世界屈指の規模を誇るガラスメーカーとして知られるAGCは、新たな事業発展の道を拓くために、オープンイノベーションを軸にした研究開発の変革を加速している。その取り組みの中核拠点として、2021年6月に本格稼働させた横浜市鶴見区にある新研究開発棟内に、「協創空間『AO』(AGC OPENSQUARE)」を開設した。様々な思いや知見・技術を持った人々が社内外から集まり、新しい何かを生み出す場である「AO(アオ)」は、いったいどのような空間なのか。フリーキャスター 唐橋ユミ氏が「AO」を訪問し、そこで活動する社員に話を聞いた。

「オープン」と「クローズ」の
エリアが共存

キャスター
唐橋 ユミ氏

唐橋氏 最近、オープンイノベーションを重視し、それを実践する拠点を新たに設ける企業が国内で増えました。こうした中で、AGCのオープンイノベーション拠点である協創空間「AO(アオ)」の注目すべきところはどこか。施設の中を拝見しながら教えていただきたいと思います。

加藤氏 ここは、1916年に操業を開始したAGCの国内生産拠点の1つですが、2020年に拠点名を京浜工場からAGC横浜テクニカルセンターと改称し、全社の研究開発を担うメンバーが多く集まる拠点となりました。正門から見える中央のブリッジでつながれた2つの建物が、研究開発拠点です。これらの建物の奥に、住宅・ビル用のガラス、ディスプレイ用カバーガラスなどを製造する工場があります。

2つある研究開発の建物のうち、正門から向かって右側に見える建物が、総工費200億円を投じて建設し、2021年6月に正式にオープンしたばかりの新研究開発棟です。新たに研究開発棟を増設して、それまで別の場所にあったもう1つの研究開発施設を1カ所に統合しました。現在、約700名の社員がここで働いており、そのうちの約600名が研究者です。

本日ご紹介する「AO」は、新研究開発棟の一角にあります。

AGC横浜テクニカルセンター/新研究開発棟の外観

唐橋氏 正門から見える新研究開発棟の手前の部分は、全面がガラス張りになっていて、近代的な外観になっていますね。

技術本部企画部 協創推進グループ
協創企画・管理チーム 空間マネージメントユニット リーダー
加藤 朱美氏(※部署名・肩書は取材当時のものです)

加藤氏 そのガラス張りになった辺りが「AO」です。4階建ての新研究開発棟は、1階から4階まである建物全体が2つに仕切られていて、手前のガラス張りの部分は、お客様や大学、ベンチャー企業などの社外パートナーの方をお迎えできるオープンなエリアになっています。もう1つのエリアは、ここに勤務する従業員以外に立ち入りが厳しく制限された社内専用のクローズなエリアです。このようにクローズなエリアとオープンなエリアが1つの建物の中で共存しているところに、私たちが目指す「協創」の概念が反映されています。

従来、日本企業の研究開発施設の多くは、所属する研究者や技術者以外の人の出入りが厳しく制限されていました。研究開発は、研究者を抱え込んで自前で進めるのが当たり前で、研究開発に関する情報は企業秘密だったからです。AGCの研究開発施設も、かつては、例外ではありませんでした。

ところが、こうした自前の研究開発だけでは、技術の進化に追いつけなくなってきました。これでは企業の競争力の源泉となるイノベーションもなかなか生まれません。異なる業種や分野の技術やアイデアなど、社外のリソースと自社の技術やノウハウを組み合わせて革新的な成果を生み出すオープンイノベーションの考え方を採り入れる必要があります。

そこで新たな研究開発棟を建設するに当たって、オープンイノベーションの概念をより速やかに実践できるように、社外に向けて開かれたエリアを設けることにしました。新研究開発棟の2つのエリアの間は明確な境界を設けて厳密に仕切られていますが、ここに所属する研究者は、2つのエリアを自由に行き来ができます。

新研究開発棟と「AO」の概念図(提供:AGC)

唐橋氏 いつごろからAGCは、オープンイノベーションを重視するようになったのですか。

加藤氏 AGCにはこれまでも、時代をリードするお客様とご一緒に、独自の素材やソリューションで社会に貢献してきた歴史があります。事業のさらなる発展に向けて、よりオープンイノベーションに力を入れる方針を経営陣が明らかにし、「協創」と呼ぶようになったのは2017年頃のことです。経営陣が協創に取り組む方針を打ち出してから、社外の組織や企業などとのコラボレーションによる様々な協創プロジェクトが立ち上がりました。そのうちのいくつかは、すでに一定の成果が出ています。「AO」の開設によって協創に適した環境が一段と整ったことで、協創に関する取り組みが一段と活発化することを期待しています。

唐橋氏 これまで実施した協創プロジェクトについて教えてください。

異分野との協創で
新たなスキルを獲得

技術本部企画部 協創推進グループ
協創企画・管理チーム 協創ユニット リーダー 
山本 今日子氏(※部署名・肩書は取材当時のものです)

