中期経営計画の廃止に踏み切るなど、事業構造・組織風土の改革を進めている味の素。今回の日経ビジネスLIVE SPECIAL「X FORUM 2024」では、同社の取締役代表執行役社長の藤江太郎氏を迎え、対談を実施。聞き役を務めた日経ビジネス前発行人の北方雅人に、思い切ったマネジメント手法が語られた。
計画に縛られ、実行力を失う
この悪循環から脱却せよ
2023年、「味の素が中期経営計画を廃止した」というニュースが、大きな話題となったことはまだ記憶に新しい。対談の冒頭、日経ビジネス前発行人の北方はこの決断について触れる。あまたの企業がその策定に疑問を持つことのない、中期経営計画の廃止。その狙いとは何か。藤江氏は次のように答える。「計画中心の経営から、『実行力』を磨き込む経営に変えていくということです」。
藤江氏はそのまま続ける。「私たちはこれまで、中期経営計画を綿密に立ててきました。しかし計画が出来上がると、それで全て終わったような気になってしまっていた。結果、計画を実行する余力も気力も残っていないという、まるで冗談のような状況に陥ってしまっていたのです」。
言うまでもないことだが、議論して計画を立てること自体が悪いわけではない。しかし藤江氏は、こと味の素グループにおいては、「綿密に」中期経営計画を立てることによって生じた新たな課題が、計画することのメリットよりも大きくなってしまったと、赤裸々に振り返る。
「計画を立ててその通りに実行するよりも、目指したい姿を実現するため、常に手を打ち続ける。この『実行力』を磨き続ける方が、よりよい結果が出るのではないかと考えたのです」
今は次に何が起こるか分からないVUCA時代と言われる。中・長期的な計画を進めていく中で、理想と現実とのギャップが生じることは何ら珍しくない。そうした時代においては、藤江氏が自社を評するような「真面目な」企業であればあるほど、このギャップを認識しても手を打つことなく、当初の計画を厳格に実行しようとしてしまう。事実、味の素では2019年まで、中期経営計画で掲げた目標を達成できなかったという。
負のスパイラルから抜け出す、大きな一手。しかしここでもう1つの疑問が浮上する。中期経営計画という「指針」を廃止してからの味の素は、いかにして経営を進めているのか。
[写真左から] 日経BP 日経ビジネス前発行人 北方 雅人、味の素 取締役代表執行役社長 藤江 太郎 氏
社会価値と経済価値を共創
ASVを経営の基本方針に
「ASV経営」の推進――それがこの問いに対する答えだ。
ASVとは「Ajinomoto Group Creating Shared Value」の頭文字を取った造語。社会課題を解決しながら、経済価値を共創していくという、味の素の理念を表すものだ。
つまりASV経営とは、自社の利益追求だけでなく、社会価値の創出も基本方針に置いた経営手法といえる。ASVが理念として社外に表明されたのは2014年のことだが、「その考え方自体は、当社が創業時から掲げてきたものです」(藤江氏)。
ASV経営を推進するための試行錯誤は多岐にわたる。2021年4月に「サステナビリティ諮問会議」を社内に設置したのも、そうした取り組みの1つ。この会議体は同社役員に加え、各分野を代表する社外有識者で構成される。マルチステークホルダー視点で、サステナビリティの見地から企業としてのあり方を議論し、取締役会に答申するものだという。
同会議は現在、2期目を迎える。第1期で提言された、4つのカテゴリーに分類される合計28の「マテリアリティ(重要課題)」をフォローし、実効性を高めていくための議論を行っている。
「例えば、今は健康に関する課題を持った人々が増えています。そこで当社では、2030年までに『10億人の健康寿命を延伸する』というアウトカムの実現を目指し、栄養改善に向けた施策を進めています」(藤江氏)
こうした取り組みを日経ビジネス前発行人の北方も評価する。「サステナビリティ諮問会議設置などの取り組みを通じて、味の素に対する社会の期待を集める。その期待を基に計画をつくり、組織変革を起こして実行していく。期待・計画・実行のサイクルを回すという、ユニークな取り組みと感じます」。
目指すは変革よりも進化
社員の自主性が最重要
ASV経営の推進により、社内の意識は確実に変化していると藤江氏は胸を張る。「社会の声を聴き、それに応えるべく柔軟に実行しなければならない、という方向に、社内全体で変わってきています」。
一方で、こうした問いも考えられる。すなわち既存の取り組みに対して、ある社員が「変えた方がいいのでは」と考えても、実際にその意見を吸い上げ実行に移すのは容易ではないのではないか。この点を北方が指摘すると、藤江氏は次のように答えた。
「確かに難しいと思います。ですので、意見を『吸い上げる』というよりも、社内の声に経営者が『寄り添っていく』ことが大切だと考えています。最前線で頑張っている社員や関係者の皆さんが、熱の入った志を持って取り組みを進められることが最も重要です。その志に経営者の方から寄り添って、様々な対話を行うのです」
藤江氏いわく、実りある対話を実現するコツは「雑談も含め、日頃から対話を行うこと」に尽きるという。「問題や課題を真剣に訴えれば、報われる。こうした雰囲気を醸成するとともに、そうしなければ社会課題の解決は実現し得ないという意識を、社内に浸透させていくのです」(藤江氏)。
もともと、社内で醸成されてきた「手挙げ文化」を、より確固なものにしたいとも話す。「人間は『これをやりなさい』と言われてやるより、自発的に取り組んだ方が、やりがいも、面白さも感じられるものです。だからこそ、社員自らの意思で行動することにつながる『手挙げ文化』の浸透を図っています」(藤江氏)。
「手挙げ文化」の強化については、既に成果も出始めている。例えば同社では社内公募制度を採用しているが、以前は年間の利用者が5〜6人程度だったという。それが2022年には42人にまで増加した。これも「手挙げ文化」浸透による成果の1つだ。
対談の最後、「変革をする上で、リーダーとして大切にしていること」について北方から問われた藤江氏は、「できるだけ“変革”という言葉は使いたくない」と前置きした上で、言葉を続けた。
「『変革しよう』と言って、それがきっかけで変革するケースは少ないですよね。結果として、気付いたら変わっていたというのが、変革だと考えています。やらされるのではなく、自発的に取り組んでいくことが重要です。そのようなマインドを活用して、企業を進化させていくのです。変革というよりは、進化という言葉の方が的確だと思います」
この発言には北方も、人は変われと言われても変わらない、やはり内発的な何かが出てこなくては、と意見を同じにする。社内の自発的な取り組みが重要なことを改めて強調し、対談は締められた。
「味の素はなぜ中期経営計画を廃止したのか」
keynote lecture 2
パナソニックが進める事業と組織の大改革
すべては顧客に向き合うため
商慣習も社内組織も変える



