

左から、協和キリン株式会社 営業本部 九州支店 北九州営業所 三浦 彰太 氏、小倉記念病院 副院長 腎臓内科主任部長 金井 英俊 氏、小倉記念病院 腎臓内科 部長 原田 健司
氏、テルモ株式会社 メディカルケアソリューションズカンパニー ホスピタルケアソリューション事業 九州リーナルケア (福岡) チーフ 松本 直樹 氏
※内容や出演者の所属は、取材当時のものになります
「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV※1先進企業となる」ことを目指すキリングループ。
祖業のビール事業で培った発酵・バイオテクノロジーの技術を強みに、
「食領域」「医領域」「ヘルスサイエンス領域」における価値創造に取り組んでいる。
なかでも「医」領域は、バイオ医薬品をグローバルに展開するなど、グループの主要事業にまで成長し、
イノベーティブな創薬アプローチにより、世界の人々の健康と豊かさに貢献している。
「健康」という社会課題に真正面から取り組み、「医」の分野でも挑戦を続けるキリン。その最前線を探る。
※1 Creating Shared
Valueの略。共通価値の創造。
社会的ニーズや社会問題の解決に取り組むことで社会的価値の創出と経済的価値の創出を実現し、成長の次なる推進力にしていくこと。
キリンといえば、真っ先にビールを思い浮かべる人がほとんどであろう。だが、その事業ポートフォリオは、食からヘルスサイエンス、医領域までと幅広い。特に1980年代から参入した医薬事業は、40年にわたる歴史と実績を誇り、今ではグループの主要事業にまで発展。バイオ医薬品を中心として、グローバルに事業を展開している。

キリングループは食領域やヘルスサイエンス領域、医領域へと広がるユニークな事業ポートフォリオを展開し、お客様のさまざまなステージにおいて、クオリティ・オブ・ライフの向上に貢献する商品・サービスを提供し、社会課題の解決に取り組んでいる。
酒類メーカーであるキリンが、なぜ医領域を目指し、成長することができたのか。その背景には、「生への畏敬」という同社の醸造哲学が関係している。ビール造りは、大麦やホップ、水、酵母菌といった「自然の恵み」が生み出す価値を通じて事業を展開しており、生化学的な発酵メカニズムの探究は祖業においても不可欠な課題であった。生命に敬意を払い、その価値を最大限にまで高めるための研究は、キリンの技術力の根源ともいえる「発酵・バイオテクノロジー」へと進展。1981年にライフサイエンス事業(現・医薬事業)に参入する土壌を育んだ。いわば、おいしいビール造りへのこだわりが、世界に誇るバイオ医薬事業の誕生につながったのである。
CSVパーパス※2の一つに「健康」を掲げるキリングループにとって、画期的な新薬を継続的に創出し、治療領域を進化させることは、経営における重点項目でもある。その達成に向けた医領域を牽引しているのが、協和キリンだ。
※2 持続的成長のための経営諸課題(グループ・マテリアリティ・マトリクス)を踏まえ、「酒類メーカーとしての責任」「健康」「コミュニティ」「環境」という4つの重点課題を選定し、重点課題別に今日の社会において期待される役割・存在意義としての指針をまとめたもの。
協和キリンは、キリンビールの医薬事業を継承したキリンファーマと協和発酵工業が合併して2008年に生まれた協和発酵キリンを前身とする製薬企業である。抗体医薬技術を強みとする両社のシナジーにより、最先端のバイオテクノロジーを駆使する研究開発型企業となった協和キリンは、医療課題を解決する独創的な新薬で、日本発のグローバル・スペシャリティファーマとしての存在感をより一層高めている。
その根底にあるのは、「ライフサイエンスとテクノロジーの進歩を追求し、新しい価値の創造により、世界の人々の健康と豊かさに貢献する」という経営理念だ。これを実現するために、協和キリンでは、2030年に向けたビジョンと3つの戦略を掲げている。
協和キリンは、イノベーションへの情熱と多様な個性が輝くチームの力で、
日本発のグローバル・スペシャリティファーマとして
