「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」2015年度第1回意見交換会(大企業編)が、10月21日に国立がん研究センターにて開催されました。

 今回は、肺腺がんを治療しながら約8年半にわたって営業職として働き続ける木田泰史さんの事例をもとに、活発な意見交換が行われました。会場には企業関係者、医療従事者、社会保険労務士、行政、本人、家族など約60人が集まり、会場からも多くの質問や意見が寄せられて、盛り上がりました。その詳細をご報告します。

第1回意見交換会登壇者

武田 雅子(たけだ・まさこ) 座長

株式会社クレディセゾン取締役、戦略人事部およびクレジット事業部管掌、キャリア開発室長兼務。1989年入社、セゾンカウンターに配属後、ショップマスターを全国5拠点にて経験し、営業推進部トレーニング課長、人事部人材開発課長、戦略人事部長を経て、昨年6月より現職。ダイバーシティを掲げつつ、組織の一体感を醸成するために人事が行う全社表彰式など、組織活性を推進するのと併せて、人事部内にあるキャリア開発室を通して「働き続ける」をテーマに傷病休職者の支援プログラムを展開。自身も11年前に乳がんを経験しており、オフタイムには「一般社団法人CSRプロジェクト」の理事として、がんサバイバーの就労支援を行っている。

臼井 一裕氏(うすい・かずひろ)(アドバイザリー)

NTT東日本関東病院・呼吸器内科部長。1993年東京大学医学部卒。関東逓信病院(現NTT東日本関東病院)、東北大学加齢医学研究所を経て、2002年4月より、NTT東日本関東病院に勤務。2013年より現職。東京都がん診療連携協議会委員。品川区公害健康被害認定審査会委員。

齊藤 礼郎氏(さいとう・のりお)(アドバイザリー)

SCSK株式会社統括産業医。慈恵医大第一内科学講座大学院卒業後、同病院、有楽町電気ビルクリニック所長などを経て2003年住商情報システ株式会社専属産業医、2011年会社統合でSCSK株式会社専属産業医、2015年同統括産業医。2014〜2015年日経「人を活かす企業ランキング」総合第一位、ダイバーシティ経営企業100選、2015年健康経営銘柄取得、なでしこ銘柄に選定など、健康管理体制や施策づくりに関与、実務でも健康診断判定・時後措置、健康相談や職場復帰支援、禁煙治療など担当。日本消化器病学会専門医、日本禁煙学会専門指導医。

若尾 文彦(わかお・ふみひこ)

国立がん研究センター がん対策情報センター センター長。1986年横浜市立大学医学部卒業。国立がんセンター病院放射線診断部医長などを経て2012年より現職。「がん情報サービス」や「がんの冊子」などを通して、がんの情報の発信と普及に取り組んでいる。

高橋 都(たかはし・みやこ)

国立がん研究センター がん対策情報センター がんサバイバーシップ支援研究部長。一般内科医として勤務後、QOLやサバイバーシップに関する研究に従事。罹患後の暮らし全般、特に本人や家族の就労問題に取り組んでいる。厚生労働省「がん患者・経験者の就労支援のあり方に関する検討会」構成員。

池山 晴人(いけやま・はると)

国立がん研究センター がん対策情報センター 医療情報サービス研究室長。社会福祉士・精神保健福祉士として病院、診療所で患者・家族の相談支援に従事したのち現職。がん相談支援センターに配属されるがん専門相談員を対象とした研修の企画・運営等に取り組んでいる。

山岡 鉄也(やまおか・てつや) 事務局・司会

2010年7月より肺腺がん(ステージ4)に罹患し、現在も治療の傍ら日経BP社に勤務。2012年4月より国立がん研究センターの患者・市民パネルメンバー。

 最初に、国立がん研究センターの若尾文彦がん対策情報センター長から、挨拶と背景紹介がありました。「がんと仕事の両立は、本人を取り巻く多くの人が関わる問題なので、みんなが連携しないと解決できない。個々の状況はそれぞれ違い、これが正解というものはない。だから、多くの事例を集めて、それぞれのヒントにしていただきたい。また、参加型のプロジェクトなので、サイトに意見を書き込んだり、事例に応募したりしてほしい」。

 座長を務める武田雅子クレディセゾン取締役からは、「私自身も11年前に乳がんを経験したサバイバー。人事の仕事をしていて患者会をお手伝いするうちに、がんと就労に向き合うようになった。いまもオフには、がんサバイバーの就労支援をする一般社団法人CSR(キャンサー・サバイバーズ・リクルーティング)プロジェクトで理事をしている。今日は、主治医と産業医が同席している、またとないチャンス。素晴らしい話が聞けそうで、期待している。」と挨拶がありました。

