東京デジタル

「そんなことしていいの?」
それをやるのがDX

生田目雅史

東京海上ホールディングス
常務執行役員
グループCDO
(Chief Digital Officer)

島田太郎

東芝
執行役上席常務
最高デジタル責任者

東京海上グループのデータ戦略中核会社、東京海上ディーアール(TdR)が2021年7月、始動した。新たな注力領域は「データビジネス」。全業界の風景を一変させようとする変革が進行するなか、浮上してきたこの新しい事業の正体とは何なのか。既存事業とはどう違い、どう挑むべきなのか。その成長モデルや将来などについて、東京海上ホールディングスのCDO(最高デジタル責任者)を務める生田目雅史氏と、データビジネスにいち早く乗り出し、業界の注目を集める東芝のCDO、島田太郎氏が議論した。

生田目氏10年前なら考えられなかったでしょうね。東芝さんと東京海上グループが同じテーマで対談するなどという企画は。

島田氏そうですね。事業領域ということでいえば、まったく別でしたから。

生田目氏それが今は、CDOとして同じ役割を担っているわけですから。その役割以外にも、島田さんと私には共通点があります。欧州企業からの転職組というところですね。私は長く金融業界に身を置いてきましたが、入社したのは3年前です。

島田氏そうですか、私はずっと製造業ですが、東芝は2018年からです。その前は、ドイツに本社を置くシーメンスにいました。

生田目氏やはり欧州と日本では、企業文化や行動様式が随分違いますよね。長期的な戦略を重視する点は似ていますが、欧州企業には1つの方向に極端に振れることが時々あるような気がします。

島田氏「人類の未来は自分たちでつくるんだ」という気概を持っているというか。そういうところは、私は好きです。日本の場合、大きなトレンドは見えていても、とりあえず様子見という企業が多い。

生田目氏ICTはその代表でしょうが、近年海外企業が世界のトレンドをリードする局面が多かった。それに慣れて、トレンドを自らつくり出そうという意識が希薄になってしまった。やはり新しいものを生み出さないと、企業としての存在価値が下がることになりかねません。実際、存続すら難しくなるのではないでしょうか。

事業を再定義する

島田氏同感ですね。日本企業にも新しいものを生み出すチカラはあります。例えば、かつてより規模は小さくなりましたが、大企業の多くは研究所を持っていて、そこは多様なアイデアのタネが生息する「ビオトープ」注1)です。長年熟成した多くのネタが、ここに眠っているはず。これを使って新しいものを生み出さない手はないと思います。

生田目氏実は、今の会社に転職した動機の1つが、損害保険業界が金融の「ビオトープ」に見えたからなんです。あらゆる社会活動、経済活動と接点があり、そこに向けてサービスを生み出すための多様なリソースを抱えている。様々な分野の技術専門家もたくさんいます。これらとデジタル技術を融合することで、社会や環境の変化に応じた新たな価値を提供する新事業が創出できるのではないかと。

島田氏いわば事業の再定義ですね。

生田目氏そうです。デジタル技術を軸に回るデータビジネスの世界は、収益構造も成長モデルも従来のそれとは大きく異なります。だから、従来の「お作法」は通用しません。例えば、データビジネスには「最も多くの顧客、データを獲得したものが、圧倒的優位に立つ」という特徴があります。だから、とにかく早く動かなければ負ける。こうした事業環境に適応するために、データビジネスに適したノウハウや人的リソースが集まっている東京海上日動リスクコンサルティング(TRC)を母体に選びTdRを立ち上げました。グループ全体を新しい方向へ導く橋頭堡としてこの会社を作ったわけです。

島田氏データビジネスに東芝が本格的に乗り出したのは、2018年11月に「東芝Nextプラン」を発表したころからです。向こう5年間に取り組むべき事業を示したこのプランの中で、「CPS(Cyber Physical Systems)企業」を目指すと宣言しました。CPSとは「実世界の事象をデータ化し、そのデータをサイバー空間で分析、知識化してから実世界に還元する仕組み」を指す言葉です。この「実世界とサイバー空間の連携」によって生まれるビジネス領域で覇権を取るぞ、と宣言したわけです。その具体的なアプローチが、データから新たな価値を生み出すデータビジネスでした。

生田目

問われるのは、
どこまで変われるか
ということ─生田目

ネットワークのチカラを生かす

生田目氏我々がデータビジネスを意識し始めた当初から、東芝に注目していました。それがあって島田さんには、年初に東京海上グループ3社が開催したセミナーにパネリストとして参加していただき、社内向け勉強会の講師もお願いしました。

島田氏反応はいかがでしたか。

生田目氏データビジネスに対する認識が一変するほどの衝撃を受けました。特に、スケールフリーネットワーク注2)が、新事業創出の大きなチカラになるという話ですね。今では、島田さんの著書『スケールフリーネットワーク』(日経BP刊)を、TdRにとどまらず多くの東京海上グループ社員が拝読しております。

島田氏東芝は、このスケールフリーネットワークを実現し、それをベースに新事業を展開するつもりです。ネットワーク上では、何かが一気に浸透する「パーコレーション」という現象が発生します。スケールフリーネットワークでは、このパーコレーションが発生しやすい。つまり、爆発的にビジネスが拡大する可能性が高いということです。ただし、この可能性を生かすには、ビジネスモデルを根本的に変える必要がある。どう変えるかという答えが、「DX(Digital Transformation)」なのだと考えています。

