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デジタル変⾰の新たな伴⾛者 ベトナムIT産業の底⼒デジタル変⾰の新たな伴⾛者 ベトナムIT産業の底⼒
Vol.3 ルビナソフトウエア

レガシーシステムの保守に強み、
習熟技術者の経験とスキルを伝承

母国の発展めざし東工大に留学、
卒業後ベトナムで起業

レ・クアン・ルオン氏
ルビナソフトウエア
代表取締役社長
レ・クアン・ルオン

——創業の経緯を教えてください。

 私の幼少期はベトナムに自由経済の概念がなく、多くの人が生活に苦しんでいました。まだ国営企業しかない時代です。民間企業の設立は法律で認められていませんでした。高校生の時に読んだある本には「ベトナムが豊かになるためには民間企業が必要だ」と書いてありました。この言葉に触発され、「いつかは起業しよう」と決意しました。

 その後ベトナムの大学で優秀な成績を修め、日本に留学できることになりました。留学先に日本を選んだのは、日本が戦後に奇跡的な復興を果たしたと本で読んで知っていたためです。貧しいベトナムを変えるきっかけを、日本から学びたいと考えました。

 東京工業大学で大学院を含め6年間勉強し、ベトナム帰国後にすぐ起業しました。設立時は5人のメンバーでスタートしました。

——どうやってメンバーを集めたのですか。

 東工大の大学院を修了する直前にいったん帰国し、「1年後に起業するのでぜひ参加してください」と募集をかけました。当時のベトナムは、法改正によって起業ができるようになっていましたが、海外とビジネスができるような企業はほとんどありませんでした。一方で私のように起業を目指す若者は増えていました。そのため、すぐに仲間を集められました。

——最初はどんな案件を受注しましたか。

 実は東工大への留学時代に携帯電話向けアプリケーション開発のアルバイトをしていました。2社でプログラミングをしていたのですが、その時のバイト先が仕事を依頼してくれました。学生の時に「帰国したらソフト会社を起業します」と宣言しており、起業を期に仕事をもらうことができたのです。私が宣言どおりに会社を興したと伝えたら、とても喜んでくださって、チャンスを与えてくれました。その後は携帯電話向けのアプリケーションをいくつも開発しました。

 2005年にはベトナムソフトウェア協会(VINASA)が日本貿易振興機構(JETRO)と連携し、ベトナムへのオフショア開発を広めるための支援活動をしてくれました。これも大きな助けになりました。30社ほどの日本企業が視察に訪れ、その中の企業から受注することができたのです。その後、顧客企業の責任者が別の企業を紹介してくれるなど、人のつながりで発注を伸ばしました。

 2008年にリーマン・ショックが起こると、オフショア開発で中国を利用していた日本企業が、コストとリスクを抑える目的で、ベトナムへの委託を検討するようになりました。複数の大手企業が視察に訪れ、さらに受注が拡大しました。こうした流れの中で、2009年に初めて、冒頭で述べた金融系のレガシーシステムを受注しました。

 それまでは金融システムを手掛けたことはなく、メインフレームを扱ったこともありませんでした。しかし、「この会社だったら託せる」と任せていただいた顧客の期待に応えるために、金融の業務知識を必死で学び、COBOLやC言語などの古い技術も習得しました。

 金融システムでの経験から、日本のレガシーシステムは優れた技術者がつくった素晴らしい資産であり、それを保守・メンテナンスする仕事は顧客のシステムとビジネスを発展させる、非常に大事なものだと気づきました。これを機に、金融など参入障壁の高い、レガシーシステムを積極的に受注するようかじを切りました。

レガシーシステムは
無くならない

——レガシーシステムは非常に重要である一方で、若い技術者は最新の技術を学びたがると思います。ルビナソフトウエアの社員からは「先進技術に携わりたい」などの不満は出ませんか。

