2017/06/20

がんと共に働くために必要なこと

がん医療が進歩して5年生存率が上がり、がんは死に直結するものから、長い期間つきあい抱えていくものへと変わってきました。がん治療や社会はどのように変わり、がんと就労にはどのような課題があるのでしょうか。国立がん研究センター理事長中釜斉氏と日経BP社取締役酒井綱一郎氏のお二人に、最新のがん医療から社会の価値観の変化まで、とことん語っていただきました。

ゲノム解析でわかってきた、がんの多様性

酒井中釜先生はずっと研究畑を歩んでこられましたが、最新のがん医療の状況を教えていただけますか。

中釜この3、40年で世界中の研究者によってがんの解明が進み、多くのことがわかってきています。研究が進めば進むほど、がんはとても多様で個人差が大きいことがわかってきました。それから、ひとつのがんの中でも薬が効きやすいがん細胞と、非常に効きにくいがん幹細胞があるなど、とても多様な構造をしていることも、わかってきました。

がんは多様で複雑な病態を示しますが、多くのことがわかって、課題が見えてきました。がんの克服に向けて、かなりターゲットがしぼられてきたかなと思います。

ここ10年くらいで急速に解明が進んだのは、ゲノム(遺伝子)解析の技術が進歩したおかげです。がんは、ゲノムの変異によって起こります。いままではひとつのがんのゲノム配列を調べるのに何年もかかっていました。それが解析技術の進歩で、1週間でわかるようになり、それぞれのがんでキーとなるゲノム変異がわかってきました。その変異は個人によって少しずつ違うのですが、がんの増殖にとって重要なゲノム変異がわかれば、それに対抗できる薬がわかってきます。すでに薬があればそれを使えばいいし、なければ開発すればいい。例えば、肺腺がんではEGFRやALKという変異があるがんには、ある薬が劇的に効くとわかっています。そのため、以前は臓器別に肺がんに効く薬とか大腸がんに効く薬を探していたのが、いまは特定の変異に対する薬を開発することが主流になっています。そのため、これまで患者数が少ないために薬の開発が難しかった小児がんや希少がんにも、薬を提供できるようになりつつあります。ゲノム解析をして「このゲノム変異があると、この薬が効く」という治療の方向性は、しばらく確実に続くと思います。

ただ、多くの症例では、ある薬が非常に有効でも、しばらくするとがんはその薬に対する抵抗性を獲得します。それはある程度予測できるので、まだ抵抗性がない次の薬に変えればいい。でも、しばらくするとその薬に抵抗性ができるので、さらに次の薬に変える必要が出てきます。ゲノム解析によって治療効果は格段に上がっていますが、それだけでカバーできるのは、おそらく50%くらいでしょう。

この繰り返しを脱するには、例えば、たくさんあるゲノム変異の数カ所を同時にたたくような治療法が考えられます。また、もう少しゲノムのデータが揃ってきたら、その中でがんのアキレス腱となるような共通のものが見えてくるかもしれません。それがわかれば、広範囲のがんに対して効果的な治療法が開発できるのではないかと期待しています。

がんは、”死に至るもの”から”抱えていくもの”へ

中釜 斉
国立がん研究センター 理事長・総長

1982年東京大学医学部卒業。米国マサチューセッツ工科大学がん研究センター研究員を経て、1995年より国立がんセンター研究所発がん研究部室長、生化学部長、副所長、所長を歴任し、2016年4月より現職。

酒井がん医療が進んで、がんは死に至るものというイメージから、抱えていくものというイメージへと変わってきています。日本はアメリカに比べてずいぶん遅れていましたが、ここ数年でかなり変わったと思います。

中釜そうですね。ただ、まだ完全には変わりきれていないようです。世間では、糖尿病、高脂血症、高血圧症といった病気に比べて、がんは怖いというイメージが根強いのではないでしょうか。私たちがん医療者にとっては、例えば糖尿病のほうが、失明、下肢切断、人工腎透析などにつながって、ずっと怖いと思うのですが。

酒井そうですね。がんは進行が速いので、最初に短期決戦という印象があります。糖尿病などは、怖いといってももう少し緩やかに進行するイメージです。

中釜実際には、乳がんなどで10年、15年経って再発するケースもありますから、がんは一度かかると長いつきあいになります。5年生存率が注目されてきたので、おそらく最初の短期の部分で死と隣り合わせという印象が強いのでしょう。これが、例えばがんの5年生存率が80%とか90%ということになれば、ずいぶんイメージが変わると思います。

酒井がん治療もがんのイメージもかなり変わってきましたが、がん研究センターの役割に変化はありますか。

中釜本質的な役割は変わっていないと思います。がんの実態を把握し、がんの特徴(本態)を解明し、がんを克服することが私たちの使命です。

がんの本態解明については、先ほど述べたようにゲノム解析技術の進歩で、大きく進んできました。

がんの実態把握についても、2006年にがん対策情報センターができて、情報整備が進んでいます。2016年1月からは、全国がん登録が始まり、日本でがんと診断されたすべての人のデータをひとつにまとめて集計・分析・管理するようになりました。データが集積されれば、日本のがんの臓器別発生率、死亡率、地域特性といった実態が明らかになってきます。そうすれば、より具体的な課題が見えて、より実効性のある対策がとれるようになるでしょう。

