三菱ふそうでは組織のグローバル化に対応する人事制度、人事データ基盤への変革を進めていた。その中心となったのは、「ジョブ型人事制度」の採用だ。従来の年功序列から脱却し、優秀な人材に対して報酬を含めた正当な評価を実施し、定着と活躍を促すために、オラクルコンサルティングサービスの初期導入支援を経て2019年ごろから本格的に導入した。
同社がジョブ型人事制度のメリットを生かし切るためには、相応の技術基盤が必要だった。稲垣氏のチームでは、海外の他の地域の導入システムも参考に、いくつかのグローバルソリューションを比較検討した。その結果、Oracle Cloud HCMの導入を決定した。その理由を稲垣氏は次のように語る。
「まず条件として掲げていたのが、多国籍の人材を世界各地で評価するための、多言語に対応したシステムであることです。そして、グローバル共通の基盤として使うためにデータが堅牢に、かつ入社から退職、年度目標・実績と評価、給与設定などEnd to Endのプロセスを単一のデータベースで管理できることが条件でした。この点で、販売部門など他の業務でも実績があったオラクルのデータモデルには信頼を寄せており、安心して利用できると感じていました」
またOracle Cloud HCMのユーザーインターフェースは、比較した他の人事ソリューションと比べて分かりやすかったことも評価された。「分厚いマニュアルを読まなくても直感的に操作できることは、様々な職種の社員が入力する当社の場合、とくに重要でした」(稲垣氏)。
Oracle Cloud HCMの導入によって、目標設定から評価、給与設定まで、従来バラバラに管理されていた人事プロセスは1つのプラットフォームに統合された。国内外に点在する社員の情報が集中的に管理できるようになり、人事部門はデータの手作業による二重登録や集計作業から解放され、ミスも減少した。
また、Oracle Cloud HCMはグローバルで多くの企業が利用するシステムであり、当然多言語環境にも対応している。日本で働く外国人の社員も、英語などに切り替えることでスムーズに入力できるようになった。その分、HR部門のサポート業務も軽減している。
さらに、昇給昇格や変動給を含む報酬設定プロセスも大幅に効率化され、社員の能力を反映できる仕組みに変わった。「従来は社内全体で正規分布に基づいた報酬設定しかできなかったため、能力に応じた反映が難しい状況でした。新しい人事評価制度では、部門のマネージャーが自身の裁量範囲内で評価結果を報酬に柔軟に配分することができるようになりましたが、Oracle Cloud HCMではこれを1つの画面操作で可能になり、優秀な社員に対して適正な支払いで報いることができるようになりました」(稲垣氏)。
様々な業務に就く同社の従業員は、必ずしもデスクワークでパソコンを扱っているとは限らない。コロナ禍前からモバイルワークを推進してきた同社は、現在「モバイルワーク2.0」としてさらに社員一人ひとりのライフスタイルや家庭の事情に合わせた柔軟な働き方を支えている。
現場作業の従事者がモバイル端末でアクセスできるクラウドアプリケーションを導入し、事務所に帰らなくても勤怠入力や経費計算などができる仕組みを構築。これらのシステムとOracle Cloud HCMを連携させ、人事情報を統合することで人の手による作業を大幅に削減した。
また、Oracle Cloud HCMは人事部門だけでなく、IT部門の業務にも変革をもたらす契機となった。従来のオンプレミス環境では、IT部門の業務はサーバーなどの調達から運用管理、セキュリティパッチの適用や、システムごとに数年に一度訪れるEOL (End of Life)への対応など、インフラを維持するための業務が大きな比重を占めていた。
「人事システムがオンプレミス環境だったときは、平時のインフラの管理や障害時の問題の切り分けなど多くの業務がありました。Oracle Cloud HCMの導入でそれらの仕事は不要になり、IT部門はビジネスにフォーカスした活動ができるようになりました」と稲垣氏は語る。
人事システムのクラウド化と歩調をそろえて、同社では他の業務プロセスもクラウドへの移行を進めている。各業務のベストオブブリードであるグローバル標準のツールを選び、クラウド同士をAPI接続する柔軟なシステム環境の構築を構想する。
それに伴い、IT部門の社員に求められるスキルも変化している。「ソリューションアーキテクトと呼んでいますが、ビジネス部門と一緒に課題を抽出し、クラウドサービスを活用することで解決できる人材を増やしていきたいと考えています」(稲垣氏)。
稲垣氏は、業務プロセスや職制の異なる人材情報、グループ会社の人材なども統合可能な人事基盤ができたことで、そのデータを活用したAIによる業務の自動化、効率化などの効果にも期待する。
「例えば、新たにグループ会社でITプロジェクトマネージャーのポジションを立ち上げて採用する場合、ジョブディスクリプション(ジョブの定義)を、他のグループ会社や別部門の類似ポジションのデータを参考にしてAIでドラフト作成すれば採用マネージャーの助けになります。もう一つ、評価プロセスの面でも効果を期待しています。複数の部下を持つマネージャーにとって、部員の詳細な情報を集めて評価を行うことは、かなりの時間を要します。そこで、社員の人事データと業務のパフォーマンスを組み合わせてAIが分析することで、マネージャーが部員を評価する際に参考になる情報を与えることができると考えています。あくまで評価を決めるのは人ですが、そのサポート役としてAIを活用していく仕組みを作ることを目指しています」
とくにAI技術による多言語の翻訳や、国や地域による表現やアピール方法の理解は、グローバル人材の公正な評価に貢献すると、稲垣氏は考えている。
EVやコネクテッドカーなどの技術革新により、自動車業界は大きな変革のただ中にある。劇的な変化に対応し、企業が成長を続けるためには、優れた人材をつなぎ止める仕組みと、社員一人ひとりが公正な評価の下でモチベーションを高めて働くことができる環境が不可欠である。そのベースとなる人事管理システムが果たすべき役割は重大だ。
「今回のシステム刷新で柔軟で効率的な人事管理システムと、AIなど最新技術でそれを支えるクラウドネイティブな業務基盤を構築することができました。この基盤を活用し、人材と組織のトランスフォームを進めていきます」と稲垣氏は最後に語った。