

07.
Art Hu レノボ 最高情報責任者(CIO)
AI導入は、「モデルの学習」から「展開・実装」フェーズへと移行しつつあります。こうしたなか、企業はROI(投資対効果)を最大化するために試行錯誤しています。
特に頭を悩ませているのが、「どのAIモデルを採用すべきか」という点です。大規模言語モデル(LLM)と小規模言語モデル(SLM)のどちらを選ぶべきなのか。この選択においては、両者のトレードオフを理解し、ハードウェア性能、セキュリティ、レイテンシ(通信の遅延時間)、エッジコンピューティングという4つの観点での影響を明確にすることが欠かせません。
LLMとSLMを巡る「論争」が取り沙汰されることもありますが、実際にはそれほど複雑な話ではありません。企業はユースケースに応じて最適なモデルを選べばいいのです。
言語モデルのサイズをハードウェアの処理能力に適合させることは極めて重要です。LLMは、一般的なアプリケーションと比べてはるかに多くの計算能力を必要とし、高帯域幅メモリ(HBM)や複数のGPUといった高度なインフラを前提とします。そのため、多くのLLMは集中型クラウド環境上に置かれます。ローカル環境での実行はコスト面で非現実的で、制約のあるデバイス上での稼働は困難です。
一方、SLMはパラメータ数が少ない(通常40億未満)ので、必要なメモリ量は大幅に抑えられ、HBMも不要です。その結果、幅広いハードウェア環境で効率的に動作し、インフラコストや運用の複雑性を大きく削減できます。IoTデバイス、モバイルプラットフォーム、AI PCなど、計算リソースが限られた環境では、SLMが現実的な選択肢となります。
SLMが優位性を発揮するもう1つの領域が、データプライバシーとセキュリティです。情報漏えいリスクはあらゆる業界で重要な課題ですが、金融、医療、運輸業界などでは、特に慎重な対応が求められます。こうした業界では、機密データをネットワーク越しにクラウドAPIへ送信すること自体が許されない場合もあります。
隔離環境やオンプレミスでLLMを運用することにより、この課題をある程度緩和することは可能ですが、その場合には大規模な計算資源と複雑なアーキテクチャが必要となり、効率面での課題が残ります。対照的に、SLMはオンプレミス環境やハードウェアに直接組み込む形で展開できますので、厳格なデータガバナンスやコンプライアンスが求められる環境においては、SLMは「選択肢」ではなく「必須条件」となるケースもあります。
言語モデルを選定する際、レイテンシも考慮しなくてはいけません。企業におけるAI利用が学習から推論へと重心を移すなかで、言語モデルは分散・非中央集権的な環境に展開されています。多くのアプリケーションではリアルタイムデータに基づく意思決定が求められ、遅延は許容されません。例えば、音声アシスタントやカスタマーサポートボット、エッジデバイスといった用途では、応答性の遅れがユーザー体験に大きな影響を与えます。さらに、システム停止にまで発展すれば、ビジネス上の損失も甚大なものになります。
データセンターやクラウド上で稼働し、2〜10秒程度のデータ転送・処理時間を伴うLLMに対し、SLMはスピードを前提に設計されています。1秒未満の応答が可能であり、即時性が求められるアプリケーションに適しています。シームレスで高速なユーザー体験を重視する企業にとって、その応答速度と正確性を持つSLMは最適な選択肢と言えるでしょう。
これまでの観点を踏まえると、SLMはエッジコンピューティングに適していることは明らかです。遠隔医療機器や産業用機器をはじめとするエッジ環境では、ネットワークに依存せずに動作することが求められます。SLMは、医療施設での患者モニタリングや、製造現場における断続的な接続環境下での異常検知などを、低遅延かつ高いプライバシーを維持しながら対応します。
データが生成される場所により近い位置で、リアルタイムのインテリジェンスを提供する次世代エッジソリューションへの移行も進んでいます。これは、スケールよりもスピードとセキュリティを重視する、分散型AIへの移行を反映しています。これらのユースケースに共通するキーワードは「レジリエンス」であり、軽量な計算基盤、高度なデータセキュリティ、最小限のレイテンシが不可欠です。
