東京デジタル

「20打数5安打」を目標に
いま東京海上グループがやろうとしていること
東京海上ディーアール代表取締役社長 嶋倉泰造

国内最大手の保険グループである東京海上ホールディングスが、
データ戦略の中核となる新拠点として東京海上ディーアールを始動させた。
日本における損害保険の元祖として知られる東京海上グループが、
異質とも思える領域に踏み出す真の狙いは何か。そこで一体何をしたいのか。
その疑問に、東京海上ディーアール代表取締役社長の嶋倉泰造氏が答える。

もちろん、分かっていた。デジタル技術の急速な進化が社会を変え、様々な業界の景色を一変させようとしていることは。ただそれを「我が事」として見るまでは、身につまされる問題とは捉え切れていなかったのかもしれない。

キッカケは東京海上ホールディングス デジタル戦略部の報告書。世界の「メガ保険会社」がこの変革期に何をしているのかを調査したものだった。そこには、昔ながらの保険会社のありようとは全く違う、デジタル技術やデータを自在に活用する技術専門家集団が活躍する新たな保険会社の姿が描かれていた。このままでは世界の潮流に取り残される。こうした強烈な危機感が、今回のグループの決断につながったといえるかもしれない。

誰が競合になるか分からない

東京海上グループは、創業以来140年以上にわたって保険関連事業を展開し、様々なリスクに直面する人々や企業をサポートしてきた。だが、技術の進化が引き起こす社会の変化に応じ、リスクへの対応方法も顧客ニーズも質的に変化する。それに背を向けてしまえば、早晩東京海上グループの成長は頭打ちになるだろう。

では何をすべきか。その1つが、「東京海上ディーアール(以下、TdR)」注)の始動である。その母体として選ばれたのが東京海上日動リスクコンサルティング(TRC)だった。データ活用によってTRCの既存事業を高度化するのは当然だが、それに加えて今回、新たな使命を与えられた。以下、その部分に焦点を絞り、ご説明させていただきたい。

これまでと全く異なる事業環境で 勝ち残ることを真剣に考えている。

社会変化を劇的に加速させているのは言うまでもなく、ICT(情報通信技術)、AI(人工知能)などのデジタル技術である。そうであれば、それを理解、利用し、強力な武器にすべきと考えるのは自然だ。端的に言えば、私たちの新たな使命は、デジタル技術を活用した新しい事業モデルを構築し、グループ全体を巻き込む流れを生み出すことだ。新会社をつくるという手段をとったことは、「全く異なる事業環境下で勝負をするのだ」という認識と覚悟の現れ、ととっていただきたい。

まず違うのは、デジタル技術と既存事業が融合する領域には、誰でも踏み込むことができるということだ。すでにそれは起きている。これまで自動車を製造するのは自動車メーカーと決まっていた。しかし、電動化や自動運転技術によって生まれる新モビリティの領域では、アップルやグーグル、ソニーといった異業種企業がそこにいることに何ら不思議はない。このような時代に保険業界の企業が、従来の枠を超えて様々な事業領域に挑戦することは必然と言えるだろう。

撮影場所:東京海上グループの共創スペース「G/D Lab」(東京都中央区銀座)。
グループDX推進の拠点として、新たな付加価値を生み出す「共創の場」を4月に新設した。
撮影:栗原克己

すでにあった「技術専門家集団」

こうした認識を共有しつつ「我々は何をなすべきか」を真剣に考えている、というのが今の状況である。具体的な事業計画を練っており、そのいくつかは近くお披露目できる段階にある。ただどの事業を進めるにしても、「リスク」に関わる事業を手掛けてきた実績を強みとする点は変わらない。

