新連載「日本の2050年をデザインする」では、様々な分野の第一人者が登場して討論の中から未来の姿を描き出す。第1回は、大阪大学教授の堂目卓生氏と株式会社企代表取締役のクロサカタツヤ氏を迎え、伊藤忠テクノソリューションズ(CTC)みらい研究所長の富士榮尚寛氏とともに、テクノロジーが急激な進化を遂げる中、国や社会、経済、暮らし、人々の関係性はどう変わるのかを議論した。
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- 日経BP 総合研究所所長河井保博氏
共助経済の実現で社会観を転換すべき
――まず2050年の未来社会について、どのように考えているか、お話しください。
堂目財やサービスを生産して、それを分配するという社会のモデル、あるいはそれを良しとする社会観を考え直さなければいけないと思っています。
産業革命以降、私たちの社会では、財、サービス、知識といったものの生産に注力し、経済成長を求めて、それらの増大を推し進めてきました。生産に貢献する人が「有能」と見なされ、社会の中心に置かれ、生産に貢献していない人は「弱者」として周辺に追いやられる社会です。最近、「包摂(インクルージョン)」という言葉がよく使われますが、これも有能な人の目線で、弱者を仲間に入れてあげるという考え方の上に成り立っています。
大阪大学大学院経済研究科教授
堂目卓生氏
「誰もが助けを必要とするし、助ける側と助けられる側は逆転し得る」と述べる堂目卓生氏
こうした、財やサービスの生産を中心に置いてきた結果として、今の社会の問題があります。気候変動をはじめとする環境問題しかり、人のいのちや長い時間をかけて構築したインフラを一瞬にして破壊してしまう戦争しかりです。
私たちは、こうした事態に陥らないように努めると同時に、すでに起こってしまっている、あるいは今後さらに深刻さを増していきそうな社会の様々な課題を解決していかなければなりません。そのためには、従来と違う社会観に基づいて活動していく必要があります。
2050 年の社会に向けて私が必要だと考えているのは、「助けを必要とする“いのち”」と「助ける“いのち”」が助け合う社会です。中心に置かれるのは助けを必要とするいのちであり、これには人間だけでなく、人間以外の生物のいのち、そして地球も含みます。重要なのは、助けを必要とする側と助ける側は、立場やシチュエーションによって入れ替わるということです。
図1 助ける立場の人が中心にいる近代社会から、助けを必要とするいのちを中心に置く未来へ
新型コロナウイルス感染症の流行期に、「健康でお金も知識もあり、人を助けてあげられる」と思っていたのに、「突然、自分が助けられる立場になった」という経験をした人は少なくないでしょう。災害や紛争でも同様です。誰もが助けを必要とするし、助ける側と助けられる側は逆転し得るのです。国連の持続可能な開発目標(SDGs)が「誰一人取り残さない」としているのは、助けを必要とするいのちを中心にしようというメッセージです。このように、助ける側と助けられる側が入れ替わりながら助け合う社会、これが私の目指す社会です。
テクノロジーとデータの質にギャップが広がる
――クロサカさんのお考えはいかがですか。
クロサカ今はテクノロジーや手段がどうかということよりも、人間のあり方が問われている時代だと思います。テクノロジーは進化し続けますし、その影響から逃れることは困難です。とはいえ、テクノロジーの進化は、放っておくと暴走しかねません。ですから、テクノロジーと社会や人間がどのように調和できるかをいろいろな観点から考える必要があります。
インターネットが一般に普及したのが1990年前後、スマートフォンの登場と普及が2010年前後と考えると、おおよそ20 年刻みで社会を大きく変えるテクノロジーが出てきています。そのたびに私たちは、それ以前にはなかった新しい「自由」を手に入れています。
株式会社企(くわだて)社長
クロサカタツヤ氏
「デジタル化の担い手に信頼がおけるかどうかが重要」と語るクロサカタツヤ氏
次のフェーズとなる2030年頃に登場が予想されているのは、脳と機械を接続するブレイン・マシン・インターフェースです。この技術のフロントランナーの一人がイーロン・マスクですね。人間が電気信号によって外部からコントロールされるのは怖いと感じますが、脳機能障害の改善を謳われると、高齢化社会の課題解決に期待を寄せる向きも出てくるでしょう。また、インターネットやスマートフォンを生活の中で手放せない状況からすると、すでにデジタル空間と脳は事実上接続されているとさえ考えられます。
もう一つ注目しているのが「デジタルツイン」です。現実の空間にある人や物をサイバースペースに再現して、より効率的、機能的に動かしていこうとする技術です。今後、効率を高めることがよいことなのかどうかを含め、合意形成が進められていくでしょう。
そして2050年はさらに次の周期にあたり、その延長線上にあるテクノロジーが登場すると思っています。こうしたデジタル化はゴールがなく、数百年にわたって続いていくかもしれません。2030 年、2050 年は、人間が今とは違ったさらなる自由を手に入れるために何をすべきかを構想する時代だと考えます。
図2 デジタルツインで効率を高める
