従来の枠組みが再定義される製造業。先の読めないVUCA時代、手戻りの削減や柔軟な開発体制の構築がこれまで以上に重要視される。2025年6月10日、日経ものづくり主催「ものづくり未来戦略会議」にて、業界リーダーが一堂に集結。日本の製造業はいかに不確実性を乗り越え、開発・設計マネジメントを進化させるか。多様な視点から掘り下げた、その内容をリポートする。

島津製作所

「プラネタリーヘルス」とは?
異分野連携、柔軟な発想止めるな

島津製作所の西本尚弘氏は、創業150周年を迎えた同社の研究開発の歩みと今後の戦略を、経営理念「プラネタリーヘルス(人と地球の健康)」に基づいて紹介した。医療・環境・産業などの社会課題を包括的に捉え、解決を図る姿勢を示すものだ。

オープンイノベーションの伝統あり

島津製作所
常務執行役員 CTO
西本 尚弘 氏

島津製作所は「プラネタリーヘルス」を核に据え、新たな製品・事業の研究開発を推進する。同社が注力するのは、「ヘルスケア」「グリーン」「マテリアル」「インダストリー」という4つの「社会価値創生領域」。これらの分野において、先端分析技術やバイオ技術、AI活用、デザイン、知財戦略などを組み合わせながら、社会課題解決型の事業開発を行う。

島津製作所
常務執行役員 CTO
西本 尚弘 氏

明治期の医療用X線装置から、ガスクロマトグラフ、新型コロナウイルスの全自動PCR検査装置まで社会ニーズに即した製品を開発しながら、社外パートナーとの共創・協働、いわゆるオープンイノベーションを伝統的に志向してきた。同社は「Shimadzu みらい共創ラボ」をはじめとする共創拠点を設け、産学連携を軸にした研究体制を強化している。

西本氏は講演の中で、革新的な技術領域への取り組みを紹介した。例えば「先端分析」としては光格子時計を用いた一般相対性理論を利用した重力ポテンシャル測定技術や、「革新バイオ」では動物実験をすることなくヒト由来細胞で薬剤の効果を可視化する技術などを挙げた。またスマートセルインダストリー(微生物による物質生産)や、AIを用いた計測の自動化、作業支援への展開なども進む。

島津製作所の目指す姿。同社の共創体制の根幹にこの理念がある

上流工程からUXに着手する

同社ではAIの活用について、「人はいくら頑張って気を付けようともうっかりミスをしてしまうが、AIはプロンプトが的確であればハルシネーションを回避できる」というポリシーを持ってきた。そうした考えのもと、ロジック化可能な知的労働は生成AIにできる限り置換を進めている。特許スクリーニング(他社特許査読)は大幅な効率化に成功している。

「Shimadzu Design (島津デザイン)」というコンセプトのもと、UXやプロダクトブランディングを重視した製品デザインにも取り組んでいる。従来の縦割り組織での製品開発のやり方では設計仕様が決まった後でのデザインとなるため、電気やメカの設計と相容れないことも起こり得た。「開発上流からUXデザインに取り組むことで、電気やメカの要件とも両立させた使いやすい製品ができる」と西本氏は解説する。

Shimadzu Designに基づき開発されたガスクロマトグラフや分析計測機器などは、国内外のデザイン賞を受賞している。同社はデザインスタジオwe+との共創で、クロマトグラフィーを着想源としたサイエンスアート「WONDER POWDER」の制作プロジェクトにチャレンジし、ミラノデザインウィークへの出展も果たした。

「セレンディピティ」を呼び込め!