 それから、ITサービス業のSCSKに勤める木田泰史さんが、がんと診断されて4か月半休業した後、復職して治療を続けながら、8年半にわたって仕事を継続して来た事例を自ら紹介しました。木田さんの事例については、別の記事(「肺腺がんを治療の傍ら業務を継続」)に詳しくまとめているので、そちらを参照してください。

 次に、木田さんの事例報告について、4つのテーマに沿って、意見交換が行われました。

1, 医療者とのコミュニケーション1 (主治医とのコミュニケーション、副作用最少の工夫、その他、仕事の継続のために)

 武田座長から、「主治医とのコミュニケーションについて、特別気をつけていることは」と問われて、木田さんは、「自分の意志をまず明確にした。それは主治医だけではなく、会社の上司、産業医、家族などにも基本的に同じことを伝えた。主治医とのコミュニケーションで工夫をしたのは、なるべく仕事と合わせて考えたことだ。例えば抗がん剤の投与時間がある時間を超えると半休を取らなければいけないし、3週間に1回か毎週投与か飲み薬かといった選択肢がある。それによって、仕事のスケジュールがどのように変るのかを判断した。主治医と話をするときは、仕事や家族で重要なイベント予定を必ずメモしておいて、どう治療を組み立てるかを相談した」と答えました。

 約7年間木田さんの主治医を務めたNTT東日本関東病院の臼井医師は、「木田さんは、けっこうわがままで自己主張の強い患者さんなので、私はそれに従ったという感じ。ただ、標準的な治療はしっかり押さえて、許容範囲内でのことだ。本人はおそらく自分で選択したと思っているが、実際には比較的こちらのスケジュール通りに治療を受けていただいた。外来での治療も、元々こちらでそうしたいという思いがあった。木田さんを通して外来治療を経験し、ほかの患者さんにも自信を持って勧められた。木田さんも私自身も、双方で成長させてもらったと思う。患者さんには、自分がどうしたいかはっきり告げてもらえると、医療スタッフは、それにとことんつきあえる。どうしたいかを、はっきり言ってもらえたのはよかったと思う」と発言しました。

 国立がん研究センターがん対策情報センターの高橋都がんサバイバーシップ支援研究部長は、「キーワードは、『許容範囲』かなと思う。自己主張が強くても、木田さんも許容範囲を守っていた。意思表示がはっきりしていたことと、お互い許容範囲でできる関係性だったのだと思う」と意見を述べました。

2, 医療者とのコミュニケーション2 (余命宣告、両立のためのスケジューリング、主治医と産業医の連携)

 木田さんの事例報告の中で、「長期に治療を継続できた理由のひとつは、かなり切迫した状態だったにもかかわらず余命宣告を受けなかったこと。また、主治医にネット情報を見ないように言われてそれを守ったのもよかった」という話がありました。

 余命宣告について問われて、木田さんの最初の主治医で会場に参加していた国立がん研究センター中央病院の山本昇医師は、「実は当時何を言ったかは、はっきり覚えていない。過去に余命宣告をしたことはあるが、ほとんど当たったことはない。そこで、自分は『わかっていることは伝える、わかっていないことはわかっていないと伝える』というスタイルに変えていった。木田さんについては、まだ若くはじめてお会いした患者さんに対して、いかに治療をがんばらせるかを考えたと思う。ネット情報を見ないように言ったことも覚えていないが、玉石混淆の情報から患者さんが正しい選択をできないと考えたのだろう。最近はネットに正しい情報もたくさんあるが、そのスタンスはいまも変っていない」と答えました。

 次に木田さんの勤務先のSCSKの統括産業医である齊藤礼郎医師は、職場でのコミュニケーションについてコメントを求められて「メンタル不調の人はいかにも具合が悪そうにしていることが多いが、木田さんは元気そうで、ごく普通に会話ができた。だから、特別に気をつけたということはない。面談では、木田さんが診断書を用意し、積極的に自分の体調を話すので、あえて主治医に聞かなくても状態は理解できた。就業制限については、この内容まで出しても仕事で困らないかと、本人に確認して出している。就労制限の種類としては、残業については、禁止と、月に10時間、20時間など具体的な時間制限がある。木田さんの場合は、体調が悪い場合には残業10時間にしたり、禁止したりする。当社はいま『スマートワーク・チャレンジ20』として、残業は20時間以内で有給休暇を20日取得しようという取り組みを行っているので、ごく一部の部署を除き残業は多くない。それから、出張を禁止、または月に何回までといった制限や、交代勤務や休日出勤を制限することもある。指示が守られないことは滅多にないが、もし守られないときには厳重に抗議する。安全配慮義務の観点から出すので、何かあった場合には会社が責められる」と説明しました。

