アジャイル視点でのパートナーとの協創によるトラスト実現へ
では、基礎研究所は具体的にどのような研究活動を行っているのか? 一例として、AIによるトランスフォーメーション(AX)に関する研究活動について聞いた。
「AXに関しては、AIを利用して財務諸表を監査するといった監査法人業務におけるAI利用に限定せず、『社会でAIが活用されていくために、AIに関するどのような“トラスト”が必要になるのか?』というマクロ的な視点で研究活動を行っています」と語るのは山田氏である。
ディスラプティブ(破壊的)な力を持つAIは、企業に大きな競争優位性をもたらす可能性がある。そのため、AIへの関心は年々高まっているが、一方で倫理的な問題や、アウトプットの信頼性に対する問題をどう解決するのかといった点がAI利用推進のボトルネックとなっている。
「差別的な情報やフェイク情報まで拾って、問題のあるアウトプットをしかねないAIをいかにコントロールするのか。制度面でも、技術面でも、確かな制御方法が確立されているとは言えません。そこに『トラストギャップ』があると考えており、私たちは、それを埋めるための研究を続けています」と矢農氏。
日本政府は、サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させ、経済発展と社会課題の解決を両立させるSociety 5.0の実現を提唱しているが、これを実現するためにも、AI利用に関する「トラストギャップ」を埋めていく取り組みは不可欠である。
山田氏は、「法整備によって『トラストギャップ』を埋めていく方法もありますが、立法には長い時間がかかります。AIのような変化の速い領域においては、俊敏(アジャイル)な対応ができる自主規制や品質・認証規格、第三者保証など、法規制以外の方法も組み合わせて考える必要があります。そうした中で、どのような組み合わせが有効なのかを研究しています」と語る。
AXについては、TICを通じて同法人の他のチーム、さらには、学術機関や企業など、同法人外のエコシステムと連携しながら研究活動を行っているという。
矢農氏は、「AIを取り巻くエコシステムの中では、国家によるAI規制に関する議論も進展していますが、一方で我々監査法人のような保証サービスの提供者が役割を果たすことができる領域もあると考えています。アジャイルな視点で様々なパートナーと協創することによって、AXの中での『トラスト』の実現に貢献していきたい」と語る。
10年先を見越して、「トラスト」社会の構築に貢献
基礎研究所が長年取り組んでいるもう1つの重要テーマが、SXと「トラスト」との関わりである。
企業が経済価値だけでなく環境・社会価値を追求することが、市民やマーケットから評価されるようになった今日、サステナビリティに関する活動およびその報告は欠かせないものになっている。国際的にサステナビリティ報告に関する法制化が進み、報告に対して第三者保証を義務付ける動きも広がってきている。
そこで課題となるのが、報告すべき活動の範囲だ。
「自社の活動だけでなく、サプライヤーや人的資本などの“上流”、さらには物流や最終消費者などの“下流”まで、バリューチェーン全体がどれだけサステナブルかという点に関心が向けられるようになっています。バリューチェーン全体を俯瞰すると、『トラストギャップ』があちこちに広がっており、それを埋めるための方法が求められているのです」と山田氏は語る。
基礎研究所は、未来の監査業務のあり方として、企業の経済活動だけでなく、環境・社会活動についても、バリューチェーン全体にわたる「トラスト」を形成するための方法を研究しているという。
「バリューチェーン全体にわたる保証を行うためには、保証サービス提供者の適切な連携も必要になります。他のプレーヤーも巻き込んで、サステナビリティ報告に対するトラスト形成のためのエコシステムを形成することも重要な研究テーマの一つです。10年先を見越して、社会の変化の中で発生する空白域を予想し、それらを埋めるための考え方を研究しています」と山田氏は説明する。
他のX(トランスフォーメーション)にも言えることだが、SXとAXには相互に関連し、作用し合う部分もある。例えば、企業が発信するサステナビリティ情報は、AIなどの新しいテクノロジーによって利用価値が高められることも多い。
矢農氏は、「様々なX(トランスフォーメーション)が重なり合うことで、『トラストギャップ』もどんどん増え続けています。10年先を見越して、社会の変化の中で発生する新たなトラストニーズに対応し、『トラスト』社会の構築に貢献するための考え方を追求していきたい。『社会における信頼を構築し、重要な課題を解決する』というPwCのパーパスに沿って、法人内外のパートナーと共に研究活動を続けていきます」と抱負を語った。