東京デジタル

東京海上グループが
ロボットを手掛けるわけ

東京海上グループが人型ロボットの分野に進出した。単に、歩けたり会話ができたりするロボットではない。物流を担うドライバーの乗務点呼やアルコールチェック、安全指導などを自動でこなしてくれる、商用の「働くロボット」なのだという。開発を担当したのは、同グループにあって、事業の再定義、新事業創出をリードする使命を負う東京海上ディーアール(TdR)。業界の枠を超えることをミッションとする企業だが、もちろん「保険業から製造業に転身」するようなことを望んでいるわけではない。彼らの真の狙いは、このロボットの先にこそあるのだという。

フィンランドの首都ヘルシンキが、2050年までの都市開発計画の中で、持続可能な交通社会を実現する方針を打ち出し、これをキッカケに「MaaS(Mobility as a Service)」と呼ばれる新たな概念が2010年代に同国から生まれた。様々な移動手段を統合し、1つのサービスとして提供するというMaaSの概念は、世界に広がり、交通の分野に新たな流れをつくった。すでに日本国内でも、この概念を実践するプロジェクトが相次いで始まっている。これまでトラック、バス、タクシー会社などの運輸事業者を対象にした安全教育を手掛けてきたTdRの運輸・モビリティ本部は、こうした変革の渦中に身を置きながら、東京海上グループが進めるデータ戦略に取り組んでいる。人型ロボットを使ったサービスの開発は、その一環である。

同グループが推進するデータ戦略の目標は、社会課題を解決するプラットフォームビジネスを創出することである(図)。そのために、まず様々な社会課題に対応するサービスをデジタル化する。ただ、単なるデジタル化は「既存事業の合理化」に過ぎず、かえってそのことがサービスの低下を招き、既存の収入源を失うことになりかねない。だから次に事業を再定義して、「業容拡大」を図ることで新たな収入源を開拓する。

東京海上ディーアール ソリューション創を図る造本部 サイバーセキュリティラボ チーフコンサルタント 榎本祐樹氏

図 東京海上ディーアールが進めるデータビジネスのフレームワーク

この過程で多くの企業、団体、顧客を巻き込んでエコシステムを構築し、それを足掛かりにプラットフォームビジネスを立ち上げる。さらに「スケールフリーネットワーク」注1)のチカラを生かして、そのプラットフォームビジネスの規模を爆発的に拡大させて、社会課題を解決するプラットフォームへと発展させる。

この一連の戦略をリードする役割を担うのがTdRであり、実際に社会課題に対応したサービスの「デジタル化」と「業容拡大」のプロセスを踏まえながら、様々な事業領域で新プロジェクトを推進している。その中で、「モビリティ」を起点とした取り組みを担うのが運輸・モビリティ本部である。

注1)
スケールフリーネットワークとは、ネットワークの形態を表す言葉。多数のリンク(ノードをつなぐもの)を備えたごく少数のノード(ネットワークの要素)と、わずかのリンクしかつながっていない大多数のノードで構成されているのが特徴。スケールフリーネットワークは、情報が急速に浸透する「パーコレーション」と呼ばれる現象が発生しやすく、これが近年登場した巨大IT企業に、ある時期から急成長するチカラをもたらしたといわれている。

未来の働き方支援へ

同本部の取り組みの中で第一段階に当たる「デジタル化」は、すでに事業レベルで始まっている。例えば、TdRと東京海上日動火災保険が展開している「健康運転診断コンサルティング」。まず運転シートに取り付けたセンサーで感知した心臓音などの生体データからドライバーの眠気や疲労度合いを計測する。この結果と、別途実施したアンケートの情報から眠気の原因を割り出し、ドライバーの健康や生活に踏み込んだ改善策を提供する。

人型ロボットを使った「運行管理支援AIロボット」も、「デジタル化」の取り組みといえる。法律で定められたドライバーの乗務前後の点呼や安全指導を、自動化するシステムだ。運行管理者などがドライバーと対面しながら実施していた免許証の有無や飲酒などのチェックをロボットが代行する。同時に、安全運転管理に必要な情報を一元管理する仕組みも提供する。

次ステップに向けた試みも始まっている。様々なセンサーを使って自動車やドライバーから収集した情報を活用した新サービスの開発である。ドライバーの健康管理や行動変容にまで踏み込んだサービスの提供を視野に入れている。

これを手始めに「プレゼンティーイズム(心身の健康に起因する就業中の生産性低下)」や「アブセンティーイズム(心身の不調による欠勤)」とは無縁の新しい働き方の実現を支援するサービスへと業容拡大を図る。

「価値ある情報」を集める

このプロジェクトで同本部が重視するのは、情報収集のためのデバイス開発である。

「年間で延べ1300社にサービスを提供していますが、その経験の中で既存のデバイスでは、価値ある情報が集めきれていないことを強く感じました」(TdR 運輸・モビリティ本部 第二ユニット ユニットリーダー 主席研究員 花島健吾氏)。

東京海上ディーアール 運輸・モビリティ本部 第二ユニット ユニットリーダー 主席研究員 博士(工学) 花島健吾氏

東京海上ディーアール 運輸・モビリティ本部 第二ユニット ユニットリーダー  主席研究員 博士(工学)  花島健吾氏

元々、同本部は、ドライブレコーダーを利用した自動車保険などの新サービスを提供するために、センサーなど各種デバイスや機器の評価はもちろん、設計まで手掛けられる人材を擁している。大学やベンチャー企業とも連携し、データ収集のための先端技術やノウハウも蓄積してきた。このリソースを、「踏み込んだ情報」を収集するためのデバイス開発に振り向ける。

「米国の巨大IT企業が、先端技術を使ったプロジェクトを立ち上げては頓挫させているという見方がありますが、それは違います。先端技術の最適な応用を探るためにピボットを繰り返しているのだと思います。私たちも、こうした大胆な姿勢で、新サービス創出に取り組む考えです」(花島氏)。

この開発メンバーが、いま注目しているのが、ロボットの身体性や双方向性だという。

「人型ロボットの身体性が生み出す双方向性については専門家の間で以前から議論されてきました。この知見から、双方向のデータ収集を可能にする人型ロボットは、データ収集が一方向のセンサーよりも、価値ある情報を人から収集するうえで有利だと考えています」(花島氏)。

この考えを、形にした事例が、前述の運行管理支援AIロボットである。

プラットフォーム化の動きも着々

業容拡大の取り組みと並行して、新たなプラットフォームビジネス構築にも着手している。例えば、稼働中のデータ・プラットフォームを基に新たなサービスを創出するプロジェクトに参画した。業界の枠を超えて相互にデータを利用できる環境を生かしながら、運輸・モビリティ本部が開発する新しいデバイスや同本部が収集したデータも投入し、MaaSの概念において理想とされている、多様な交通サービスが完全にシームレスに連携する仕組みの実現など、社会課題の解決につながるサービスの開発を進める。

撮影:栗原克己

東京デジタル
東京海上ディーアール

https://www.tokiorisk.co.jp