

国内の生産拠点で多彩な酒類製品を製造・販売するサントリー株式会社。その中のスピリッツ・ワイン生産現場でDX推進を担当し、ローコード開発ツールによる市民開発に取り組んでいるのが増田 康至氏だ。増田氏は独学でローコード開発スキルを習得。自作アプリで市民開発の有用性を進言した結果、この取り組みにつながったのだという。
「目指したのは製造現場のこだわりを守りつつDXを実現することです」と増田氏。そのためには、一般的な間接業務などしかカバーできない既製のツールや、コストや納期がかかるスクラッチ開発だけでは、十分ではなかったという。
そこで着目したのが、柔軟なシステム開発が可能で、市民開発によって低コストを実現できるローコード開発だった。「これなら、IT部門のリソースに限りがあるためDXが進みにくい領域でも、現場で苦労している業務を現場の従業員自らの手でDXを推進できると考えました。日々業務を行い現場や作業を熟知しているからこそ、現場の従業員ならではのアイデアが生まれるのです」(増田氏)。
実際の開発事例としては、「従業員健康管理アプリ」などがある。「アプリ開発の教育アプリ」も工場の若手が考案・開発しており、成長するアバターやランキングなど、楽しみながらスキルを習得できる工夫が凝らされている。さらに他部署展開を見据えた「熱中症指数監視アプリ」なども開発されているという。
2025年3月時点でアプリ開発数が累計280件を超え、国内従業員の5人に1人は市民開発アプリを利用するようになった。これによる業務効率化効果は年間10万時間に達しているという。これら一連の取り組みは社内でも評価され「業務改善表彰」を受けた。また、アプリ発表会なども開催しており、開発ワークショップや現場見学など、事業や部署を超えた交流の場も生まれている。その結果、ビール事業と共同開発された「面接フィードバック支援アプリ」や、食品事業と共同開発された「作業前危険予知アプリ」も誕生した。
このようにサントリーで市民開発が成功したポイントはどこにあるのか。これについて増田氏は4つのポイントを挙げる。1つ目は認知・興味を高めるため、社内外で市民開発活動をPRすること。2つ目は担当業務に近いアプリの開発体験をしてもらうこと。3つ目は自律自走のためのサポートによって、モチベーションを維持・向上させること。そして最後の4つ目が、他部署・他工場・他社との情報交換を積極的に行うことだ。
「これからもデジタルを駆使して、自ら働きがいのある職場を創造・実現していく風土を醸成したい」と増田氏は語った。

システム開発の「民主化」や「内製化」を実現できるものとして、浸透しつつあるローコード・ノーコード開発ツール。「ここで今、生成AIの搭載が進みつつあります」と日経クロステック副編集長の大森 敏行は指摘する。
まずノーコードツールでは、市民開発でメジャーなツールが生成AIを搭載。マイクロソフトとグーグルが、ノーコードへの生成AI適用で競い合っている。
「従来のノーコード開発もプログラミングは不要でしたが、ユーザーがテーブルのデータを用意したり、ドラッグアンドドロップで画面を作成する必要がありました。これに対して生成AIによるノーコード開発では、言葉で依頼するだけでアプリが自動生成されます。つまり『~のアプリをつくってください』と入力するだけでいいのです」(大森)
ローコードツールでも生成AIの組み込みが進んでいる。その一例がOutSystemsの生成AI機能「Mentor」や、ユーザーが入力した文章からナレッジベースを自動生成し、そこからコードを生成する「GeneXus Next」だ。
さらに最近では米Cognition AIの「Devin」のようなソフトウエア開発向けAIエージェントや、LLM(大規模開発言語)が自律的に判断して様々な作業を行う汎用AIエージェント、ローコード・ノーコードでAIエージェントを作成できるサービスも登場している。
「AIエージェントは開発計画からコーディング、テスト、デバッグまで自律的に行ってくれます。ソフトウエア開発をAIが担い、人間が行う必要がない時代が到来したのです。IT企業ではこれまでソフトウエア技術者を解雇するなどありえませんでしたが、最近ではAIエージェントに置き換える動きも始まっています」(大森)
それでは「システム内製+生成AIの未来」はどうなっていくのか。「生成AIによる内製が、外注よりも有利になっていくでしょう」と大森は話す。
現在はまだAIでシステム開発するためのコストが高く、リスクや心理的障壁もあるため、外注が有利な状況にある。しかし、いずれはAI利用のコストやリスク、心理的障壁が下がることで、外注コストを下回ることになる。この「逆転」が起き外注の意味が薄れることで、生成AIによるアプリ生成は加速度的に進化し、一般的なシステム開発にまで広がっていくと見る。そうなれば「外注」という概念が消える可能性もあるという。
「今後はコーディングよりも、要件の洗い出しや設計がより重要になるでしょう。欲しいものを確実に把握しAIにつくらせることこそが、人がやるべき仕事になっていくのではないでしょうか」と大森は見解を述べた。