 若尾センター長から産業医と主治医の連携について問われて、齊藤医師は「メンタル疾患については、就業支援や復帰支援に関して、主治医の診療情報提供を依頼する。その人が復職可能か、残業は可能か、どのような制限があるかといった情報を自由に書いてもらう。それは本人にも開示して、本人が署名捺印したうえで、本人にもっていってもらう。そうすると、それを書くことにより、主治医が適切な指示を出すためのプレッシャーにもなる。フィジカル疾患に関しては、心疾患に関して書くことが多いが、木田さんにはきちんと情報をいただいているので、書いたことはない」と答えました。

 診療情報提供依頼書について臼井医師からは、「現状では、あまり情報提供はしていない。患者さんから、『こういう働き方をしたいので、こういう内容の診療情報を書いてほしい』と頼まれれば、その通り書くことが多い。あくまでも患者さんの意思を尊重する。産業医から『この人を働かせていいか』という問い合わせをもらうのが、いちばん困る。産業医と社員とのコミュニケーションがうまくいっていないのではと感じる」とコメントがありました。

 国立がん研究センターがん対策情報センターの池山晴人医療情報サービス研究室長は、「木田さんは、患者と従業員という2つの役割をうまく調整して、自分でコーディネーターをしている。ケースによるが、コーディネーターは必要だと思う」と意見を述べました。また、池山室長からの「木田さんの話には主治医と産業医しか出てこなかったが、相談支援センターや看護師など、医師以外の職種とはどう関わっていたのか」という問いに、木田さんは「SCSKの産業保健室では、日々の健康相談や検査結果について具体的な実践方法などを看護師や保健師に相談している」と答えました。

会場との意見交換(医療者とのコミュニケーション)

 ここで医療者とのコミュニケーションについて、会場から質問や意見が募られました。

 余命宣告について、慢性骨髄性白血病のサバイバーで14年間生存しているという男性は、「自分は10年どうしても生きたくて、10年生きることを目的としていた。10年経った日にショック状態におちいって、本当に死ぬのかなと思った。余命宣告があると、自己暗示のようなことが起こるのではないか。しないほうがいい」と意見を述べました。それに対して木田さんは、「自分も同意見。何年と決めてしまうと、たぶん一生こびりついたままになる。自分はまったく決めていない」と答えました。

 臼井医師から、「自分が研修医の頃は、肺がん治療の方法は1種類だったので、余命宣告はかなり当たった。いまは治療法が千差万別で、まったくわからない。聞かれれば、生存期間中央値ということで100人のうちの50人目が亡くなる期間はどれくらいと話すことはあるが、まず当たらないので聞かない方がいいと思う。聞く場合には、なぜそれを聞きたいのかを、患者さん自身がよく考えてから聞いたほうがいい」と意見を述べました。

 肺がんのステージ4で罹患して6年目になるという男性から「自分は余命宣告をしてほしい。幅があることを、きちんと説明してくれればいい。自分は10か月と宣告され、それが頭にこびりついて離れなくて苦労した。しかし、だからしないほうがいいとは思わない」と意見が述べられました。また、同じ男性から「日本の腫瘍内科医には余命宣告についてどのように教えているのか、また、アメリカではどうなのか」という質問に対して、前述の国立がん研究センター中央病院の山本医師から、「アメリカの現状はよく知らない。余命宣告は、生存期間中央値の数字ができあがる意味を理解して、どのくらいの幅があるとわかっていれば、患者さんにとって有用かもしれない。ただ、日本の医師がそういう形で説明できているかは疑問だ。腫瘍内科医が告知のためのトレーニングを受けているかというと、十分ではないと思う」と答えました。

 高橋部長から、「余命告知はトレーニングしたからうまくできるというものだろうか。医療者は、余命告知された人とされなかった人の実感をもっと知る必要がある。医師は経験を重ねて、自分なりのスタンスができてくるのではないか」と答えました。

