2018/08/31

がんと共に働くために必要なこと

がん患者の就労を支援する「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」のプロジェクトが始まって今年度(2018年)で4年。これまでの成果は何か、最終年度でもある今年度ではどのような活動を計画しているのか。プロジェクトを統括する国立がん研究センターがん対策情報センターの若尾文彦センター長に伺いました。

これまでの取り組み

――最初に「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」のプロジェクトを開始した経緯を教えてください。

現在、日本人の2人に1人は一生のうちにがんになると言われています。一方、医学の進歩によってがんの5年生存率はどんどん改善され、診断された6割以上の方が治る時代となりました。治療法についても、以前より侵襲の低いものが登場し、入院期間はどんどん短くなり、抗がん剤治療も通院で行うケースが増えています。

つまり、がんにかかって一時期治療のために入院したとしても、多くの人は復職して働き続けられます。また、ときどき半日休むとか、毎日1時間だけ休むような形で、就業と治療を両立する環境も整いつつあります。実際に働きながらがんの治療をしている方が、現在、32万人くらいおられます。

ところが、まだまだ「がんは不治の病」というイメージがあって、がんと診断されると、約35%の方が自分から辞めたり解雇されたりして離職してしまう現実があります。また、患者を雇用する企業の90%が、「がん患者への対応方法に困っている」とも言われています。

そこで、企業や社会との間に生まれた認識のギャップを埋め、がんになっても就労し、社会参加が維持されるように、そうした患者さんや雇用主を支援することを目的に、2014年にこの「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」プロジェクトを開始しました。

――これまでどのような活動をしてこられたのでしょうか。

どうすればがん治療をしながら働き続けられるのか。その方法を探そうと思っても、がんの状態や患者さんの働き方は一人ひとり違っています。正解は1つではない中で道を見つけていくために、まずはうまくいった事例を1つずつ集めようと考えました。

プロジェクト開始と同時に、このサイトで体験談の登録を広く呼び掛けました。集まった事例の中から、よく工夫されているものを意見交換会で発表していただいたり、詳しく話をうかがってレポートとしてまとめたりしました。また、年度ごとに会員だけでなく、広くビジネスパーソンに対してがんに対する意識調査を行いました。

当初は会員数500名くらいを想定しましたが、おかげさまで、現在の会員数は約1700名にまで増えました。また、現在、25例のバラエティに富んだ事例レポートを掲載することもできました。

初期の事例は、幸運にも会社の手厚いサポートに支えられたケースや、患者さん自身のコミュニケーション能力が高く、うまく会社の支援を引き出したりしたケースが多いという印象でした。しかし、事例の集積が進むにつれ、会社の支援が少ない中でなんとか対応したもの、いったん離職したものの転職・再就職したもの、フリーランスや個人事業主のものなど多様なケースも紹介することができるようになりました。

これらの事例は、サイトを訪れる多くの方々にとって貴重なヒントになったと思います。

ただ、せっかく集まった事例を役立てるには、もう少し共通のメッセージが必要だろうと考えるようになりました。各ケースに共通する原理や個別の事情を分けて分析し、より多くの方々に教訓にしてもらえる形で提供したいと考えたわけです。そこで、今年度は、今までの成果をまとめる形で「がんと就労のガイドブック」を作成することにしました。

会社の人事・総務を対象にしたガイドブックの狙い

――「がんと就労のガイドブック」とは、どのようなものですか。

これまでの厚労省の研究班の成果報告を含め、すでにがんに罹患した人々の指針になる書籍があります。しかし、実際にがんに罹患した社員が出た場合に、当事者に対するのは会社の経営層や人事・総務担当の方々です。こうした方々にアドバイスする書籍や情報は意外と少ないようです。そこでもし、がんの患者さんが出たときに、どのような対応をすればいいのかを経営者や人事・総務担当の方々の立場でまとめていきたいと考えています。

患者さんへの支援も必要ですが、会社の体制が整えば、患者さんは会社から支援を受けられます。できるだけ多くの患者さんへの支援につなげるには、会社の体制を整えるための支援が必要だと考えて、人事・総務の担当者をターゲットにしました。

会社の規模によって割けるリソースが違うので、大企業向けと中小企業向けの2種類を作成する予定です。また、できるだけ多くの方に配布して読んでいただくために、協賛企業を募集中です。

――人事・総務担当者には、どのようなことを期待していますか。

まず、がんについてのイメージを、少しだけ変えていただければと思っています。

先にもお話ししたように、がんはもはや珍しい病気ではないし、一方で5年生存率は着実に延びています。ところが、一般の方へのアンケート調査では、「2人に1人はがんになる」「5年生存率が5割を超えている」という事実を知っているのは、わずか3割程度です。

