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「工場内からサプライチェーンまでのムダを削りたい」ロート製薬が次世代スマート工場でCPSを展開 ものづくりの熱量を再び高め、製造業のウェルビーイングへの貢献目指す 「工場内からサプライチェーンまでのムダを削りたい」ロート製薬が次世代スマート工場でCPSを展開 ものづくりの熱量を再び高め、製造業のウェルビーイングへの貢献目指す

2025.11.28

ロート製薬は、2019年に約20年ぶりとなる国内新工場プロジェクトを立ち上げた。これを契機に、ものづくりの未来を担う中核技術として「CPS(サイバーフィジカルシステム)」を導入・推進している。その旗振り役を担う、生産技術部 副部長の固城浩幸氏は、新工場の設計段階からデータ活用の重要性を強く認識し、東京科学大学の藤澤研究室との共同研究を通じて挑戦をスタートさせた。その導入の過程で、「CPSは単なるIT技術導入に留まらず、ロート製薬の企業活動そのものを変革し、ひいては日本の製造業全体を活性化する可能性を秘めていると確信した」と語る。

新工場プロジェクトが
CPS導入の契機に

ロート製薬でCPS導入の旗振り役を担う生産技術部 副部長の固城浩幸氏(写真:陶山勉)

ロート製薬でCPS導入の旗振り役を担う生産技術部 副部長の固城浩幸氏(写真:陶山勉)

ロート製薬のマザー工場である、上野テクノセンター(三重県伊賀市)の新工場プロジェクトが始動した2019年当時、世間では「スマート工場」や「働きやすい工場」といった概念が声高に叫ばれていた。固城氏自身も、生産ラインのレイアウト設計や人の動線設計を担当する中で、これらに「データ」の視点を加えることを模索していた。そんな中、社内の担当役員とともに東京科学大学新産業創成研究院 兼 総合研究院デジタルツイン研究ユニットの藤澤克樹教授を訪問。この数理最適化やデータ活用による生産性向上を研究する藤澤氏との出会いが、ロート製薬におけるCPS導入の転機となったという。

固城氏が最初に作成したCPSのコンセプトシートが図1だ。工場だけでなくものづくりサプライチェーン全体への適用を見据えた壮大なビジョンが描かれている。そこには、一般的な製造業が抱える課題をデータでどう解決するか、という問いが込められている。この取り組みの背景には、固城氏自身の「日本のものづくりの熱量がかつてに比べて減っているのではないか」という問題意識があった。現場の疲弊感や追われる感覚を目の当たりにし、トヨタ自動車の「カイゼン」のように皆が一致団結できる新しい仕組みやキーワードが必要だと感じていたという。「CPSは、まさにそのキーワードとして機能すると考えた」(固城氏)。

(図1)新工場プロジェクト始動時に考えられたCPSのコンセプトシート(出所:ロート製薬)

(図1)新工場プロジェクト始動時に考えられたCPSのコンセプトシート(出所:ロート製薬)

ここでCPS導入の土壌となったのは、ロート製薬の企業文化だ。同社には「進化し続ける工場、ものづくりは人づくり」を掲げる活動の文化が深く根付いていて、「改鮮活動」という品質・生産性向上に向けた取り組みも20年来続いていた。このため、最新のデジタル技術やDXによる新たな施策への抵抗感は少なかった。「むしろ、現場からも改鮮活動をより強化する新しい施策が求められていた」(固城氏)。

ロート製薬の企業理念である「人々と社会の健康」も、CPSとの親和性を高める上で重要な要素になっている。固城氏にとっての「健康」は、製薬会社の使命として単に商品を通じて提供されるものだけでなく、働く「場」の環境や、商品に気持ちを込める「人」の健康、そして「工場」そのものの健康にまで広がる。さらにその視点は、「CPSが、日本の製造業全体を健康にするという取り組みと捉えている」(固城氏)。