島津製作所は、社外からの技術導入・共創の促進にも余念がない。コーポレートベンチャーキャピタル(CVC)である「Shimadzu Future Innovation Fund(FIF)」を運営する。「ヘルスケア」「グリーン(GX)」「マテリアル」「インダストリー」の4分野において、シード〜アーリー期のスタートアップを対象に、総額50億円規模の出資を行っている。

西本氏は講演の締めくくりとして、未来のイノベーションを支える「共創人材」の重要性について語った。「単なる技術者にとどまらず、異分野連携や柔軟な発想力を持つ人材の育成が、今後の企業成長に不可欠」(西本氏)であるとし、そのカギは「セレンディピティ(思いがけない発見)」を呼び込む環境整備にあると述べた。

日本発条

DXの全社的取り組み進める
ニッパツの矜持と成果

日本発条(ニッパツ)は、自動車向けばねやシート部品、モーターコアなどを手がける老舗部品メーカーだ。昨今の市場環境の変化を受け、設計開発プロセスの強化と業務全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組んでいる。

現場の製造工程の能力に長年の強み

日本発条
執行役員 CIO 技術本部 技術統括部長
和田 恭 氏

和田氏は情報処理推進機構(IPA)で経済産業省・総務省のIoTセキュリティガイドラインの起草、調整や組み込みソフトウエア産業調査、MBSE推進などを担った経験を生かし、ニッパツのDX推進に奔走している。

日本発条
執行役員 CIO 技術本部 技術統括部長
和田 恭 氏

同社の売上比率は自動車分野が7割。残り3割は情報通信や産業生活分野だ。ICE車やEV用のばねやシート、ハードディスク読み取り部品ほか、ものづくりに欠かせないさまざまな製品を開発してきた。ユニークなところでは立体駐車場やゴルフシャフトの開発にも関わる。同社はショットピーニングという、ばねの耐久性を飛躍的に高める製造法にこだわる。トヨタ仕込みの生産ラインの最適化も得意だ。現場製造工程の品質管理に強みを持つ。

現場の試作費用54%削減に成功

ニッパツはDXを全社的取り組みとして進める。5つの生産本部と営業事業本部と連携し、バリューチェーン全体でROIC(投下資本利益率)を意識した業務改善を実施。プロジェクト単位でのDXの推進と社員全員のリテラシーの底上げという2つの柱で活動することで、日々の対策業務の現場定着を目指してきた。

ニッパツはDX戦略において「業務変革(=X)」を目指すことを明確にしている

同社のDXは単なるIT導入にとどまらない。「業務そのものの変革(=X)」を目的に掲げ、各部門が連携してデータ基盤の統一や可視化に取り組む。例えばERPバージョンアップに合わせてデータコードや管理粒度の標準化を進め、業務横断的にデータ活用の幅を広げる。

ニッパツがここ約10年間で集中的に取り組んできた競争力向上の切り札は業務改革だ。フロントローディング※1を中心とした開発プロセス改革により、抜本的な製品品質の向上を目指す。

そこで工程の標準化や設計レビュー(DR)の進め方の改善、品質問題の早期発見の徹底を図り、併せて試作や評価の付帯業務の最適化も目指した。部門間の役割分担の明確化による改善効果も大きい。「(本来製造部門が責任を負うべき)生産時に問題が起こっても、設計者が工場の現場に入り原因究明しなくてはならない体制が、設計サイドの負担を増大させていた」(和田氏)

例えば同社の自動車用シートの製造現場では、設計変更コストは24%、試作費用は54%の削減に成功※2。業務の責任分担も明確になり、部品メーカーが工数持ち出しとなる自責の設計変更も30%削減できた。

※1 生産の後工程で出てくる品質課題を開発初期工程で前倒し解決する手法 
※2 対策適用前後の類似車種で比較

あくまで現場の悩みに寄り添う

生産工程では、連続不良品が問題となった工程の品質改善のため、同工程の加工条件に的を絞りデータを収集、見える化。原理が未解明な工程でも、加工条件の管理をデータで厳格に行うことで、同工程の品質そのものを保証する「条件保証」が可能となる。ある工程では指示に対して加工された量の推移に合わせて補正を加えていたが、担当者の勘と経験に依存していた加工時の補正作業は、3次元測定器を導入して補正値とそのタイミングを見える化。技術継承が容易になった。

和田氏は「ニッパツのDXとは、プロフィットセンターである生産本部や事業本部など現場の悩みに寄り添い、日々の仕事を高度化し、その知見を全社展開していくこと」と、講演をまとめた。