基本的な方法論はこうである。まず、「新たなリスク」が生む顧客ニーズなど、いまだ顕在化していない需要の芽をいち早く見つけ、早期に顧客を獲得、その数を増やす。その一方で、顧客に提供する価値をデータやデジタル技術の活用によって拡大させ、顧客との関係性をさらに深めるという考え方である。AIの場合が典型だが、行動履歴などのデータが増えるほど予測や検知などの精度は上がる。つまり、多くの顧客を獲得することがサービス向上に直結する。こうした、デジタル技術を融合した事業は、収益構造も成長モデルも従来のそれとは異なる。最も重要な特徴は、最初は低空飛行が続くが、ある時期から爆発的に売り上げが増えるという構造を本質的に持っていることだ。

もう1つ欠かせないのが、方法論を実践するための態勢づくりだろう。自前主義では、到底実現できない。「自分たちの本当の強み」を問い直し、足りないアイデア、技術、機能は外部の企業や研究機関などとの連携によって補う。この姿勢が重要かと思う。

そのためには、自社に優れた「目利き」機能を用意しなければならない。重要な要素として「技術の目利き」ということもそこに含まれる。先に述べた「先進的な保険会社の実体は優秀な技術専門家集団」という状況は、彼らがそれに備えていることの証左といえるだろう。

幸いなことに、東京海上グループ内には、この「優秀な技術専門家集団」がすでに存在していた。それが、母体となったTRCだった。コンサルティングなどの業務を遂行するために、多分野の専門家を豊富に抱えていたのだが、彼らはリスクの専門家であると同時に、技術の専門家でもあったのだ。しかも彼らは様々な業界の「現場」も熟知している。例えば、製造業担当者がサーベイする現場の数は年間で延べ500以上。商業用不動産のリスク管理に至っては年間2000件ものケースを扱う。運輸業界担当者は年間に100社以上の企業に事故削減策を提案している。こうした業務で得られた知見が、新たなビジネスを創造し、多くのパートナーと連携するうえで、貴重な資産になる。

図 データビジネスのフレームワーク

デジタル化だけでは価値がない

こうして態勢は整えた。そこでまずやるべきは、既存のビジネスをデータ化してデジタル技術との親和性を高めることだ。これは、すでに着手している。東京海上グループでは、保険やリスクコンサルティング事業のデジタル化を着実に進めつつある。

そのうえで、業容を拡大する。ここが新たな挑戦ということになる。既存のビジネスをデジタル化すれば、スキームの合理化が進み、コストは下がるが、それだけでは新たな価値は生まれない。それどころか、従来の収益源が失われてしまうことすらあり得る。

だから、デジタル化と併行して、顧客との関係性をさらに深くしていかねばならない。「いざというときのお守り」から「いつも寄り添うコーチ」へと保険サービスの概念を発展させ、業容を拡げるということである(図)。この取り組みを促すのがTdRの役割だ。「自然災害」「ファクトリー」「モビリティ」「ESG(環境・社会・ガバナンス)」「エネルギー」等の分野を中心に、具体的な行動を計画中である。

もちろん、その計画の全てがうまくいくわけではないだろう。全てうまくいかねば困る、とも考えていない。TdRには、「失敗を恐れず、圧倒的なスピード感で困難な課題に挑む姿勢」を企業文化として、ぜひとも定着させたい。

東京海上グループの経営陣も、もちろんそのように考えている。以前、経営陣の前で「3打数2安打が目標」と決意表明したところ、逆にこう切り返されてしまった。

「いやいやそれでは困る、20打数5安打を目指しなさい」

注)

新社名にある「dR(ディーアール)」の「d」は「データ」「デジタル」「デザイン」を意味する。「R」はリスクの頭文字で東京海上グループの強みの領域、創業以来変わらないパーパス領域を示す。「d」の力を使って、リスクにまつわる課題を解決するという理念を表現した。「R」は、「reveal(予兆を検知する、リスクを明らかにする)」「reduce(リスクを減らす、事故をなくす)」「refine(よくする、健康にする)」「retain(新たなリスクを引受する)」「resilience(レジリエントな地域社会の実現を目指す)」といった理念を実践するうえでの方向も示している。

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東京海上ディーアール

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