントの作成は3番目の開発にあたり、その前に分析と設計を念入りに行う必要がある。分析とは、なぜ、誰に、何を伝えるかだ。設計は、何を、どんな順番で、どうやってということだ。

 課題の所在は、2番目の設計にある。がん就労に関係する登場人物は、まず本人がいて、患者(病院)、家族(家庭)、従業員(会社)、市民(社会)という4つの立場がある。病院と家庭は、おそらく全員が本人の味方だが、会社と社会には、味方もいれば敵もいる。今回の研修のターゲットは企業の人なので、企業の中にどう味方を増やすかがポイントになる。企業の味方でありつつ本人の味方になるにはどうしたらいいかを、企業の人にどう伝えるかだ。

 明屋書店の研修で重要な課題は、一時的にもパフォーマンスが下がった社員を、企業現場でどう対応するかだ。これがうまくいくには、がんに対する知識が必要だ。しかし、それを目の前にいる社員に応用するには、技術が必要だ。また、知識と技術があっても、実行しなくては意味がない。知識、技術、実行をすべて満たすにはどうするか。

異なる価値観の人同士がコミュニケーションをとるには、どういう工夫が必要かを考える(柴田さんの発表資料より)

 柴田さんは、四国がんセンターのスタッフと何度も話し合いながら、研修のプランを練っていった。

ロールプレイを使った実践的な研修を実施

 四国がんセンターは、平成25年に厚生労働省から「長期にわたる治療等が必要な疾病を持つ求職者に対する就職支援事業」のモデル施設に選ばれたこともあり、早くから就労支援の取り組みを進めてきた。しかし、病院だけでできることには限界がある。四国がんセンターの青儀さんは、職場や地域の支援を手厚くするには、病院スタッフが外にでていく必要があると考えていた。そこに柴田さんから明屋書店の研修への誘いがあり、一緒に取り組むことにした。

 スタッフとして、医師2名、看護師2名、ソーシャルワーカー1名のチームを組み、柴田さんや明屋書店と何度も話し合ってプランを練り上げた。そして、最終的には3回のセミナーで構成する形にまとまった。

四国がんセンターのチームが明屋書店で実施した企業向け就労支援セミナーの概要(青儀さんの発表資料より)

 第1回は導入セミナーとして、2016年8月に本社関係者とブロック長を対象に、がんと就労支援の基礎知識の情報提供を行った。明屋書店は80店舗を地域ごとにブロック分けしている。ブロック長は、8から12店舗を抱えるブロックの統括者だ。

 がんの基礎知識として、現在は2人に1人ががんになり、そのうち3人に1人は就労可能年齢で罹患すること。5年相対生存率は6割を超えること。つまり、がんは特別な病気でも、怖いだけの病気ではないこと。がんは「長く付き合う慢性病」になりつつあるということなどを説明した。

 また、がん治療によって起こる副作用や後遺障害の具体例として、乳がんの手術後は、傷の痛みや治りと共に生じる傷の硬さやつっぱり感によって、腕が上がりづらくなること。リンパ節郭清により、リンパ浮腫が起こること。抗がん剤治療も薬の種類によって現れる副作用と発現時期が異なるなどの情報を提供した。

 セミナー前後で基本的な知識を確認したところ、明らかにがんに対する認知度が向上していた。

 第2回は実践セミナーとして、2016年10月に店長を対象に、少人数のグループワークで、具体的な支援の検討と面談ロールプレイを行った。

 グループワークでは、KJ法を用いて、各店舗でのがん患者の就労の問題点や、具体的な対応内容について討論した。各グループの討論内容は、発表を行って情報を共有し、問題点と対策を討議した。

グループワークでは、さまざまな問題点や、具体的な対応内容が揚げられた(青儀さんの発表資料より)

 ロールプレイは、がん患者と日常的に接している四国がんセンターの看護師が患者役となり、店長たちに社員から「がんに罹りました」と告白されたときの対応を、他の参加者の前で演じてもらった。演じたあとには、柴田さんから「ここは、こうしたほうがよかったかも」などのコメントをもらった。

 実践セミナーの後、各店舗にて、就労支援の取り組みを実際に行ってもらった。

 第3回は振り返りセミナーとして、2017年2月に、本社関係者とブロック長を対象に、各店舗の成果報告をしてもらい、取り組みを共有した。

 研修後にうまくコミュニケーションできた事例がいくつもあったが、中にはうまくいかない例もあった。生々しい報告を聞くことで、四国がんセンターのスタッフにも学びがあった。

 研修に参加した人事関係者が、社内規定の見直しをしたり、その内容を広報したりしてくれた。研修を体験した前田さんは、がんになった従業員にかける言葉は、研修前も研修後も「大丈夫」で変わらないが、研修後には具体的な対応策の裏付けがある「大丈夫」になり、自信を持って言えるようになったと感じている。

 研修を実施した青儀さんは、就労支援のキーワードは3つあると考える。情報への理解と、情報のやりとりをするコミュニケーション、そして、お互い様で助け合える風土だ。明屋書店の場合は、情報に基づいたコミュニケーションができるようになり、がんに罹患した従業員を支える体制作りができた。

明屋書店の取り組みから学ぶこと>

・従業員第1の経営方針が従業員のモチベーションを上げ、経営に好影響を与えた。

・教え方の技術の専門家が加わることで、効果的な教育プログラムを作り上げることができた。

・がんについて基礎知識を情報提供することで、がんに対する認識が変わった。

・グループワーク、ロールプレイ、振り返りセミナー等の実施で、応用できる技術が身についた。

※明屋書店の取り組みをテーマとした第2回意見交換会はこちらから

「がん治療と仕事の両立」に向けて、事業場向けに行政が提供する研修会は増えてきています。しかし、特定の会社のトップの呼びかけで、教育設計学専門家と地元の医療機関が協同で研修を実施した例は他に知りません。事業場内では管理職研修をはじめとして多くの研修が実施されていますが、がんをとりあげた明屋書店のとりくみは、あらゆる「働きにくさ」を抱えた従業員への対応に役立つでしょう。ロールプレイの患者役を地元の医療者(四国がんセンター看護師)が担い、研修が事業場関係者と医療者の交流の場にもなっていることも画期的。このきわめてオリジナリティが高い「会社単位」研修は、各地に展開する可能性を有していると感じました。

企業研修、基礎知識、応用技術、コミュニケーション、企業風土

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