パネルディスカッション

新興と伝統、対立でなく共創へ
イノベーションの源泉はどこに

登壇者によるパネルディスカッションでは、製造業の現場のリアルと将来展望を交差させながら、従来の枠組みを超えた人材戦略と開発思想の革新について語られた。縦割り文化や大企業からの人材流出など、日本企業の課題や対策にも話題が及んだ。

破壊と安全の狭間で揺れる

冒頭「開発マネジメント実態調査」の結果を受け、今後の日本の開発マネジメントのあり方について登壇者が語った。

志賀氏は、「(設計マネジメントの効果との相関性は)当たり前の話」と前置きし、「問題は、分かっていても実行できないこと」と指摘する。自動車OEMでの経験から、「改善を重ねて良くなる場合もあるが、従来のやり方にこだわれば立ち行かなくなる恐れもある」と述べた。

リコール対応などの知見は資産である一方、挑戦の足枷にもなる。「新興OEMは“バッテリーを底面に敷き詰める”といった大胆な発想ができる。過去に縛られないのが強み」と評価。伝統OEMは「バッテリーは中央にすべき」といった蓄積が強すぎて、破壊的イノベーションを起こしづらいとした。

「講演では両利きの経営について述べたが、(伝統OEMは)それがまさに行いづらい」(志賀氏)。しかし強引に過去を捨て、破壊的イノベーションに振り切るのもまた危険だ。安易に進めて安全性を損ない、一人でも人命が失われることがあってはならない。伝統OEMらは、そうしたジレンマと戦っていると志賀氏は述べた。

これまで登壇してきたPwCコンサルティング渡辺氏、
INCJ志賀氏(肩書は講演当時)、島津製作所西本氏、日本発条和田氏が集結し、複数のテーマで議論を交わした

起こすのか、起こるのか

西本氏は「イノベーションを起こそうと動くのか、目の前の挑戦を積み重ねた結果として思わぬイノベーションが起こるのか、どちらが正解か。私の過去の経験では後者だった」と述べる。

研究開発は正解がない世界だ。「挑戦することを妨げないこと。研究者の自由な発想を引き出す場を作ることがマネジメントの仕事」と、続けて自身の考えを示した。その際には、市場に製品を送り出す事業部門との調整ができる体制づくりも必須であるとも述べた。

和田氏は開発マネジメントにおいて、「試作レスの取り組みでものづくりのコストを下げるとともに、製品設計や品質管理に科学的根拠を持たせることが重要」と述べた。ばねの製造工程では、一般の部品のように設計形状が与えられたからと言ってその通りに作れるとは限らない。求められる性能を果たす形状を探して作り込む、こうした設計のあり方をデータとして管理するためにも、CAE(シミュレーション)が一役買ったという。

イノベーションについては、「新製品開発には生みの苦しみを味わうこともあった」と和田氏。基礎研究から生まれたイノベーションを製品化する際には、製造の品質管理能力が伴わないことが多く、製造能力や材料品質に応じていかに作りやすい製品設計にするかが大事だと言う。

志賀氏は、「日本の自動車OEMはV字モデルの思考が足りず、サプライヤーに無理をさせてきた」と指摘した。ソフトウエアでの機能定義やデータ管理が定着しなければ、負担を押し付ける旧来の構造は変わらないと警鐘する。

若い力の情熱を引き出せ

日本企業は今後どうなるか。志賀氏はスタートアップ転職者へのアンケート結果を紹介。「前職ではやりたい研究ができず、報告書や上司対応に時間を取られていた」との声が多かったという。「若い力の情熱をどう引き出すか、それが今後の論点」と語ると、西本氏も「同感。当社の共創ラボもそれを目指している」と応じた。

和田氏は、官民人材の循環「リボルビングドア」の推進に触れ、「今は少しずつ機能しはじめている」と述べた。官僚がベンチャーに出向することで、双方の考え方が自然に交わる。「元の組織に戻れるという安心感もある」と話し、業界全体で推進していく意義を語った。

「日本のイノベーションのカギは、スタートアップと事業会社が競いながら共創する関係」と和田氏は強調する。「共に挑戦し、新たな産業モデルを築いていくことが不可欠」と締めくくった。

PwCコンサルティング合同会社

https://www.pwc.com/jp/ja/about-us/member/consulting.html