病気と向き合う人々に笑顔をもたらすLife-changingな価値の
継続的な創出を実現します。
抗体技術の進化へ挑戦を続けることに加え、多様なモダリティを駆使し協和キリンの強みを生かした創薬により、有効な治療法のない病気の治療に取り組んでいきます。
医薬品事業で培った疾患に関する知見と最先端の科学・技術の応用に努め、医薬品にとどまらない社会の医療ニーズに応えていきます。
常に信頼され、成長が期待される企業であり続けるため、世界トップクラスの製品品質とオペレーショナルエクセレンスを追求し続けます。
患者さんをはじめ病気と向き合う人々の声に耳を傾けることで、アンメットメディカルニーズ※3を満たす医薬品の提供や、医薬品にとどまらない社会の医療ニーズに対応し、製品品質とオペレーションにおいても信頼される企業となることを目指す。
戦略の1つめは、「アンメットメディカルニーズを満たす医薬品の提供」により、有効な治療法のない病気や未充足の医療ニーズに対応すること。2つめは、「患者さんを中心においた医療ニーズへの対応」として、医薬品にとどまらない社会の医療ニーズにも応えていくこと。そして3つめ、世界トップクラスの製品品質とオペレーションによる「社会からの信頼獲得」が、同社の価値を高める重要な戦略となる。
この3つの取り組みを通じて、「病気と向き合う人々に笑顔をもたらすLife-changingな価値※4の継続的な創出」を実現することが、同社の目指す姿であり、挑戦の原動力ともなっているのだ。
※3 未だ満たされていない医療ニーズ、あるいは未充足の医療ニーズ。
※4 病気と向き合う人々の満たされていない医療ニーズを見出し、その課題を解決するための新たな薬やサービスを創造し、提供することで、患者さんが「生活が劇的に良くなった」と感じ笑顔になること。
製薬企業は、ともすれば「医師・病院中心(Physician/site-centered)」になりやすいため、その警鐘として協和キリンが掲げているのが、「ペイシェントセントリシティ(Patient Centricity)」だ。これは、常に患者さんを中心に据え、患者さんに焦点をあてた対応で、患者さん本人の判断を最大限尊重する、という考え方である。
ペイシェントセントリシティの実践には、患者さんやご家族、介助者などの声に耳を傾け、理解する姿勢が何よりも大切だ。当事者たちと適切な関係性を築きながら協働することで、アンメットメディカルニーズを見い出し、解決に向けた取り組みが初めて可能となるからだ。そのために、同社が力を入れているのが、「ペイシェントアドボカシー」活動である。
アドボカシーは「擁護」「代弁」を意味する言葉。つまりペイシェントアドボカシーとは、「患者さんの立場に立ってその権利を守る」活動を指す。協和キリンは、患者および医師コミュニティとの対話と連携によって疾患に関する正しい理解を社会に促した先に、患者さんによりよい医療と環境が築かれると考えている。その活動の目的は、「未充足の医療ニーズの解決に取り組み、病気と向き合う人々に笑顔をもたらす」ことに他ならない。
いまだ充足されていない疾患領域における医薬品を開発し、世に出すことは、製薬会社の極めて重要なミッションである。継続的な開発や持続的な成長を目指すには、企業価値を高める必要があるが、それは単に財務上の利益追求を意味するのではなく、社会課題に取り組み、それを解決することを意味する。病気と向き合う人々の声を聞き、事業と社会の課題を解決するペイシェントアドボカシー活動は、患者さんと共に創る新たな価値で企業価値の向上を目指す取り組みでもあるのだ。
協和キリンでは、患者団体(患者会・患者支援団体・患者のすべて)の窓口となる、ペイシェントアドボカシーの専任部署を2021年4月に設置。それ以前も、日本では2019年からRare Disease Day (世界希少・難治性疾患の日)や腎臓病をはじめ、様々な領域におけるペイシェントアドボカシー活動を実施してきた。
