JTBのDX推進体制は、黒田氏の配下に総勢約50人の「デジタル3チーム」と称するセキュリティ、デジタル戦略、データインテリジェンスのチームを組織して、一体運営している。このチームが中心となり、まず基盤となるエンタープライズアーキテクチャを構築し、ITガバナンスを確立。その上で事業部門が主体となるプロジェクトを含めると40前後のプロジェクトを動かし、DX推進部門が進捗を管理している。
「同時に、事業部門のマネジャー層を中心にチェンジマネジメントの意識を埋め込み、変革の意識を組織全体に浸透させています」(黒田氏)
進行中のプロジェクトは、既存事業をすぐに改善すべき守りの領域が多い中で、攻めの取り組みとして挙げているのが、新規事業開発に向けた「イノベーション創成プロジェクト」と、「生成AI」の活用である。
一部社員を対象に商用パッケージの生成AIをトライアル導入し、社内利用を開始した。500人の予定に対して1000人以上が応募し、活発に使い始めている。現在では、全社員が利用できる専用環境となっており、自社のデータの参照も始める。顧客向けサービスに生成AIを組み込むPoCもスタートしている。
「今後生成AIをさらに活用するために、社員の情報共有のためのコミュニティを立ち上げ、ユースケースやノウハウの共有を進めています。キックオフは大盛況で、現場からも、このイノベーションの波に乗ろうという強い思いを感じています」(黒田氏)
会社全体で、生成AIの活用で成果を出そうという気運が高まっている。
DX基盤と、その上で動く数多くのプロジェクトによって、JTBの経営課題の解決は順調に進んでいる。しかし、変革を成し遂げるのはあくまで社員である。イノベーション創発の取り組みや生成AI活用は、成長へのモチベーションを高めている。「2024年は面白い取り組みがたくさん発表できればいいなと、今からワクワクしています」と、黒田氏は語る。
JTBのようにコロナ禍の最中から積極的なIT投資を行った企業もあるが、日本の企業全体では、IT投資意欲がどう変わったのか。2001年から毎年「IT投資動向調査」を発表しているアイ・ティ・アール(ITR)でプリンシパル・アナリストを務める三浦竜樹氏は、「2023年度のIT予算が増加すると答えた企業は44%で、2001年の調査開始以来最高です。2024年度も同水準で推移すると予測しています」と話す。
高水準のIT投資意欲が続いている状況は、同社が定義している「IT投資インデックス」にも表れている。2023年度は過去最高に迫る3.69を記録した。「業種別には、例年高い数値を記録する金融や情報通信に加えて、製造業の投資が増えました。ただ、2024年度は元の予算水準に戻ってしまうようです。一方、2024年度にIT予算が増えそうな業界は、建設・不動産で、『2024年問題』の対策も関係している可能性があります」(三浦氏)
卸売・小売りとサービス業についてさらに詳しく見ると、インバウンド需要の回復を受けて、宿泊業の予算増加意欲が最も大きくなった。
売り上げに対するIT予算の比率も、2023年度は前年度比で増加した。内訳は新規投資の割合が微増しており、攻めのITへの意欲がわずかながら高まったことがうかがえる。
ITRではDXのテーマ別取り組み状況も調査している。三浦氏が注目したのが、「製品・サービスに関する付加価値向上」「新製品・サービスの創出」「他社との共創、エコシステム構築」で、どれもこの1年で上昇した点だ。
「2023年度の調査で最も気になったのはこの部分です。企業のDXは内向きの取り組みが先行してきましたが、ようやくビジネス成長に資する外向きの施策に取り組む企業が増えてきたことの表れだと思います」(三浦氏)
同調査では16のDXテーマについて、企業が自己評価した取り組み状況を「DX実践度スコア」(100点満点)で算出している。このスコアが50点未満と50点以上の企業では、取り組みに大きな差がある。例えば専任部門によるDX推進は、スコア50%以上の企業で34%であるのに対し、50%未満では18%にとどまる。また、先端技術に対する取り組みにも差が見られる。