 会場の女性医師から「自分は放射線科の医師で、カナダのトロントの病院で勤務した経験がある。余命宣告について、トロントでは、患者さんにまず『聞きたいですか』と聞く。日本に帰ってきてからは、自分は『何か予定とかありますか』と聞くことにしている。お孫さんやお子さんの結婚式や出産予定日、仕事の重要なイベントなど、個々の事情がある人もいるからだ。ただ、聞きたくないものを聞かない権利もあると思う。自分の指導医の世代が、どうしていたかはわからない。上司は、がんという告知さえしなかった世代で、そこから何度もパラダイムシフトが起こっている。告知について基準はあるべきかとは思うが、システマティックに画一的にやるのは難しい」と回答がありました。

3, 会社とのコミュニケーション1 (「働きやすい、やりがいのある会社」、会社からの配慮と人事考課、勤務先企業の社風)

 会場に参加していたSCSKの山口功ライフサポート推進室長から、会社の状況について説明がありました。

 「SCSKは人が生み出すサービスが生業なので、従来から人に関して焦点をあててきた。経営理念の3つの約束の中で、人を大切にすることをトップにあげている。人の成長と育成が、そのまま企業の成長と育成になると認識していて、現在、経営トップを中心に健康経営を強力に推進している。会社の成長以前に、社員の働きやすさとやりがいを目指さなければ、社員の幸せはない。社員が幸せでない限り、会社の事業の発展もないという考え方で、働きやすくやりがいを持てる会社を目指している。2015年10月1日には、社員にはっきりと示すために、就業規則の中に健康経営の理念を記載した。

 いろいろな施策を進めてきて、ここ数年、対外的にも注目されている。直近の大きな取り組みは、残業削減と有給休暇取得を強力に推進していることだ。6、7年前には残業は平均36時間だったのが、昨年実績は18時間と半減した。有給休暇は、60〜70%だった取得率が、98%まで向上している。実は当社は2008、9年頃はIT企業に対する一般的なイメージ通り残業が多い会社だったが、ここ数年で劇的に減っている。いまは残業しないのが当然、有給休暇を1年間に20日取得するのは当然という文化になってきた。すると、自分1人で仕事をかかえるのではなく、複数でフォローできる体制が自然にできてくる。そうしないと、有給休暇を20日取得できないからだ。

 健康相談室は、2010年に健康経営を推進するなかで、社内に診療所を作り、産業医や医療スタッフが社員の相談にのれる環境を作ろうということで、整えた。

 これまで会社が木田さんのサポートができていたかというと、必ずしもそうではなかった。最近になってやっと体制が整ってきたという感じだ」と話をしました。

 会社の変化について木田さんは、「実は、以前は、自分もがんの治療をしながら残業を20時間前後したり、夜の12時くらいまで残業したりしていた。がんが発覚する前に、体調不良で血痰を吐きながら接待をしたこともあった。そういう時代を考えると、いまのSCSKはがんを治療する患者にとっては、天国のようだ」と感想を述べました。

 武田座長から「治療とあわせて仕事を続けて行く中で、パフォーマンスを落とさないようにするための工夫や、周りに求めた配慮はあるか」と問われ、木田さんは、「私がこの身体でできることと、できないことを、きっちり割り切った。自分が得意だったりできる作業は全面的にやるが、できないことは、上司や同僚に預けてしまう」と回答しました。

 武田座長から、職場と会社のコミュニケーションの実情について問われて、池山室長は、「気持ちの切り替えができずに自分で仕事を抱えこんだり、必要以上に申し訳ながって、かえってパフォーマンスを落としてしまう人が多い。木田さんは、状況がどんどん変っていく中で、周囲に受け入れられ協力が得られていて、非常にうまくいっていると思う。他の患者さんや家族の話を聞いていると、自分自身が申し訳ないという気持ちもあるし、周囲も『なぜあの人だけ』という感情が芽生えて、なかなか役割分担がうまくいかない実例も多い」と回答しました。

 高橋部長から「木田さんが、治療のスケジュールや予想される副作用を非常に正確に情報収集して、仕事のスケジュールと上手く組み合わせていることに感銘を受けた。どのようにしてそのような働き方ができるのか」と問われて、木田さんは「治療という課題と、仕事のミッションという課題をひとつひとつ分解して、その課題をすべて解決するために、いちばん身体のダメージが少なく、パフォーマンスも高くなるだろうシナリオを考えてやっていた」と答えました。