生田目氏まさに、今おっしゃったスケールフリーネットワークがもたらす爆発的なエネルギーを生かして新しい事業モデルを創造することこそがTdRの使命なのです。

島田氏素晴らしい取り組みだと思います。ただ、事業モデルを変えるということは、そう簡単なことではありません。だから、段階を追ってやる。最初にやるのが既存の事業のデジタル化。どの企業もここは進めようとされているのではないでしょうか。でも、既存事業をデジタル化しただけでは、ビジネスは拡大しません。むしろ、売り上げが下がる可能性が高い。デジタル化で合理化が進むと、往々にして従来の収益源が失われるからです。だから次のステップが重要になる。既存事業のバリューチェーンを広げてビジネス領域を再定義するのです。これらのプロセスをまとめて私は「DE(Digital Evolution)」と呼んでいます。

生田目氏実は東京海上グループ全体で、今おっしゃったDEに当たる取り組みを始めています。具体的には「ファクトリー」「モビリティ」「ESG(環境・社会・ガバナンス)」「エネルギー」など様々な領域で、「ビジネス領域の再定義」を前提としたプロジェクトが数多く進行中です。

島田氏それは楽しみですね。異なる分野のデータを掛け合わせると、データビジネスの可能性がさらに高まります。多様な企業が連携するスケールフリーネットワークの実現に一歩近づくことにもなります。

生田目氏CDOとして注意しなければならないのは、プロジェクトの特性を見極めることですね。すぐに成果を生むプロジェクトもあれば、数十年先に形になるプロジェクトもある。そこの認識を誤ると、大きな可能性を秘めたプロジェクトを途中で投げ出すことになりかねません。

だったら、
ルールを変えれば
いい─島田

島田

それはCDOの役目

島田氏東芝のプロジェクトの中には、20年くらいのスパンで考えているものや、もっと長期的に見ているものもあります。長期のプロジェクトは「すぐに成果が現れなくとも続ける」という強固な意志を経営メンバーが示すべきでしょう。そうでないと、プロジェクトに関わるメンバーは、安心して取り組むことができません。

生田目氏長短の見極めが適切にできたとしても、プロジェクトの全てが成功するとは限らない。継続か中止かの判断を迫られることもある。これもCDOの役目だと思っています。

島田氏私は絶対、立ち上げたプロジェクトは失敗させたくない。だから判断のために必要な情報は自分で集めます。小さな失敗ならば、「この経験を次に生かそう」と言えますが、将来の基幹事業に育てようというような重要プロジェクトで失敗はできません。

生田目氏確信を持って判断するのは難しいです。でもやらなければならない。そのために、社内外からも幅広い知見を集めることが重要です。

島田氏自身の経験からすると、その分野で高い知見を持つ人に聞くのが一番でしょう。例えば、東芝テックが展開している、電子レシートサービス「スマートレシート」を軸にした事業を立ち上げたときのことです。もともと製品に搭載済みのデータ処理機能を、新たなサービス事業に利用できないかと考え、このアイデアをベンチャー企業の創業者など何人かの知人にぶつけてみました。すると誰一人として「そのデータは要らない」と言った人はいませんでした。それを聞き、「これは失敗しないな」と確信したのです。

DXとはルールを変えること

生田目氏確信があれば、大胆なこともできます。新しいことにチャレンジする精神というのは、本当に大事です。サッカーの試合中に興奮した選手がボールを手で持って走ったところから、ラグビーが生まれたという話があります。「もっと面白いことをやろう」と考える好奇心が人間の本能にあるはず。これを大事にしたいと思います。革新的な何事かを成し遂げるためには、絶対に必要なことですから。

島田氏ルールを変えるところが重要なポイントでしょう。これまでのルールにこだわる企業が、まだ日本では少なくありません。デジタル技術によってビジネスの仕組みが大きく変わろうとしているのに、まだ大丈夫だと思っているのかもしれない。最近、ゲームチェンジという言葉がもてはやされているようですが、その本質はルールを変えるということ。だったら、変えればいい。どうせ変えるのなら、振り切る。そうすれば、ワクワクするような新しいビジョンが見えてきます。「え、そんなことしていいの?」ってことをやるぐらいでないと。

生田目氏まさしくその通り。それをやるのがDXですよね。常にそれを肝に銘じつつ、ワクワクすることを追い求めたいと思います。本日は、ありがとうございました。

注1)

生物が安定して生活できる空間のこと。「bio(命)」と「topos(場所)」というギリシャ語を組み合わせた造語。

注2)

スケールフリーネットワークとは、ネットワークの形態を表す言葉。多数のリンク(ノードをつなぐもの)を備えたごく少数のノード(ネットワークの要素)と、わずかのリンクしかつながっていない大多数のノードで構成されているのが特徴。インターネット上で情報をやりとりするWebのネットワーク構造を調べていた米ノートルダム大学のアルバート=ラズロ・バラバシ教授が1990年代末にこの特徴を見出した。同教授の研究によると、実際のWebはスケールフリーネットワークの特徴を持っている。スケールフリーネットワークは、情報が急速に浸透する「パーコレーション」と呼ばれる現象が発生しやすく、これが近年登場した巨大IT 企業に、ある時期から急成長するチカラをもたらしたといわれている。

撮影場所:東京海上グループの共創スペース「G/D Lab」(東京都中央区銀座)。グループDX推進の拠点として、新たな付加価値を生み出す「共創の場」を2021年4月に新設した。 撮影:栗原克己

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