本稿では、世界と日本のコンテンツ産業の現状を理解し、今後の市場の可能性を探るための材料として、具体的な市場データを見ていく。エンタテイメント&メディア(E&M)業界がデジタル化とグローバル化の波に乗り世界的に拡大を続けている状況を踏まえ、新たな市場の切り拓き方を考察する。
まず、国内外のE&M業界自体の市場規模の現状把握と、今後の成長見通しを紹介する。続いて、具体的なデータを基に、成長が見込まれる地域やジャンルを分析し、ポテンシャルを持つ分野を特定していく。また、IPパワーが他の産業や日本経済全体にもたらす波及効果についても検討し、クールジャパン市場の拡大に資する影響力と可能性について検討する。具体的な数値と洞察を通じて、日本コンテンツが次に向かうべき道筋を示す材料としたい。
まずはコンテンツ産業の基盤となるE&M市場の規模に着目する。本書で扱う日本コンテンツを起点とした海外市場=「クールジャパン市場」を考察するに当たっては、グローバルE&M市場の動向が、海外展開のポテンシャルを検討するための潜在的成長機会の特定やアプローチの方法の差異を検討する材料となるためだ。産業規模は、消費者の嗜好、文化的背景、経済発展の段階など、多くの要素を反映している。このデータを考慮したうえでの検討は、日本のアニメ、マンガ、映画、音楽などのコンテンツをはじめとしたクールジャパン市場の商品やサービスが海外でどのように受容される可能性があるか、より的確な戦略を立てる手助けとなるだろう。また、競合する他国のコンテンツ状況を知ることで、自国の強みを効果的に生かす方法を模索することもできる。
具体的には、PwCで毎年発行している市場予測レポートの最新版「グローバル エンタテイメント&メディア アウトルック2025–2029(GEMO)」を基に、市場規模を概観する。このデータはPwCが過去26年間にわたり実施している、E&M業界の成長と拡大に関する調査をまとめたもので、最新版では世界人口の約74%を占める53の国と地域を対象にしている。なおGEMOのデータは、ユーザー消費額や広告費、イベント等のスポンサー収益等を統合的に集計し、各国における業界の収益として算出したもので、メディア企業側の市場規模を集計したものである。書籍『世界で勝つエンタメビジネス ~異業種連携で広げるIP活用戦略~』で中心的に扱う「クールジャパン市場」は海外における日本コンテンツ・日本文化を起点とした消費額全体を表すため、GEMOの数値とは位置付けが異なることに留意されたい。
E&M業界の収益は、世界的に拡大が続いている。2024年のE&M業界の世界全体の収益は5.5%増加の約2.93兆米ドルとなり、経済全体の成長をはるかに上回る結果となった(図表1)。市場は24年から29年までの間に3.66%の年平均成長率(CAGR)で伸び、総収益が約3.5兆米ドルを超えると予測されている。特に成長のドライバーとなっているのはオンライン広告やOTTサービス、そしてゲームであり、成長率が高くシェアも大きい(図表2)。オンラインコンテンツの急速な拡大が、オンライン広告市場の成長を強力に後押ししている。こうした連鎖的な成長構造は、E&M業界全体の進化を象徴するものであり、今後の市場戦略を考えるうえで欠かせない視点となるだろう。また、複合現実(Mixed Reality:MR)は市場規模が小さいものの、成長率で見ると急拡大している領域である。今後中長期的には生成AIが業界変革の新たな原動力となり、新たな収益源を生み出す可能性があると考えられる。
E&M産業はかつて先進国を中心に発展を続けてきたが、SNS(交流サイト)やグローバルOTTなどのサービスが世界的に普及したことなどを背景に、グローバルサウスと呼ばれる新興国・途上国までマーケットが急速に広がっている。米国文化一辺倒のコンテンツを覇権主義的に広げる従来の手法から、非欧米系の国々や文化圏でも受け入れやすいように人種や文化の多様性に配慮するようになったことも、市場拡大を後押ししている。
こうした背景を踏まえて地域別に見ると、北米およびアジア太平洋が今後もE&M業界において大きな影響力を持つとみられる。世界全体の成長の中で注目したいのは、「既に規模が大きく比較的急速に成長している地域」と、「比較的規模が小さいが極めて急速に成長している地域」の2つだ。「既に規模が大きく比較的急速に成長している地域」ではインドとインドネシアが際立っており、それにメキシコが続いている。また、「比較的規模が小さいが極めて急速に成長している地域」ではパキスタンやナイジェリアが特に成長率が高い国となっている。特にインドは、29年までの期間において年平均成長率(CAGR)9.9%という高水準で成長を続け、総収益はフランスや韓国を上回り、1000億米ドルを突破すると予測されている。この急成長をけん引しているのがゲーム分野であり、同分野は23年から24年のわずか1年間で43.9%の成長を記録するなど、著しい拡大を見せている。
日本のE&M業界の収益は24年に1671億米ドルとなり、28年には1806億米ドルまで市場が拡大することが予測されている。グローバルと比較すると日本のCAGR1.6%は緩やかな伸びとなり、グローバルシェアは年々低下していくとみられる。日本市場をセグメント別で見ると、特にビデオゲームや屋外広告についてグローバルの成長率を大きく下回る見立てとなっている(図表3)。一方で、OTTサービスに関しては、グローバル平均を上回る成長が見込まれている。日本のOTT市場が高い成長を示している背景には、アニメコンテンツの視聴スタイルの変化が大きく影響していると考えられる。従来はテレビ放送や劇場公開が中心だったが、近年では動画配信プラットフォームによる視聴が一般化し、TVアニメの放送直後の見逃し配信や、配信限定のオリジナル作品が定着している。こうした変化は、アニメという日本独自の強みを生かした展開を後押ししており、配信による柔軟な視聴環境の広がりが、国内市場の成長を支える一因となっている。