グローバルな取り組みでは、X染色体連鎖性低リン血症(XLH)※5の認知向上に向けた活動を積極的に展開している。その一つが、協和キリンの欧州子会社Kyowa Kirin Internationalによる、「Shine a Light on XLH」である。
※5 体内のリンが過剰に尿中に排泄されることにより、骨、筋肉、関節の形成不全を引き起こす進行性の遺伝性希少疾患。
同社は、2022年5月16日の「光の国際デー」に、仮想空間を用いたエキシビションブース「Shine a Light on XLH」を開設。芸術と科学が交差するデジタル映像デザインを駆使して、XLHという希少疾患や、その疾患がもたらす生活上の困難など、これまで一般に知られていなかった様々な情報を発信し、患者コミュニティをはじめ多くの人々の注目を集めることに成功した。

エキシビションブース内の部屋を巡りながら、XLH患者さんの動画を見ることができる。「私がXLHだと告白しても、『何それ?』と言われてしまう」「XLHは見た目にはわからない病気なので、理解されにくい」「お医者さんもこの疾患を知らず、大人になってようやく診断された」といった多くの声に耳を傾けることで、XLHという病気と、患者さんが向き合う困難への理解を深めるのが狙いだ。
XLHは2万人に1人といわれる希少疾患のため、専門医が少なく、診断までの道のりも長い。生涯にわたる医療的フォローが必要なことが多いが、疾患の認知度が低い。そのため、患者さんたちは「周囲に理解されにくい」「学校や職場で誤解される」「孤独を感じる」という悩みを抱える。
XLH患者さん11人のストーリーで構成される「Shine a Light on XLH」は、医療従事者や一般社会におけるXLHの認知を高め、疾病に対する適切なケアとサポートの向上につながっている。また、患者さんにとっても、自らの声を届けることができる貴重な場として活用されているという。 「From “for Patients” to “with Patients”(「患者さんのために」から「患者さんとともに」)」を体現するこの取り組みは、まさに協和キリンが目指すペイシェントアドボカシー活動の好例といえるだろう。
ユニークなペイシェントアドボカシー活動の事例は、国内にもある。その一つが、協和キリン九州の営業部門と医療機器メーカーのテルモ株式会社(以下、テルモ)が共同で行う、「腹膜透析患者さんの里帰り」プロジェクトだ。
「腹膜透析」とは、正常に機能しなくなった腎臓の代わりに体内の老廃物や毒素などをろ過する透析治療の一種。施設で透析装置を使って治療する「血液透析」に対し、体内の腹膜を使う腹膜透析は、自宅や職場など日常生活の中で治療を行えるのが特徴だ。本プロジェクトは、この腹膜透析のメリットに着目したところから始まった。
もともと協和キリンとテルモは、15年ほど前から研究・開発、製造・販売において協業を進め、多くの成果を上げてきた実績がある。今回の取り組みもその一環で行われたものだが、より地域の医療コミュニティに近いところにいる営業担当が主体となることで、まったく新しいかたちの患者さん貢献、地域医療貢献を実現した。
地域の患者さんが抱える課題について、当時担当MRであった協和キリン 営業本部 九州支店 北九州営業所の三浦彰太氏は次のように説明する。
「慢性腎臓病(CKD)が進行し末期腎不全に至った患者さんは、地域のかかりつけ医に長年診てもらった後に、別の医療機関で透析治療されるケースがほとんどです。しかし、信頼できるかかりつけ医のもとを離れ、他の病院に転院することに不安を抱く患者さんも多くいらっしゃいます」(三浦氏)
日本における腎代替療法※6の97%は「血液透析」※7であり、維持透析の治療開始にあたっては透析導入病院、維持透析専門クリニックなど、複数の医療機関変更が必要となるケースもある。一方、「腹膜透析」を選択し、医療側の体制を整備すれば、透析導入後は以前から通院しているかかりつけ医に戻って治療を継続して受けることも可能だ。
※6 慢性腎臓病が進行して末期腎不全になったときに、失われた腎臓の機能を補い、その代わりをする治療法のこと。
※7 「わが国の慢性透析療法の現況」(2021 年 12 月 31 日現在)より
