東京海上ホールディングス
常務執行役員
グループデジタル戦略総括CDO
富士フイルムホールディングス
執行役員CDO
今やあらゆる分野の企業が、デジタル技術がもたらす事業環境の変化に対応すべく、業容そのものに及ぶ大きな変革を求められている。そのかじ取りを担うリーダーは、どう取り組むべきか。データ戦略中核会社の東京海上ディーアール(TdR)を立ち上げるなど、グループ全体の業容変革に挑む東京海上ホールディングスの常務執行役員 グループデジタル戦略総括CDO 生田目雅史氏と、2000年代に大きな業容変革を成し遂げ、さらにいま新たな変革に挑む富士フイルムホールディングスの執行役員CDOを務める杉本征剛氏が、大きな時代の変化に臨む企業が採るべき成長戦略の在り方を探った。
生田目氏「デジタルで変革」ではなくて「デジタルな企業へと非連続に変革する」。いま企業に与えられた課題は、これだと思います。つまり、ビジネスモデルや業態を本質的に変える業容変革を迫られています。それを成功裏に実現した、世界でも数少ない企業の1つが富士フイルムホールディングスです。コア事業を転換して、新たな成長の道を開いた、いわば業容変革の「お手本」だと思っています。
杉本氏第2の創業についての話は、歴代トップや経営層が様々なところでお話をしています。今日は、当時の私が感じた「本音」の部分を踏まえてお話しするつもりです。「デジタルな企業へと変革する」ことが企業の課題というお考えはその通りだと思います。いま世界屈指の時価総額を誇る企業の多くは、ビジネスの仕組みや成長戦略にデジタル技術を取り込んでいる「デジタルな企業」です。
生田目氏デジタル技術の進化は、その力を駆使する新たな企業を生み出しただけでなく、市場の競争環境をガラリと変えています。例えば、IT企業やエレクトロニクスメーカーが参入している自動車業界が、そうです。このような時代に従来の枠を超えて様々な事業に挑戦しながら、業容を変えていくことは企業にとって必然だと思います。東京海上グループも、自然災害、ヘルスケア、中小企業支援、サイバーセキュリティーなど社会課題を起点にしたデータビジネスを立ち上げて業容を広げる取り組みを進めています。
杉本氏国内では、「デジタルな企業」を目指して製品やサービス、ビジネスモデルの変革に取り組む企業の動きは、まだあまり活発化していない印象を受けます。ITの導入による業務プロセスの効率化・合理化というレベルでとどまっているという企業の話を聞くことも少なくありません。
生田目氏そのような意味での「デジタル化」は、私が社会人になった1980年代から金融業界では始まっていました。既存の業務プロセスを変えるだけでは、過去の延長にすぎません。つまり、非連続な変革ではないということです。
杉本氏私が富士写真フイルム(当時)に入社したのは1980年代です。そのころすでに当社の主力事業であった写真、印刷、医療の業界でデジタル化の流れが進むことを多くの従業員が認識しており、既存事業にデジタル技術を取り込んでデジタルな企業へと変革することは、すでに特別なことではありませんでした。
生田目氏いま本当に必要な「デジタル化」は、当時とは意味も事業に与える影響の大きさも全く違うということですね。
杉本氏業容を変えることは、とてつもなく大きな挑戦のように思われるかもしれませんが、私たちがやってきたことは、基本的なビジネスフレームワークやテンプレートを使って、これから成長が期待できる市場や、その市場で発揮できる自社の強みとなる技術を分析し、その結果を忠実に実践することでした。
生田目氏基本通りにといっても、コア事業の転換とともに新たな成長軌道を獲得した企業は、世界でもそれほど多くはありません。
杉本氏そのときに既存市場と新市場、既存技術と新技術から成る4象限に自社の経営資源や技術をマッピングして分析する手法を使ったことは、これまでにも社外にお話ししてきた通りですが、その分析の過程で、当時の経営層は、真剣な議論を何度も重ねています。目指す市場は成長を続けるのか、その市場に参入可能なのか、その市場にマッピングする自社保有技術の将来性や、その技術が自社の競争力の源泉であり続ける可能性はあるのか、などについて、全員が腹落ちするまで繰り返し議論していました。
生田目氏4象限のマップは、現在でも十分通用するということですね。ただ厳密な分析に基づいて新たに目指す事業領域を決めても、そこに進出するための技術やノウハウ、人材などのアセットが足りないことがあります。
杉本氏富士フイルムホールディングスが、新しい事業領域に進出するときにも、自社のアセットだけでは賄いきれないことがありました。足りないアセットは企業を買収する形で確保しました。
生田目氏買収時点では、その後の業績が見通せない、不確実性の高い状況にあることも多いと思います。その場合、買収した後の展開が難しいのでしょうか。
杉本氏当社では、買収した時点で業績が芳しくない企業は、最初にそれを立て直すことに注力しています。利益を出し続けるのは企業としては当たり前のこと。その経営の基本を忠実に実践しています。そうして買収した企業のチカラを最大限に引き出す取り組みを重ねたことが、結果的に業容変革につながっているのだと思います。
生田目氏確かに利益を出すことは経営の基本ですが、やはり不振である企業を買収し、業績を立て直すのは簡単なことではありません。それを、本業の市場が縮小するという差し迫った状況の中で成し遂げるという難題に、奇をてらうことなく原理原則を着実に実行した点こそが、御社の強みだと感じました。一方、企業を買収してまで立ち上げた事業が、すべて順調に成長するとは限りません。利益を生まない事業は、経営としての判断をする勇気も必要です。
杉本氏そこも徹底していました。毎月利益を出すのは大前提ですが、そうならない場合は整理・撤退を検討するのはある意味当然です。そのときに「聖域」はありません。これも大きな業容変革を前に進めるうえで重要なことだと思います。
生田目氏そこでも経営の基本を厳格に実践したということですね。
杉本氏その通りです。もっとも、すべてのケースがうまくいったわけではありません。買収した企業が持っているアセットと自社のアセットを組み合わせて、競争力のある事業を立ち上げるもくろみでしたが、困難に直面し、途中で断念したこともあります。
生田目氏思っていたように事は進まなかったかもしれませんが、その経験から得られたことも多いのでは。
杉本氏そうですね。複雑な業界構造や、その中で有利に事業を展開するために押さえるべきポイント、自社のアセットが活用できる分野など、その業界に足を踏み入れなければ分からなかったことを数多く学べました。それを踏まえて自分たちの新たな取り組みへの可能性について議論し、「デジタルな企業」への変革に向けた挑戦を続けています。
生田目氏いわば、挑戦の「第2幕」を開けたわけですね。業容変革に向けた取り組みは一筋縄ではいきません。思い通りにならない経験ですらも、次に生かし、根気よく取り組む姿勢は大事です。
私たちも、様々な可能性を生かして業容変革に向けたデータビジネスの開発を一段と加速するつもりです。本日は貴重なお話をいただき、ありがとうございました。
撮影:栗原克己