 高橋部長から「主治医と職場をつなぐコーディネーター役を木田さんは自分でやっている。産業保健スタッフにコーディネートしてもらえる場合もあるだろうが、そうでないと自分でコーディネートする必要がある。情報共有を促進し本人の説明力を上げるための何らかのツールの必要性があちこちで語られているが、やはりシート1枚で情報共有はできない。何か工夫するべきところはあるか」という問いに木田さんは、「結局その本人がどうしたいかだと思う。周囲は、その意思をきちんと受け止めて、そこからアプローチすることが必要だ。私は自分がどうしたいかをしっかり持っていたので、どのような関係者に対しても、同じことを伝えた」と説明しました。

4, 会社とのコミュニケーション2 (産業医とのコミュニケーション、産業医が強い権限を有するメリット、産業医としての心掛け)

 武田座長から、産業医が強い権限を有するメリットについて問われて齊藤医師は、「自分が恵まれているのは、経営トップと常に交流があることだ。健康相談、ゴルフ、懇親会などがあり、いつでも必要な健康施策についても気軽に話せる。それから、いろいろな規則を最終的に優先するのは安全配慮義務だということを掲げている」と説明しました。

会場との意見交換(会社とのコミュニケーション)

 ここで、会社とのコミュニケーションについて、会場から意見と質問が募集されました。

 直腸がんでステージ3という女性から「自分は鍼灸師で、がん患者への往診も行っている。自分自身が抗がん剤治療でお世話になり西洋医学の重要性は理解しているが、医師の方々は、鍼灸師のがん患者への関わりをどう思うか。また、今後どのように関わっていってほしいか」という質問に対して、若尾センター長から、「鍼でがんを治すことは難しいと思うが、痛みを抑えたり気持ちをやわらげたりする役割はあるのではないか」と回答がありました。

 企業のダイバーシティ担当者という女性から、「産業医の安全配慮義務が行きすぎて就労禁止になることが、あるのではないか。どこまで就業させてよいかという基準はないのか」という質問に、齊藤医師は「病気になった社員は、人それぞれだ。できるだけその人の立場になって、本人がやりたいことを尊重する。そのとき産業医は、会社と治療医との中間にあるべきで、両者のいいなりではいけない。面談のあとには意見書を書くが、課長あるいは部長と連携をとり、社員がどのような就業条件ならうまく働けるかを本人を含め確認し合ってから作成する。だから産業医の意見によって働かないということは、当社ではない。会社が指示を守らない場合に安全配慮義務を持ち出すことはあるが、それはあくまでもよりどころであって、常にそれを振りかざしているわけではない」と答えました。

 若尾センター長から、「SCSKがいまのような働きやすい会社に変ったのはなぜか」という質問に対して、会場に参加していたSCSKの山口氏から、「2009年に就任した中井戸会長が、オフィスを回って社員が疲れ切っている状態を見て、そういう会社には未来はないと考えた。会社を発展しようとするときに、この疲れた人たちをもっと働かせるのは無理だ。この人たちをもっと気持ちよく働けるように環境を整備していくのが、経営者として重要だと判断した」と答えました。

まとめ

 最後に木田さんは「すべてをお伝えすることはできなかったが、1時間後に死んでもおかしくない状態の患者が、8年半後、いまこのような元気な状態で、みなさんの前でお話できている。そんな人がいることを記憶に残していただければ嬉しい」と発言しました。

 武田座長は「木田さんが、リーダーシップをもってプロジェクトをマネジメントし、周囲を巻き込んで、着々と歩を進めていることに感銘を受けた。サバイバーとしての在り方のようなものを、すごく考えさせられた」と発言しました。

 そして若尾センター長は、「本当に、ひとことでは語れないほどいろいろな話があった。サイトで掲載するので、この場に来られていない方にもぜひ伝えてほしい。がん患者を含め、みんなが働きやすい会社が日本中に広がることを願っている」と締めくくりました。

ご来場頂いた皆様から貴重なご意見を頂きました!

第1回意見交換会(大企業編)会場アンケート結果

本日の意見交換会は?