山本氏 国内自動車メーカー6社の内装デザイナーが集まったクリエイティブ集団、JAID(Japan Automotive Interior Designers/ジャイド)とAGCによる協創プロジェクトを、2019年から約2年間にわたって実施しました。AGCが提供する素材や技術と、JAIDのメンバーのクリエイティビティを融合して、「8.2秒」をテーマにした複数の展示物を制作しました。

「8.2秒」は、初めて対面したモノや人に心が動いたり、好きになったりするまでにかかる時間です。このプロジェクトでは、メンバーが複数のグループに分かれてそれぞれが、8.2秒間にガラスなどの素材が介在することで起こる物語を描き、表現しました。

8.2秒展の出展作品(「AO」 Lab.の一室)

実際にはJAIDの方々が表現のアイデアや作品のイメージを提供し、研究開発部門から参加したAGCのメンバーが、様々な素材や技術を使って、それを具体的な形にしました。完成した作品は東京都中央区京橋にあったAGCのブランド発信拠点「AGC Studio」で開催した「8.2秒展」で披露しました(2021年3月22日~6月19日)。展示会終了後、作品は「AO」で展示しています。

唐橋氏 素材の研究者とデザイナーでは、持っているスキルや物事の考え方がずいぶん違うはずです。協創プロジェクトを進める中で、それらの違いによって様々な問題が生じたのではないでしょうか。

山本氏 その通りです。そもそも研究者とデザイナーの「共通言語」がありませんでした。表現の仕方や話す内容も違います。このため、当初は両者の間で、なかなかうまくコミュニケーションがとれませんでした。時間とともにお互いの特性が分かってくると、こうした問題は徐々に解消されました。こうした経験を経たAGCのメンバーは、デザイナーの方々がおっしゃる概念的な表現を、様々な素材を使って具現化するチカラが身に付いたと思います。

新たな協創につながった
逆の発想

技術本部 企画部協創推進グループ
協創企画・管理チーム 協創ユニット マネージャー
中川 浩司氏

中川氏 私からは、特定非営利活動法人日本ブラインドサッカー協会とAGCによる協創プロジェクトをご紹介します。このプロジェクトで誕生したのが、コートのサイドラインに沿って設置するポリカーボネート製の透明なサイドフェンスです。2018年に完成したポリカーボネート製の透明サイドフェンスは、いまも公式試合で使われています。

プロジェクトの始まりは、研究所の若手社員有志が立ち上げた情報発信プロジェクトでした。AGCの製品や技術を社外に発信する機会を創出することを目的としたプロジェクトです。ここに参加した社員の議論の中でスポーツを利用して、AGCの技術や製品をアピールするというアイデアが浮上しました。それを実践する機会を探しているうちに、日本ブラインドサッカー協会と出会い、同協会が抱えている課題をAGCとの協創によって解決することになりました。

フェンスの画像(フィールドに設置されたポリカーボネート製フェンス©JBFA/H.Wanibe)

当初、同協会が探していたのは、コート内の静音性を高める技術でした。ブラインドサッカーでは、全盲の選手がアイマスクをして、ボールが発する音を頼りにコート内でプレーをします。このため、コート内は静寂を維持する必要があります。

ところが、その問題に取り組む前に、もう1つ別の問題があることが分かりました。コートからボールや選手が飛び出すのを防ぐポリカーボネート製サイドフェンスの透明度と強度です。透明度の低いフェンスが観客の視線の邪魔をしていました。試合中に選手が激しくぶつかると、フェンスが壊れることがあるという問題もありました。このため、高い透明度と優れた強度を兼ね備えたフェンスを実現する技術を模索しました。

ポリカーボネートは、AGCが大量に扱っている素材なので透明度や強度などの特性を調整する様々なノウハウを蓄積していました。これらを駆使して、まずは高い透明度と優れた強度を兼ね備えたサイドフェンスを実現しました。

しかし、当初からの問題だった遮音の問題は残っていました。サイドフェンスのプロジェクトが終了して、しばらくしてから日本ブラインドサッカー協会から、この件で改めて相談を受けたのです。

唐橋氏 1つのプロジェクトから、さらに新たなプロジェクトが生まれたのですね。

中川氏 そうです。解決につながるアイデアを探し出すために、また社内の有志を募って議論を開始したところ、画期的なアイデアが出てきました。それまで、周囲の音を遮ることを考えていたのですが、全く逆の発想で、音の発生を抑えるというものでした。つまり観客が発する歓声の音量を下げる防音マスクを開発するというアイデアです。現在、「AO」内にある設備を使って、この防音マスクの試作を進めています。

コンセプトの要素をそのまま形に
  • 1
  • 2
  • share -

    最上部に戻る