がんの克服について、最新の医療技術を患者さんに提供することは、がん研究センターの大きなミッションのひとつです。がんが多様であることがわかってきたので、多様な患者さんそれぞれに適切な医療を提供しなくてはなりません。病態とは別に、その個人の状況を考える必要もあります。がん患者さんには、若者も高齢者もいるし、健康状態も家庭の事情も異なります。そういう方々が、治療中、または治療後に社会の中でどうやって共生していけるのか。そのために、われわれ医師や研究者は何ができるのかが、まさに問われています。

ただ、もちろん、社会に関わる問題をすべてがん研究センターで解決することはできません。例えば仕事に関することなら、臨床心理士、社会保険労務士、ハローワークの相談員といった専門家の方々と、あるいは経営者など職場の方々との連携をスムーズにしながら、取り組んでいく必要があると思います。

治療も緩和ケアも”均てん化”が必要

酒井昨年、中央病院内に「患者サポート研究開発センター」ができましたね。

酒井 綱一郎
日経BP社 取締役 総研事業統括
日経BPコンサルティング社長

1981年国際基督教大学卒業。 毎日新聞社記者を経て、1988年日経マグロウヒル(現日経BP)入社。 日経ビジネス編集部記者、日経BP社ニューヨーク支局長、日経ビジネス編集部長、日本経済新聞社デジタルビジネス局長などを経て、現在に至る。

中釜はい。例えば手術や抗がん剤治療をしたあとには、リンパ浮腫や味覚異常といった、さまざまな副作用・後遺症が起こります。患者サポート研究開発センターでは、それをサポートしていくしくみを考えていきます。

それから、専門病院で治療を終えたあとに、患者さんが自宅近くの医療機関で同じレベルのサポートを受けるにはどうするかという問題もあります。いわゆる”均てん化”です。治療の"均てん化"に加えて、苦痛の軽減や緩和ケア、患者相談といったことにも”均てん化”が必要です。さらに、患者のサバイバーシップの支援や就労支援といった社会的な問題の支援についても、できれば“均てん化”したいと考えています。ただ、社会のしくみそのものに関わる問題は、社会全体でそれを考えていく必要があると思います。

酒井患者さんから、治療と仕事との両立についての相談はありますか。

中釜仕事と治療の兼ね合いを話し合うことは大切だと思います。患者さんに対しては、まずは常に希望を持ってもらえるような情報提供が必要です。その上で、治療法にはいろいろなオプションがあるので、どう選択していくかを話し合えるようにしなくてはなりません。患者さんが社会の中で生き生き暮らしていくには、どのような治療を選べばいいのか、前向きな会話ができるといいと思います。

酒井抗がん剤については、極力副作用を少なくする治療が進んで来たと考えていいのでしょうか。

中釜いわゆる支持療法は、かなり進歩しています。ただ、経験的にこれが効くとわかっていても、科学的なエビデンスがまだ十分でないものが多いんです。というのは、例えば吐き気、めまい、気分が悪いといった副作用の重さは、なかなか数値化できません。数値化できないと具体的な指標がないので、エビデンスを得るのが難しいんですね。いま、J-SUPPORT(日本がん支持療法研究グループ)では、支持療法に関する臨床試験をサポートする取り組みを行っています。国もAMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)も厚労省も、医薬品開発の臨床試験と同じようなレベルで支持療法の研究を支援しようとしています。これは、しっかりとやっていくべきだと思います。

酒井がんを克服するにはどうすればいいのか、一般の人へのアドバイスをいただけますか。

中釜1番大切なのは、早期発見です。がんは早く見つかると治せます。そのためには、やはりがん検診です。ただ、いまだに「がんが見つかったらいやだから検診に行きたくない」というメンタリティがありますよね。実は私も最初に人間ドックに行ったときには、もしがんが見つかったらどうしたものかという不安はありました。でも、行くとすっきりしますよ。ぜひ、適切ながん検診を受けてください。

それから、がんになるリスクを極力排除することも重要です。喫煙、過度の飲酒、感染症など、がんの原因になることが確実だとわかっていることは、避けることです。

もしなってしまった場合、しかも手術でとりきれない場合には、適切な抗がん剤を選んで治療することです。そのためには専門病院に行くべきでしょう。いまはがん細胞を直接たたく抗がん剤のほかに、免疫機能を高める免疫チェックポイント阻害剤も使えるようになりました。両方の治療ができるのは、いまのところは専門病院です。これも全国の病院でできるように、均てん化が必要だと思います。

がん患者が働くことの意味

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事例紹介

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「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」で紹介した、企業の「がんと就労」事例です。

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