「見過ごされがちなこの選択肢を提案することで、患者さんの不安を解消できるのではないか。また、そのためのスキーム構築にはテルモとの協業が不可欠だと考え、本プロジェクトを発足させました」(三浦氏)

複数回の転院が必要となる透析治療において、慢性腎臓病患者さんの不安を軽減する「腹膜透析」連携のスキームを新たに構築した。
この取り組みは、2021年に透析導入病院の医師から課題認識の共有をいただいたことから始まります。まずは透析導入病院の医師、テルモと協和キリンの間で現状の課題をすり合わせ、活動の方向性を模索した。
「腹膜透析には、手厚い後方支援が重要となります。そこで、普段から腎専門医やかかりつけ医との接点が多い当社と、医療機関の看護師や地域医療連携室の担当者との連携機会が多いテルモの特徴・強みを活かし、腹膜透析に関係する医療関係者を幅広くカバーする体制を整えました」(三浦氏)
「腹膜透析患者さんの里帰り」を実現するには、かかりつけ医の協力が必要となるため、本取り組みに共感する県透析医会、市医師会と共催し、腹膜透析の啓発や連携を紹介するセミナーも実施。併せて、かかりつけ医のヒアリングをもとに、課題を共有したうえで専門医との橋渡しを行い、連携を加速させていったという。
協和キリン北九州営業所長(当時)の山城孝司氏は、「テルモと協働し、互いの強みを発揮することで、関係するすべての人に価値をもたらす仕組みを構築できた」と、本プロジェクトの成果を振り返る。
「腹膜透析を選択した患者さんは、これまで通りにかかりつけ医で安心して診療を続けられます。かかりつけ医にとっても、専門医との連携体制が強化されることで、より質の高い医療を提供できるようになりました。また透析導入病院は、患者さんに新たな選択肢を提示することで多様なニーズに対応できるうえ、血液透析の維持管理にかかる負担も軽減され、より専門性の高い診療へ集中することが可能となります」(山城氏)
本プロジェクトは、協和キリンおよびテルモにとっても、連携した各医療機関とそれまで以上に強固な信頼関係を築く好機となった。「今後のさらなる価値創造を提案する土壌が構築され、共創の可能性も広がりました。今回の取り組みにより、Life-changingな価値の創造を通じたCSVを実践できたと自負しています」と山城氏は語る。
協和キリンの営業本部では、病気と向き合う人々に笑顔をもたらす活動として、「Increase Smiles」「Bring the Original Value」「Continue to Challenge」の3つの行動指針を掲げている。患者さんの気持ちに寄り添って生まれた本プロジェクトは、まさに独自の価値創造でたくさんの笑顔を増やす、協和キリンらしい挑戦となった。同社は今後もこの取り組みの継続をはじめ、他地域にも展開することで、より多くの人々に向けた新しい価値を創出していくという。

世界には、いまだ有効な治療方法がなく、患者さんのニーズを満たせていないアンメットメディカルニーズが多く存在する。その課題を解決するために、協和キリンは患者さんを中心においた創薬や、医薬品にとどまらない社会の医療ニーズへの対応に取り組んでいる。同社がペイシェントアドボカシー活動に力を入れる理由も、そこにある。
協和キリンのビジョンにある「Life-changing」という言葉も、実は患者さんから生まれたものだという。同社の医薬品によって病気が改善したことで、「日常生活が一変した」と笑顔を見せた患者さんが、同社の存在意義をあらためて教えてくれたのである。
人生を変え、笑顔になる患者さんを増やすこと。それは協和キリンの切なる願いであり、CSV経営の根幹を成すものだ。その実現に向けて、同社はこれからも患者さんの声を聞き、悩みや課題を解決する方法を様々なコミュニティや団体、医療関係者、グループ各社と協働しながら模索し、コレクティブインパクトにつなげていく。こうした共創の積み重ねが、協和キリンの、そしてキリングループの目指す「食と健康」の新たなよろこびをひろげ、こころ豊かな社会を切り拓いていくに違いない。