工場の倉庫を中心に無駄を削減、
次はサプライチェーンに適用範囲を拡大

ロート製薬のCPS導入は、大きく3つのフェーズで進められている。フェーズ1は、「学びと限定的な課題解決(自動倉庫の最適化)」だ。2019年の藤澤研究室との共同研究開始から約1年間は、数理モデル、数理最適化、CPS、CPSの構成要素の一つであるデジタルツインなどの学習とディスカッションに費やした。その後、具体的な課題として取り組んだのが、上野テクノセンターの自動倉庫の最適化だ。当時は原材料や完成した製品を自動倉庫に格納する際、必ずしも最適配置になっておらず、「明日以降使う荷物」が倉庫内の3次元空間にバラバラに保管されていた。このため「日中のアクセス集中時に長い待ち時間が発生するという課題があった」(固城氏)。

そこで、固城氏らは製造計画と棚情報を参照し、誰もいない夜間に効率の良い配置に並べ直す仕組みを構築。これにより、日中の移動時間を50%から60%削減するという定量的成果を上げている(図2)。自動倉庫内の課題に限定することで考察しやすく、「ここを一つめのステージゲートとして、CPSの効果を実証できた」と振り返る。

(図2)上野テクノセンターの自動倉庫最適化による効果(出所:ロート製薬)

(図2)上野テクノセンターの自動倉庫最適化による効果(出所:ロート製薬)

フェーズ2では、上野テクノセンターにおける自動倉庫での成功を足がかりに、工場内の他の領域へと取り組みが拡張された。具体的には、自動倉庫にアクセスする人の動きや自動搬送設備との連携、そして近隣の外部倉庫の活用と自社物流の最適化だ。ロート製薬では、工場内にある倉庫だけではキャパシティが足りないため、複数の外部倉庫を借りて自社物流で荷物を社内輸送(横持ち)している。その際、ドライバーのシフトや積載効率を考慮しながら、事前に荷物を運び込むといった計画最適化を人手で実施していた。これをデータと数理モデルで最適化することで、効率化を図っている。

このフェーズの中核をなすのが、デジタルツインを活用したシミュレーションだ。工場内の物の動かし方をデジタル空間で再現し、最適化前後の時間を比較することで、その効果を可視化する。「例えば、最適化前は1時間かかっていたある搬送作業が、デジタルツイン上でシミュレーションすると45分で完了することが示された」(固城氏)。デジタルツインによる可視化は、「言葉での説明では目的や効果がはっきり伝わりにくい」という課題を乗り越え、理解を促すうえで不可欠だと固城氏は強調する。

さらにフェーズ3では、サプライチェーン領域への展開と中長期的な課題解決を目指している(図3)。「現在の取り組みは、サプライチェーン全体へのCPS適用へと進んでいる。初期のコンセプトシートに描かれたビジョンが、実践を通じて現実味を帯びてきた」(固城氏)。サプライヤーとの協業(大量購買の最適化、工場への物流最適化)から、工場内部の品質向上・生産性向上(人の動きの分析、作業の価値分類)、流通(市場在庫、流通在庫、出荷拠点在庫との連動)、そして需要喚起へとCPSの適用範囲を広げようとしている。

(図3)フェーズ3ではCPSをサプライチェーン領域へ展開し中長期的な課題解決を目指す(出所:ロート製薬)

(図3)フェーズ3ではCPSをサプライチェーン領域へ展開し中長期的な課題解決を目指す(出所:ロート製薬)

固城氏が特に重視しているのが「無駄」の削減だ。工場でのKPIが「どれくらいの数量を生産したか」になりがちだったのを、「無駄にならなかったか」という視点へと転換した。「顧客の手に届かず廃棄される製品や、返品、原材料や中間製品の廃棄ロスを10%でも20%でも削減し、最終的にはゼロを目指している」(固城氏)。そのためには、市場の在庫状況と工場をいかに連動させるかが鍵であり、小売店や卸売業者とのデータ連携も視野に入れているという。