スピードと効率性が最優先される場面では、SLMが最適解となります。LLMはそのサイズとインフラ要件ゆえに、エッジ用途では現実的ではありません。エッジAIにおいて、SLMは「望ましい」存在ではなく「不可欠な存在」なのです。
すべてのアプリケーションがエッジで動作するわけではありません。多くの企業がエッジAIを検討する一方で、データセンターやクラウドといった中枢で稼働するLLMの機能を必要とするケースも存在します。高度な推論、深い文脈理解、複数分野にまたがる知識は、依然としてLLMの強みです。
スピードよりも、場合によっては網羅的とも言える分析が重視されます。そのため、LLMを稼働させるには膨大な計算資源が求められます。このようなケースでは、一定のレイテンシは許容されます。クラウドアクセスやローカル展開を支えられるインフラを持つ企業が、その恩恵を享受できるでしょう。また、これらの用途は高度な規制が求められる業界向けではないことが多く、データプライバシーやセキュリティ要件も比較的緩やかです。
LLMとSLMを評価する上で最後に考慮すべき点が、必要となるリソースです。LLMはSLMよりもはるかに高い処理能力と分析力を備えていますが、その分コストも高くなります。クラウドAPIの利用料に加え、運用には専用インフラへの継続的な投資が不可欠です。その計算要件と膨大なデータ需要により、潤沢な予算を前提とした大規模プロジェクトや、高度な専門性を必要とする用途に限定される傾向があります。
一方、SLMは比較的少ない計算資源で運用でき、軽量な展開が可能なため、コスト効率に優れています。中小企業やスタートアップ、エンタープライズにおけるエッジ展開にも適しており、定型業務やレイテンシに敏感な処理において、高いROIを実現します。
LLMかSLMかという選択は、流行ではなく、アプリケーション要件に基づいて行うべきです。ユーザーが重視するのは、モデルが「小さい」か「大きい」かではなく、スピード、正確性、プライバシー、そしてコストです。適切なAI戦略とは、これらの実務的な観点を踏まえ、用途に応じて最適なモデルを配置することにあります。
AIの機能がさらに拡大するなかで、多くの企業はエッジ領域における新たな可能性をSLMによって切り拓きつつ、複雑で集約的なタスクにおいてはLLMを不可欠な存在として位置づけることになるでしょう。両者の特性を正しく理解し、適切に使い分けることが、AIの可能性を最大限に引き出す鍵となります。
言い換えれば、成功するAIとは「万能性」を追い求めることではなく、ニーズ、インフラ、リスクプロファイルに応じて最適なモデルを選択することです。データセンターでのLLM活用が適する場合もあれば、エッジでのSLM展開が求められる場合もあります。そのいずれにおいても、ハイブリッドAIの視点と専門的なサービスを提供できる適切なパートナーを選定が、AI活用の成功につながります。
どのモデルが自社に最適かお悩みでしたら、レノボのAIアドバイザリーサービスが、ユースケース評価、インフラ診断、AI目標に沿ったロードマップ策定を支援します。詳しくはこちらをご覧ください。
参考リンク
Lenovo AI Series:https://www.lenovo.com/jp/ja/services/ai-services/
01.
AIエージェントの実現へ
「人」の存在は依然として不可欠に
02.
可能性を実際の成果に変える
AIエージェントで持続的なROIを生み出す手法とは
03.
AIガバナンスは「人」から始まる
技術と同じ速度で進化が求められる理由
04.
マルチエージェントシステムが企業のROIを再定義する
Part 1 従来の自動化を凌駕する理由
05.
マルチエージェントシステムが企業のROIを再定義する
Part 2 自律化にはガバナンスの再設計が必要
06.
生成AIにおける“見えないリスク”にいかに対応するか
バイアス低減と人による監視が重要な理由
07.
小規模言語モデル(SLM)の台頭
なぜ企業はコンパクトなAIモデルへと移行しているのか
08.
coming soon