懸念もあります。その一つは、データの品質です。現在でもデジタル空間内にあるデータのうち本物は1 割に過ぎず、残りは“劣化コピー” だといわれます。この状態のままデータが増えていくと、テクノロジーの進歩とデータの質にギャップが拡大しかねず、それだけにデジタル化の担い手に信頼をおけるかどうかが重要になってきます。責任を明確化し、同じ価値観を持つ人たちと仲間になるような土台がなければ、2050年はおろか2030年でさえ、デジタルに対する信頼感が失われ、未来が危うくなるでしょう。
富士榮堂目先生が示された共助とクロサカさんのお話にあったテクノロジーの進化には近い関係性がありそうです。共助という関係性を保つには、助けを必要とする“いのち” が可視化されなければなりません。インターネットの世界ではWeb1.0からWeb2.0への進歩の中で情報発信の双方向性が生まれてきました。結果として、共感や信頼の表現が可能になり、それらをベースにした経済活動につながっていくのは良い未来の姿だと考えます。ただ、インターネットには功罪があって、半面では見るべきものと実際に見られているものにギャップがあり、私たちが目にする情報の多くはプラットフォーマーなどに依存していますし、個人が発信するデータの信頼性・信ぴょう性についてはしばしば問題となっています。データの信頼性・信ぴょう性を高め、それを共助に生かすことが今後、重要なアジェンダになっていきます。
CTC みらい研究所 所長
富士榮尚寛氏
「あるべき姿について、自分の頭で考えていくことが重要」と指摘する富士榮尚寬氏
国や宗教を超えた個人の連帯で共感を生み出せ
――未来社会に向けて、どうすれば共助が成立していくのか、私たちは何をしなければならないのかが気になります。
堂目そうした企業の活動にも支えが不可欠で、それには、共助に貢献する企業の取り組みを可視化し、投資家による投資、消費者による商品の購入、労働者の就職を促さなければなりません。可視化やマッチングの役割を果たすのは、政府、企業、大学、NPO(Non-Profit Organization)といった、いわば「中間組織」です。企業と政府、中間組織が連携して人々の共感を広げ、つないでいくことになります。奪い合いではなく、分け合うことが大切です。
今、世界では政治の問題も起きていますね。3度目の世界大戦などディストピアの到来を避けたいと思うなら、国や組織、文化、宗教といった従来の社会観の枠組みを超え、共感する個人がつながっていかなければなりません。交流を深めながら2050 年までに新しい枠組みを作っていければよいと考えています。デジタル技術は物理的な空間を超えられるので、大きな進歩につながります。
クロサカ国を超えた共感について、私も同様に考えています。インターネットの技術や政策について仕事で関わっていますが、そもそもインターネットは国境がない空間です。堂目先生が指摘されたように、価値観が違っていても、国や立場を超えて話をしたり、意気投合したりする機会を作って交流を拡大していくことが大切だと考えています。
富士榮インターネットは新しいフロンティアと言われており、プラットフォーマーが物理的な国家に替わり得る存在になってきているという意見もあります。従来、私たちは自然権を物理的な国家に渡すことで争いを回避してきたわけですが、今度はプラットフォーマーに何を引き渡さないといけないのか、それを自己責任ということで個人に押し付けてしまってよいのかなど、考えなければならないことは多数あります。また、今の米国のように国家がナショナリズムに傾倒しプラットフォーマーさえも取り込もうとしている状況において、私たちのようなテクノロジーに関わる人間はテクノロジーや政策、ガバナンスのあるべき姿について、自分の頭で考えていくことが重要だと思っています。
クロサカポイントは、分断された世界で、インターネットを使ってNPO やNGO(Non-govermental Organization)、大学などの中間組織がいかに連携していけるかです。まず、やるべきことは中間組織のネットワーク化とデータの選別でしょう。2050 年に実現できるのか、もっと先になるのかはわかりませんが、今から取り組んでいかなければなりません。
――最後に、2050 年の未来社会に向けた想いを教えてください。
クロサカ次の世代にできるだけ多くの価値ある営みを渡していくことを心がけたいです。社会や人間を楽しいものにしていきたいというインセンティブを強く持っているので、自発的に動ける環境を作ることが、私が果たさなければならない責任です。研究、ビジネス、規制など、できることはわずかでも実践していきたいと思います。
富士榮経済活動をしている企業として、若い世代にどのように機会を与えていくかを考えていかなければなりません。夢と希望を持って入社する若者が歯車にならないように力づけていく。そのため、テクノロジーとともに、アカデミアやシンクタンクの方、広い視点を持った方と連携してコミュニティを作り、若者を育てていくことで望ましい社会にできると考えています。私たち みらい研究所は企業内にありますが、中間組織に近い中立的な動き方を志すことで未来の社会の形成に貢献していきたいと考えています。
堂目人を育てるには、心に火をともして自分のエネルギーを見せつけることです。教師としてどれだけ若者をサポートしようとしても、こちらが本気でなければついてきません。年齢にかかわらず失敗してもかまわない。失敗したら次の世代が後からやってくれます。ですから、「主役の座はまだ渡さないぞ」という気概が必要です。
――本日はありがとうございました。