フィリップ・コトラー氏が提唱する「マーケティング5.0」では、データドリブンのマーケティングの重要性を説いている。5.0になることでマーケティングをどのように進化させるべきなのだろうか。その真意について、書籍を監訳した早稲田大学教授の恩藏直人氏に、電通デジタルの大木真吾氏が聞いた。
電通デジタル・大木真吾氏(以下、大木)恩藏先生とは、産学協働プロジェクトでここ数年ご一緒していまして、そのご縁で本日の対談がかないました。ありがとうございます。まずおうかがいしたいのが、先生が日本語版の監訳をされたフィリップ・コトラー氏が提唱する「マーケティング5.0」についてです。その前のマーケティング3.0、4.0も踏まえ、どのようにマーケティングが進化してきたとお考えでしょうか?
早稲田大学教授・恩藏直人氏(以下、恩藏)ここ10年で、マーケティング3.0、4.0、5.0とコトラーは提唱してきたわけですが、この流れは、マーケティングだけではなくて、世の中全体のステージがガラッと変わってきていることを説明しようとしているのだと理解しています。近代マーケティングが体系化されたのは1960年代で、その代表的な書籍として、67年に出版されたコトラーの『マーケティング・マネジメント』があります。その後、80年代の戦略的マーケティング論や90年代後半のブランド・エクイティ論などが打ち出されるなど、マーケティングは変遷してきました。しかし、この10年の変化は、マーケティングそのものの進化とともに、守備範囲の広がりも説明するようになっていると感じます。
マーケティング5.0には5つの柱があります。まず1つ目が「データドリブン」です。データがないと何も始まらない、データに基づいてマーケティングに取り組まないといけないということです。そして、この後に3つの実践があります。データを分析して結果を予測する「予測マーケティング」、文脈に合ったデジタル体験を現実世界に持ち込む「コンテクスチュアル・マーケティング」、マーケターの価値提供能力を拡張する「拡張マーケティング」の3つです。そして最後が、これらをただ実践するだけではなくて、「アジャイル(素早く俊敏に)」に押し進めなくてはならないというのが、マーケティング5.0全体の趣旨です。
データドリブンをベースとして、「予測マーケティング」、「コンテクスチュアル・マーケティング」、「拡張マーケティング」を実践する。そして、これらを単に実践するだけでなく、アジャイルに推進するべきだというのが、マーケティング5.0全体の趣旨である
データがあっても、それがシステマティックに統合されていなければならない。さらには、それを分析可能な状態まで持っていかないといけません。データドリブンのマーケティングをどう展開していくかが重要になってくるわけです。
大木以前は「顧客中心や消費者志向」という言葉でしたが、5.0では「人間中心」という言葉が強調されています。より広義に生活全般を捉えているように感じました。単にテクノロジーありきでなく、人間の生活を良くするために、どうテクノロジーを使うかがとても大切だと理解しました。
恩藏確かに、4.0はカスタマージャーニーが中心でした。ところが、5.0はテクノロジーを使う企業側の視点が強い。顧客だけでなく、働く側の人たちも全部入ってくるので「人間中心」なんですね。もっと言うと、最近はロボットと人間の共存のような話題も注目されています。「ヒューマン(人間)」とは何かという概念を考えざるを得ません。

恩藏 直人氏
早稲田大学 商学学術院教授
博士(商学)
早稲田大学商学部卒業、同商学部助教授等を経て1996年教授。商学部長、商学学術院長、常任理事などを歴任。博士(商学)。専門はマーケティング戦略。マーケティングに関する多数の単著・共著の他、フィリップ・コトラー氏やケビン・レーン・ケラー氏らの著作に関する翻訳プロジェクトの多くを統括する。
大木我々のクライアント企業様からいただく声で多いのは、人間中心のマーケティングを志向していく上で、データをハブとした組織づくりの課題意識です。とある打ち合わせでは、「全員が腹落ちするマーケティングの文化づくりをしたい」というコメントがありました。「モノからコト」へと一般的に言われている中、現場がモノ売りの発想から抜けるのはそう簡単ではありません。電通デジタルでは、データドリブン環境を構築し分析からビジネスの可視化ができる方と、事業に貢献する戦略を描ける方が正しく活躍できるマーケティング組織作りのお手伝いができないかと日々考えています。
恩藏アメリカのビジネススクールの博士コースでは、心理学や社会学をベースにマーケティングを学ぶのか、機械学習やAIなどの数学や経済学をベースにマーケティングを学ぶのかで、コースが大きく分かれています。この両方ができれば理想ですが、最先端の研究活動として専門性を追求するとなると、特化せざるを得ないのです。では、日本はどうなっているかというと、明確に分かれていない。守備範囲が広いことは悪くはありませんが、専門性が低いと先端部分の競争でどうしても遅れてしまう。ビジネスの世界でも同じようなことが起きているようです。企業におけるAIの導入状況を調べたある調査で、主要7カ国の中で日本が最下位だったのはショックでした。我々は本当に危機感を持たなければならないと思います。