さらに、短期的な日々の操業最適化だけでなく、CPSは中長期的な経営課題の解決にも貢献し始めている。例えば、「新しい生産ラインが必要か不要か」「どこに作るべきか」「グローバルな生産地の最適化」といった意思決定に対し、数字に基づいたエビデンスを提供することで、新しい判断軸を設けることができるようになった。「これにより、従来の責任ある立場の人々による属人的な意思決定を補完し、より質の高い経営判断が可能になるのではないかと考えている」(固城氏)。

CPSのさらなる活用に向けた仲間づくりへ、
鍵を握る「文系的思考」

固城氏がCPS導入において、最も苦労する点として挙げるのは「分かってもらうこと」だ。効果があることを課題とセットで分かりやすく伝え続ける必要があり、そのためには「文系的な思考や、技術を翻訳する力」が不可欠だと語る。「言語化、抽象化、適切なキーワードを見つける能力は、技術的な専門性と同じくらい重要」(固城氏)。一方、技術的な側面では、OPC(Open Platform Communications)などのデータ連携プロトコルの整備や、OT(制御技術)領域とIT領域のインフラ連携を新工場建設を機に進めることができた。

データは豊富に揃っており、技術的な要素はむしろ先行していると感じているという。現在のボトルネックは、人間側の「アイデア」や「クリエイティブさ」であり、いかに「0から1を生み出す仲間」を増やしていくかが課題であると固城氏は述べる。

また、ロート製薬では複数のアルゴリズムを並行して走らせ、短期・中期・長期それぞれの最適解を算出している。なぜなら、最適化のサイクルを短くしても、長期的に見ると非効率になる可能性があるという問題意識を持っているからだ。そこで、最適解の判断に、機械にはない「遊び」や「雰囲気」といった要素を取り入れるために、最終的な判断は人間が行うようにしている。将来的に目指しているのは、工場を擬人化し、自ら状況を判断して示唆を与える「勝手にもの言うAI」の実現だ。「例えば、生産ラインで不良傾向が見られた際に、AIが管理者に対し“このラインを見に行ってくれませんか?”と提案したり、週単位で傾向レポートを自動作成したりするようなイメージ」(固城氏)。これはまさに、工場が自らの「健康状態」を伝え、改善を促すような仕組みと言えるだろう。

従業員からサプライチェーン、
日本の製造業へとウェルビーイングを広げる

固城氏は、CPSが単にロート製薬の生産効率を高めるだけでなく、従業員のウェルビーイング向上にもつながると考えている。無駄がそぎ落とされ、生産性が向上すれば、休日出勤が減り、従業員はより豊かな時間を過ごせるようになる。「そうやって生まれた時間を、まちの掃除や地域貢献に充てることも可能になり、それがまた会社の価値を高めるという好循環を産むことにもなる」(固城氏)。

さらに、この取り組みを他社や業界全体に波及させることにも大きな意欲を示している。ロート製薬が持つ多岐にわたる事業領域と多くの現場を「実験台」とすることで、小規模から大規模まで多様なケースでの実証を重ね、その知見を広く共有していく。

固城氏は、将来的にCPSが「電話やメールのように一般化し、自然に活用される仕組み」になることを期待しており、日本全体の製造業を健康にするウェルビーイングの取り組みの一つになると感じているという(図4)。「そこには日本の製造業がフィジカルの強さを生かし、AIとの融合によってグローバルでリードする役割を担う可能性も示唆している」(固城氏)。

(図4)ものづくりにCPSを取り入れることで社会全体のウェルビーイングを目指す(出所:ロート製薬)

(図4)ものづくりにCPSを取り入れることで社会全体のウェルビーイングを目指す(出所:ロート製薬)

ロート製薬は今後3年以内に、需要変動の影響を受けやすい製品からCPSを適用し、サプライチェーン全体での無駄をそぎ落とすことを目標としている。その先には、「小売業者や卸売業者との協業を通じて、市場全体の最適化に貢献し、顧客が欲しい時に欲しいものが必ず手に入る世界を実現したい」と固城氏は語る。ロート製薬におけるCPSの導入は、単なる企業活動を超え、社会全体の健康と豊かさに貢献する壮大な挑戦といえそうだ。

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