大企業にとって、基幹システムを刷新するのは一大プロジェクトである。イトーキ代表取締役社長の湊宏司氏は、「伝統的な企業で取り組むポイントは“人” 」と言う。
「当初、社員のITに対するリテラシーが必ずしも高いとはいえませんでした。しかし社員とちゃんと話をすると実はビジネスDX人材だったりすることがわかりました。ITの敷居を下げ、AIやITを自分事として捉えてもらうために目線を上げていくことが大事だと思っています」
イトーキが主力事業としているワークプレイス事業も、オフィスDXビジネスとしてIoTなどの最新技術も取り込んだデータ活用型のものとなっており、オフィスを人的資本投資の一環として捉える企業が増えていることが追い風となっている。「デジタルで生産性を高めるということと、働く人の心に訴える部分はある意味相反するテーマでもあり、そのバランスをどう取っていくかが、当社のビジネスにとっても面白いテーマだと思います」と湊氏は語る。
同社は2021年にOracle Cloud ERPを導入したが、ERP導入に際しては過去に一度パッケージソフトによる基幹システム更新プロジェクトを破棄している。
「今のプロジェクトに入っている業務が分かるメンバーが参画していたが、“またなくなるのでは”と心配になっていた。新しいプロジェクトを進めるときに“要件を疑え、前例を疑え、今までと同じ仕様を新しいシステムに実装するな”と言って新しい価値を目指してチャレンジできるようサポートしています」
ERPの刷新と同時に、業務プロセスから働くモチベーションまで、多面的な変革を同時に進め、まさに経営改革を押し進めている。
同じく、Oracle Cloud ERPのユーザーであるJVCケンウッド取締役CTO、CISOの園田剛男氏も、IT投資に関しては、自社内で常に侃々諤々の議論が交わされていると話す。
「製造業の場合、どうしても新しいことへのチャレンジは、『稼ぎ』が担保されていないと承認されないことも多いです。従来のオンプレミスのシステム資産を償却していくモデルから、クラウド化によって経費ベースで扱うことが必要になり、そうなると当該期間の売り上げがないと経費を使えないため、いくら未来に向かって明るい投資をすると言っても、コンサバな世代に理解させるのは至難の業です」
ただ、コロナ禍のリモートワークがクラウドの利用を加速させ、ペーパーレス、ハンコレスなど周辺業務のシステムがクラウド化することで、ITを経費化する雰囲気が、徐々に醸成されてきたとも話す。
園田氏は、クラウドERPの導入過程と、実際の効果において、トップダウンによるリーダーシップが大きな推進力となったと話す。
同社は日本ビクターとケンウッドが統合してできた会社だが、Oracle Cloud ERPを入れる前は、両社の間で表面上のデータはそろえていたものの、両社別々のシステムが動いていた。その結果、会計監査時には何度もチェックが必要だったという。
「非常に無駄なことをしていました。そこでオラクルのクラウドERPを導入し、トップの鶴の一声で『仕事をシステムに合わせる』という大号令をかけたのです。私は執行の責任者として寄り添い、不安を払拭できるように努めました。両社で異なっていた帳票の項目をそろえたり、顧客別に分けていた伝票を統一することには抵抗もありましたが、トップの強い意志を示したことで、DNAが違う会社の業務プロセス統合を成し遂げることができました」
チャレンジという意味では、多くの人が「失敗する」と言った日経電子版を2010年に立ち上げ、成功に導いたのが、日本経済新聞社副社長CDIOの渡辺洋之氏である。
「当時、盤石と思われた新聞のビジネスが、リーマンショックの影響で初めて赤字に転落しました。広告モデルも崩壊し、本当にデジタルで仕事をしていかなければいけない。その危機感から、有料のデジタルコンテンツとして日経電子版を開発しました。おかげさまで、当初の予想に反し、スマートフォンの波に乗ってユーザーが拡大し、現在に至っています」
現在、電子版本体だけで90万人超のユーザーを抱え、周辺サービスを合わせると世界的に見ても指折りのメディアに成長している日経電子版。だが渡辺氏は、この成功体験に対して、逆に危機感を抱いている。
「デジタルで成功したという自負が、このビジネスはずっと継続するという思いを社内に生んでいます。GAFAですら、3回連続で成功できないといわれているデジタルの世界で、我々は1回の成功でそれがずっと続くと思ってしまってはいないか。変革を続けなければいけないと考えています」