 その点については、よく勘違いされやすいので、私の考えをお伝えさせてください。これは社員にも繰り返し説明していることです。

 大切なのは顧客の業務を理解し、システムを設計する力です。これらが技術者の武器になるのであって、プログラミング言語の知識は武器にはなりません。金融の業務を覚えるには5年かかりますが、言語は数カ月で覚えられます。どちらの価値が高いかは明白です。当社の若い社員にはこうしたことを繰り返し説明しています。社員も理解してくれていると思います。

 ベトナムでITを教育する大学は、どんな技術を教えるかばかりを宣伝します。繰り返しますが、技術を覚えるのは簡単です。覚えるのが簡単ということは、ライバルも登場しやすく、顧客にとっては発注先の切り替えも容易ということです。差異化しにくく、価格競争に陥ります。顧客の期待に応えながら持続的な成長を目指すには差異化が大切であり、価値の提供が欠かせません。

 我々は、学生に大切な価値観を教えるために、2008年から社内で「学校」を運営しています。そこでは業務知識や設計力の重要性など仕事に関する観点と共に、日本企業の仕事の進め方や職人の魂、日本社会が求めるこだわりのレベルなどを指導しています。

 当社がレガシーシステムに取り組み始めた2009年の時点で、「COBOLはもう終わる」などと言われていました。でも15年近く経過した今でも、COBOLで書かれたレガシーシステムは残っています。メーカーもメインフレームを作り続けています。10年先もきっと無くならないでしょう。

——それでも最新技術が学べることを売りにする競合と比べると、採用が難しそうに思うのですが。

 それはその通りです。そこで現在、地方戦略と呼ぶ取り組みを進めています。ベトナムでIT関連の仕事をする場合、雇用のほとんどがハノイやホーチミンです。一方で、大学はハノイなどに出てきたものの、就職にあたっては「出身地に戻って働きたい」と考える若者は多くいます。ベトナムは日本よりも家族のつながりが強く、親や親戚などとのつながりを大切にする文化の影響があります。

 当社はそのような「Uターン人材」を狙います。まずはダナンからスタートし、その後はフエやクイニョン、ニャチャンなど、中部の海沿いの地域に開発拠点を設けます。地元でITの仕事に携われるメリットを売りに、人材を集める計画です。

——今後の展開を教えてください。

 これまでは急成長よりも持続性を重視し、年2割のペースで成長してきました。年2割の成長は日本では十分に急成長と思われるかもしれませんが、ベトナムではセーブしている方です。高度な知識と技術を備えた技術者は急には増やせないので、あえてペースを上げすぎないようにしてきました。今後も、品質最重視で、成長についてはこのペースを保ちます。

 注力分野としては2つあります。1つはレガシーシステムの保守・メンテナンス業務を継続することです。今後、レガシーシステムをよく知る最後の世代とも言える、50〜60代の日本人技術者が引退していきます。そこでの技術を、我々ベトナムの若手技術者が引き継いでいけたらと思っています。

 もう1つはレガシーシステムのモダナイズ(近代化)です。クラウドへのデータ移行や、共通利用するアプリケーションをマイクロサービス化するなどの関連サービスを提供します。金融システムのモダナイゼーションは非常に難しいので、他の分野で経験を積んでから取り組みたいと考えています。

——ベトナムIT企業への発注を考える日本企業にメッセージを。

 日本の大手システム開発会社を介してではなく、直接ベトナムのIT企業に発注してコストを下げたいと考える日本企業が増えていると感じます。確かにコストは下がりますが、お話した通り、多くのベトナム企業は95点の完成度でシステムを納品します。日本企業の場合、そういったシステムを受け取っても満足せず、想定していたメリットを得られない可能性があります。

 ベトナムのIT企業を経営する立場の私がことのようなことを申し上げることに違和感を覚える方もいらっしゃるかもしれません。でも現実を直視せず理想を求めて仕事を進めると、互いにとってマイナスになってしまう恐れがあります。

 品質やコストなどの成果を得るには、発注先の実力を見極めながらコントロールする力、つまり発注力が欠かせません。これはオフショアにかかわらず、全ての企業に求められることだと思います。

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