がんとはどのような病気か、どのような治療が行われ、どのような成果を上げているのかという知識を持つことは、非常に重要です。がんについて誤ったイメージがあると、親切心から「もう働かなくていいよ」とアドバイスしてしまうかもしれません。本人も、がんと診断されて動転する中で仕事を辞めてしまうかもしれません。

このプロジェクトで実施した調査では、「がんになっても働き続けられますか」という質問に、患者さん自身や職場にがん患者さんがいる方は「働き続けられる」と回答するのに、周囲にがん患者がいない方は「働き続けられると思わない」と答える傾向があります。「がんになっても働ける」と伝えることは、本人にとっても周りの社員にとっても、とても大切だと思います。

――ガイドブックで、がん患者でも十分に働けるという情報を広めたいということですね。

そうです。ただ、情報を提供しただけではなかなか行動につながりません。そこで、ガイドブックでは、会社として実際にどういうアクションをすればいいかを具体的に示したいと考えています。

2006年(平成18年)にがん対策基本法が成立してから10年経ち、「がんは社会として対応する必要がある」という観点から、2016(平成28)年に成立した改正がん対策基本法では、「事業主の責務」という項目が追加されました。事業主は、がん患者さんの雇用継続に配慮すると共にがん対策に協力するように努力しなければならないということです。

とはいえ、多くの事業主や人事・総務の方は、実際にどうすればいいのかが、よくわからないのではないでしょうか。そこで、これまで集めた多様な事例を参考に、どういうことができるかをガイドブックにまとめたいと思っています。

――ガイドブックの作成は、具体的にどのような形で進めるのでしょうか。

まず、ガイドブック作成のためのアドバイザリーボードを組織します。いままで事例を取材させていだいた方々、意見交換会で発表していただいた方々、企業レポートとして取材させていただいた方々などに、メンバーになっていただきました。そして、アドバイザリーボードの意見を基にガイドブックの素案を作ります。

その後、大企業編と中小企業編に分けて2回の意見交換会を行います。こちらは、できるだけ多くの企業の人事・総務担当者に集まっていただいて、意見を伺う予定です。

ガイドブックを作るにあたって3回程度のアンケート調査も行います。

このようにして、できるだけみなさんの声を取り入れたガイドブックを作成したいと考えています。

――どのような特徴のあるガイドブックになりそうですか。

私たちが集めた事例やアンケート調査からは、がんになっても働き続けるためには、制度を利用しやすい周囲の理解、つまり企業風土のようなものが大事だということが明らかになってきました。しかし、例えば厚生労働省が2016(平成28)年に発表した「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」には、「事業者による基本方針等の表明と労働者への周知」「研修等による両立支援に関する意識啓発」「相談窓口等の明確化」といった環境整備は記載されているものの、具体的な対応のような話はでてきません。

このように、多くの体験者の意見を集めたからこそ見えてくるものがあると思います。実際の経験者の方の声をいっぱい取り入れた形で、このガイドブックをブラッシュアップしていければと考えています。

がんになっても働ける社員がいる会社のメリットとは?

――そもそも、がん患者の就労を支援することで、会社にとってのメリットはありますか。

企業経営者や人事・総務担当者にとっては、働き続けたい方が働ける環境を用意していくことは、経営面からも重要だと思います。

がんは55歳以降に増える傾向がありますが、定年延長で55歳以降に働く人が増えています。また、女性の職場進出が進んでいますが、30代から40代の働く世代では、女性の方ががんにかかる比率が高くなります。ですから、職場でがん患者さんに遭遇する確率は、今後ますます増えてくるでしょう。

これから就労人口が減っていく中で、スキルがあって会社に貢献してきた方が、ただ一度がんになっただけで辞めてしまうのは、会社にとっても大きな損失です。そういう方を十分に活用することは、会社にとって非常に意義がある話です。

また、「もしがんになっても、会社はしっかりと守ってくれる」と実感すれば、社員は会社に貢献しようという気持ちが強くなり、仕事へのモチベーションが上がると思います。がんに罹患した社員をどのようにサポートするかを考えることは、人材が宝であるという企業の根本理念を再確認することに通じると考えています。

事例紹介

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」では、がんと共に働く事例をご紹介してまいります。

企業レポート

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」で紹介した、企業の「がんと就労」事例です。

意見交換会

「がんと共に働く 知る・伝える・動きだす」が開催した意見交換会の模様をレポートします。

セミナーレポート

「がんと共に働く 知る・伝える・動き出す」が開催したセミナーをレポートします。

インタビュー

がんと共に働く、をテーマにしたインタビュー記事を掲載しています。

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