「社内にAI、IoT、5Gなどの活用を研究するチームやスタッフを置いている企業の割合は、スコア50%以上では50%未満の3倍弱となっています」(三浦氏)
個別の製品・サービスへの2024年度の投資意欲にも、特徴が鮮明に表れた。新規導入可能性の1位が「AI/機械学習プラットフォーム」、2位「生成AI」で、他を大きく引き離した。インボイス制度への対応などの影響で、電子請求書も4位に入るなど、タイムリーなテーマが続いている。
三浦氏は「投資意欲からも、2024年度はAIの年になるといえます。またIT戦略は顧客接点など外向きの施策への先端技術の展開が始まっており、IT部門は企業のこうしたニーズに応えるため、先端技術への知見を高める必要があります」と意見を述べた。
全体的な投資動向からも、企業はAIなどの先端技術を積極的に取り込み、ビジネスの現場で活用したいということが分かった。では、それを実現するためのITソリューションは、この期待にどう応えているのか。
企業向けソフトウェア大手の日本オラクルでは、自社のクラウドサービスを社内の業務改革に積極的に取り入れ、大きな成果を上げている。自社のユースケースを武器に、顧客企業のDXを実績と自信をもって推進する戦略である。
例えば会計業務のDXでは、表計算ソフトなどによる手作業を排除し、人の手による照合作業の40%を自動化するなどの改善を達成。その結果、期末日から18日後の決算発表を実現している(東証平均は39.7日)。コロナ禍のリモートワーク下でも、前年度よりさらに3日短縮するなど、働き方の変化にも対応している。
オラクルが取り組む業務の自動化は、AIの活用によってさらに大きく進化しようとしている。同社クラウドアプリケーション事業統括本部の横田悟氏は、次のように語る。
「オラクルは、AIについてハードとソフトそれぞれの分野で活躍する企業と提携しています。AIには非常に強力な計算エンジンが必要ですが、そのトップを走るNVIDIA(エヌビディア)と提携し、当社が提供するクラウド基盤に実装しています。また、大規模自然言語モデルサービスを提供するプロバイダーであるCohere(コヒア)とも提携し、当社のクラウドアプリケーションに搭載しています。最先端の技術をクラウドサービスとしてお客様に提供できるのが、オラクルの強みです」
オラクルは、最新技術に裏打ちされたクラウドベースの業務アプリケーションで、あらゆる業種のDXを支援している。ここでは特徴的なサービス業2社の例を紹介する。
ある大手インターネットサービス事業会社は、多角的にインターネットを軸にeコマース業、メディア業や広告業など事業領域を急拡大しており、社内で運用しているサービスは100以上に達している。それぞれのシステムが個別最適化されており、データ連携を難しくしていた。
今後さらにM&Aなどで事業の多角化を加速していく戦略を実現するため、オラクルのCloud ERPを採用。分断化していた業務プロセスとデータを共通基盤に統合した。データ連携のためのムダな工数を削減しただけでなく、今後の環境変化にも柔軟に対応できる業務基盤を構築している。
「業務プロセスの統合には、よりどころが必要であることから、オラクルが用意している『Modern Best Practice』という標準業務プロセスをご採用いただき、標準化を推進されました」(横田氏)
また、あるファストフードチェーンでは、コロナ禍でデリバリーサービスや非接触型決済など顧客ニーズの多様化への対応が課題だった。自社の宅配サービスだけでなく、サードパーティのデリバリーとの連携も必要で、社内のPOSシステムをデリバリーサービスのデータ照合が発生。この作業を自動化するため、オラクルの自動照合ソリューションを採用して大幅な業務効率化を実現している。
ビジネスの環境変化に対応するには、Fit to Standardの考え方が重要だと横田氏は語る。
「標準的な機能に業務を合わせることで、AIを含めた最新の機能が四半期ごとにアップデートされた状態で使うことができます」
この考え方に賛同し、多くの国内企業がオラクルのクラウドアプリケーションを採用している。標準基盤と先端技術の両立が、これからのキーワードとなりそうだ。