東京海上ホールディングス
専務執行役員
グループ保険引受・保有政策総括
グループデジタル戦略副総括
起業家
サキコーポレーション
ファウンダー
データ戦略中核会社、東京海上ディーアール(TdR)を設立し、グループ全体の事業変革に取り組む東京海上ホールディングス。本当に変われるのか。何が障害となり、その突破口は。同社専務執行役員 川口伸吾氏と、ベンチャー起業家で、複数の大企業で社外取締役を務めるサキコーポレーション ファウンダーの秋山咲恵氏が熱論を交わす。
川口氏秋山さんが起業されたのは1994年でしたね。
秋山氏世代的にいうと男女雇用機会均等法世代のはしりの方ですが、大学を出て、一度大手コンサルティングファームに就職して、その後に起業することになりました。
川口氏ほぼ同世代ですね。「バブル」や「リーマンショック」など、いろいろな経験をさせられました。そして、またここにきて劇的に世の中が動いています。
秋山氏まさにそれを受け、東京海上グループも大きく変わろうとされているのですね。その取り組みの中核を担う会社が昨年立ち上げられたTdRだと伺っています。ただ、社名を見ても事業内容がよく分からないですね。
川口氏実は、それが狙いでもあります。TdRは、東京海上日動リスクコンサルティングを母体にした会社で、ここをグループ全体のデータ戦略の中核拠点にすべく名前を変えたのです。その際に、デジタル技術によってこれからビジネスが「何でもあり」になることを考慮して、あらゆる可能性を含んだ名前にしました。
秋山氏私が起業した際も社名で悩みました。そのとき思ったのが、「こんなことやる会社だな」と勝手に想像されてしまう名前にはしたくないな、ということでした。同じような思いがあったということですね。
川口氏いま東京海上グループは、社会課題を解決するデータビジネスの創出という目標を掲げています。様々なサービスをデジタル化したうえで業容を拡大し、そこに業界の枠を超えて企業や顧客を巻き込んでプラットフォームビジネスを構築する、といったイメージでしょうか。例えば、社会課題を広く集めるうえで大きなチカラになっているのが東京海上日動火災保険のリアルな顧客接点です。この会社ではドライブレコーダーを組み合わせた自動車保険を提供していますが、ここで集まるデータに様々な業界のデータを組み合わせて業容を広げる取り組みを進めています。このような動きがグループ全体に広がるようにリードするのがTdRです。
秋山氏ある一線を越えると爆発的に拡大するビジネスになりそうですね。ただ、ゼロから事業を立ち上げることの難しさは、身をもって痛感しています。ベンチャーでもそうですから、大企業ならなおさらと思います。相当大きなチャレンジになりそうです。
川口氏でも避けては通れません。グループの柱は保険事業で、そこは比較的安定しています。ですが、ずっとそうではない。デジタル技術の進化を背景に社会は急速に変化しています。現状に甘んじていると早晩、お客様や社会のニーズに応えることができなくなり、東京海上グループの存続が危うくなります。
秋山氏いま存続の危機を意識している経営者の方は多いように思います。ですが、なかなか変われないで苦しんでおられる。危機感を組織全体に浸透させるのが難しいということなのかもしれません。サキコーポレーションの代表時代に、中国の工場を訪問したとき、衝撃を受けたことがありました。中国が「世界の工場」と呼ばれ始めた頃で設備もまだ洗練されていませんでしたが、現場の方々の意気込みがすごいのです。「わが手で明るい未来を切り開くぞ」みたいな思いが背中からメラメラ炎のように立ち上がっていました。そのとき何年か後には、この人たちが世界の製造業の景色を変えるだろうと確信したのですが、実際にその通りになりました。
川口氏いまの日本で、そこまで強烈な思いを組織全体で共有することは容易ではありません。
秋山氏さらに言えば、リスクに対する意識でしょうか。ベンチャー企業の人たちはリスクを取る覚悟をしていますが、大企業には、リスクを避けて安定を求める方が少なからずいらっしゃるのではないでしょうか。
川口氏一定数いるのは確かです。
秋山氏特に日本企業は、リスクを取ることに慎重なのではと感じています。それを痛感したのはリーマンショックのときです。あのとき、設備投資が一気に止まってサキコーポレーションも窮地に立たされたのですが、まだ景気が回復しないうちに海外のお客様が次々にオーダーを入れてきました。「今こそが好機だ」とおっしゃって。でも同じ頃、日本企業は口をそろえておっしゃるのです。「先行きの見通せない状況で設備投資なんてとてもできない」と。
川口氏確かに、成功体験が消極姿勢に結びつき、新しい取り組みの足かせになる面はあるでしょう。ただ、過去を切り離せばよいという話でもないと思っています。以前、ある新規開発プロジェクトを立ち上げたとき、従来の考え方に縛られないように、あえて保険商品開発を経験していない社員や異業種から中途入社した社員を集めました。でも、それだけでは、うまくいかなかった。アイデアはどんどん出てきましたが、それを実行の段階まで持っていくことが難しかったのです。ここで学んだことは、アイデアを出すことも重要だが、それを事業に落とし込む作業も重要だということです。
秋山氏成功したからこそ得られた資産を生かすべきということですね。
川口氏よく見れば東京海上グループにはデータビジネスの領域で新事業を創出するために必要な能力や資産が数多くあります。例えば、保険事業を支えているアンダーライターと呼ばれる人材です。彼らは「リスクの目利き」なのですが、容易に手に入る情報を鵜呑みにせず、あらゆる手段でもって物事の本質や真実を見抜く訓練を重ねています。こうして得た稀有な能力は、新規事業の立ち上げに必要なものだと思っています。
秋山氏そうした方々をTdRにも配備されているのでしょうか。
川口氏そうです。TdRに在籍している高い専門性を備えたコンサルタントには、お客様のニーズに応じたソリューションを作る能力があります。ここにアンダーライターの慧眼(けいがん)が加われば、異質な領域で新事業を生み出せるようになると考えているのです。
秋山氏様々な手を打たれていることは分かりました。残る問題は、先にも触れた組織全体の「マインドセット」でしょうか。ここで提案です。役員の方々も、スーツをやめてカジュアルスタイルで出社されてはいかがでしょうか。小さなことですが、「変化」を求める経営陣のメッセージを社内に伝えるには重要だと思うのです。
川口氏早速、実践してみたいと思います。
撮影:栗原克己