9割近くの方に「役にたった」とお答えいただきました

本日のご感想をお聞かせください。今後とりあげてほしい事例や話題・論点などがあれば、お書きください。(一部をご紹介)

・木田さんすばらしいお話をありがとうございました。"働きやすい会社"を目指してがんばっていきたいと心から思いました。

・身内にがん患者/サバイバーが居なく、また自身もがんにかかった事がないため、勉強になる話が聞けてよかったです。ダイバーシティ推進という観点からだけではなく、サバイバーの方が仕事を頑張って働いている姿を見ることは、周囲にとってもはげみになる(インスピレーションをもらえる)と思います。木田さんが非常にフラットに病気と向き合っていると感じました。

・初めてこのような場に参加させて頂きました。この経験をいかして、企業を変えたいと思います。

・他の状況(キャリア構築、ライフイベント)と同様に患者が「どうしたいか」の意思表示をすることが大切だと改めて感じました。患者も受身ではいけない。(自分のことだから!)患者自身の主体性。加えて「未来を見せる/見る」大切さも感じる。

・「木田氏のクレバーさ」とても大切で、私も日々対応している患者さんに伝えていきたいと感じました。よい機会をありがとうございました。⇒すべての登壇者、オーディエンスに対して

・とてもeye openingなセミナーでした。治療を行う社員と接する立場からとてもためになりました。どういったアドバイスを提供すべきかの指針となりました。

・大変刺激になりました。家族への接し方、会社において社員への接し方や産業医のあり方、働きやすい環境作り、自分が患者になった時の心がまえ・・・多くの事を学び、考える時間になりました。ありがとうございました。

・最後の武田さんのコメントにあった「仕事と治療両立のPL」という言葉が印象的でした。患者さん自身が主体的に道を切り開いていけるよう、会社としてできるサポートを考えていきたいです。

・産業医の活用の仕方が少し見えました。木田さんができること、できないことを会社に伝えたというのは参考にしたいと思いましたが、それによって会社での人事考課への影響がすごく心配になります。会社は病気で評価を下げることはしないといっていても「できないこと」をいうことは当然評価にむすびつけられると思います。

・産業医の存在価値と難しさが理解できた。

・患者自身が周囲をまきこむコーディネーター力を身につける必要があるということが明確に分かり大変参考になりました。

・治療当初からの本人の意思決定支援が必要になるのではないかとも思いました。

・ステージの高い人が活躍する姿がわかり、参考になった。サバイバーのあり方を考えるのが深まった。

・「都心の」「一流企業の正社員」は通院も社の産業医(常勤)がいる環境も恵まれている部分は多々あると思います。フリーランスで働いている人、パート、契約の人はどうするのか、雇用形態も様々になっている中で、どうそれらの人々をカバーしていくのか。例えば、地域のかかりつけプライマリ・ケア医などとの連携も含めてどうやってサポートにまき込むのかが課題であると思いました。

・治療にあたり「自分の意思を明確にする事」の大切さを改めて理解できた。

・残念ながら退職を余儀なくされてしまった方の事例も取り上げていただきたいです。

・サポートする家族の在り様、姿勢など。(私自身悩みながら姿勢や役割を確立していった・・・家族である「私」の意思×患者である家族の意思。今も試行錯誤や迷いはあるが)

・人事の認識自体が水準として低い。社員の「働き方」「やりがい」をサポートする立場として啓発(底上げ)が必要。(上司/マネジメントも同様かもしれない)

・会社の人事関連の方のお話。(病気(がん患者)に対しての対応など)

・制度の整っていない会社の事例を行って欲しい。

・「がんサバイバー」を「盾」に例えば残業をしないだけでなく、他の人もとりたい休みの時期にごっそり休みをとったりなど、サポートする人の不公平感を呼び込むような事例が見られ、職場の空気がぎくしゃくしている事案を見かけることがあります。「サポートする側の不公平」を回避するような「がんと就労」についても考えてもらった方がいい気がします。

・産業医が「がん患者=すごく辛い」と思っていて、就労をやめる傾向が強い。産業医に「持続可能ながん治療」について知ってもらいたい。働きながらでないと経済的に治療継続がきびしいケースも少なくないという面もある。

・がん治療=働けないというイメージが社会に広まっている気がします。「がんと共に働く」が広まってほしいと思います。がん患者のうち、どのくらいの人が働きながら治療をうけているよという情報公開するとか・・・。

事例紹介

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」では、がんと共に働く事例をご紹介してまいります。

企業レポート

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」で紹介した、企業の「がんと就労」事例です。

意見交換会

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」が開催した意見交換会の模様をレポートします。

セミナーレポート

「がんと共に働く 知る・伝える・動き出す」が開催したセミナーをレポートします。

インタビュー

がんと共に働く、をテーマにしたインタビュー記事を掲載しています。

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2017年度 第2回意見交換会

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