肥後銀行(本社:熊本県熊本市、代表取締役頭取 笠原慶久)は2024年1月、CO2排出量算定システム「Zero-Carbon-System(炭削(たんさく)くん)」の外部へのサービス提供を開始した。炭削くんは、肥後銀行がベトナムICTのリーディングカンパニーであるFPTの海外リソースを初めて活用して構築した。日本での窓口になったのは、FPTの日本法人であるFPTコンサルティングジャパン(以下、FCJという)だ。肥後銀行がベトナムでのオフシュア開発に踏み切った理由は何なのか。当時、肥後銀行経営企画部長であった桐原健寿氏(現取締役常務執行役員)、現経営企画部長の前田憲志氏、炭削くん外部提供主担当の経営企画部サステナビリティ推進室副企画役の玉木孝次郎氏、FCJ執行役員エグゼクティブディレクターの川上剛寛氏に話を聞いた。
——今回、CO2排出量算定システム「炭削くん」を構築することになった経緯を教えてください。
桐原:当行は九州フィナンシャルグループの銀行です。九州フィナンシャルグループは理念として「地域価値共創グループへの進化」を掲げています。これは、金融サービスを単に提供するだけでなく、地域の持続的な発展に向けて地域経済やお客様の収益を高めていくことを目指すものです。CO2排出量の可視化もその一環だと考えています。
前田:銀行は一般的に利益や預貸金のボリュームについて目標を掲げますが、現在当行ではそれを第一義的な目標として設定していません。24年からの中期経営計画では、「地域内総生産額(GRP)」や法人のお客様の経常利益増加率、個人のお客様の金融資産増加率など、地域経済やお客様の持続的成長や資産形成を支援するKPI(重要業績評価指標)として設定しています。
桐原:お客様や地域の皆さまとともに、お客様の資産や事業、地域の産業や自然・文化を育て、を守り、引き継ぐことが私たちグループのパーパス(存在意義)です。そのためには地域経済やお客様の課題解決が不可欠であり、気候変動リスク軽減にはCO2排出量削減は避けて通れません。当行は18年に「サステナビリティ推進室」を設置し、20年からはSDGsコンサルティングも提供してきました。「炭削くん」はその流れをさらに強化するものです。

肥後銀行
取締役常務執行役員
桐原 健寿氏
玉木:熊本県では21年に熊本市や当行をはじめとした金融機関と連携し「熊本県SDGs登録制度」を開始しました。この制度は県内の多くの企業がSDGsに取り組む契機となり、現在では約2300社が登録されています。登録企業の中には当行のコンサルティングをご利用いただいているところもございます。
桐原:熊本地震や豪雨災害を経験したことで、地域企業に「持続的な経営」の必要性が強く根づきました。私たち九州フィナンシャルグループでは、30年までにScope1と呼ばれる直接排出量と、Scope2と呼ばれる間接排出量について、カーボンニュートラルを達成することを掲げています。
これまでの300社以上のSDGsコンサルティングを行う中で、カーボンニュートラルへ取り組みもご支援してきました。当初は、CO2排出量算定にはエクセル表で簡易的な計算シートでご提供していました。
しかし、コンサルティングを進める中で、法人のお客様自身がCO2排出量を測定し、可視化することが重要だと考えるようになりました。そこで、お客様に役立つ良いシステムやサービスを探し、ビジネスマッチングなどでご紹介しようと試みましたが、いずれも導入するには価格が高すぎるという課題がありました。「これでは、カーボンニュートラルに向けたCO2排出量削減の取り組み自体に持続可能性がなくなってしまう」と考え、自分たちでシステム構築し、低価格で提供しようと決意しました。
——今回のシステム開発をFPTに依頼した理由を教えてください。
桐原: 22年にCO2排出量可視化のためのシステム開発を検討し始めたのですが、私たちだけで内製化するのは難しく、外注するにしてもコストが高いことが課題でした。当時は、デジタルトランスフォーメーション(DX)の機運が高まりSE不足と物価も上昇する中で、国内ベンダーによるシステム開発は価格が高騰し始めていました。
そのような課題を抱いている中で、当時、経営企画部サステナビリティ推進室長であった大野室長(現地域振興部長)とFCJの川上氏が大学の同級生だったというご縁で、川上氏にお会いすることができました。そこで、FPTグループの会社概要や様々なシステム開発の実績をお伺いし、「今後何かでご一緒にビジネスをしましょう」という話になりました。
私はその時に、CO2排出量可視化のシステム構築をFPTグループにお願いできないかと考えていました。FCJを含め、FPTグループのシステム開発力が世界的に非常に高いという評判を以前から耳にしていたことに加え、川上氏の話を伺い、信頼できるパートナーと判断したためです。国内のITベンダーに間に入ってもらうという形もありますが、それではコストが上がってしまうため、FPTに直接発注することを決めました。
——FPT以外のベンダーも検討されたのですか。
桐原:既存のCO2排出量算定システムも、利用できるものは可能な限り試しましたが、お客様にご利用いただくにはやはり価格が高過ぎるという結論に至りました。
前田:当行は、SDGsコンサルティングおよびカーボンニュートラルコンサルティングからサステナブルファイナンスまで一気通貫でサービスを提供したいと考えていました。その考えに沿えば、他社システムに頼ったり、他ベンダーにお任せたりといった工程が入ると、一貫性が弱まるとも感じました。やはり、システムは自社開発しようということになりました。

肥後銀行
経営企画部長
前田 憲志氏
川上:肥後銀行がいろいろなシステムを試される中で、当社が他企業と開発したCO2排出量算定システムもお使いいただきました。1カ月くらいお使いいただいて、「このまま提供するのではなく、いろいろな機能を加えたい」とお話をいただきました。
そういった経緯で、肥後銀行として独自システムを開発することが決まりました。コスト面に加え、我々に直近でCO2排出量可視化のシステムを構築した経験があったこと、FPTもCO2排出量可視化システムを既に海外で提供するなどノウハウが豊富にあったことなどを含め、高くご評価いただいたと考えています。
桐原:私たちもシステムを開発する以前からSDGsコンサルを通じて、CO2排出量算定についての知見を蓄えていました。「金融機関としてこういった仕様のシステムが必要だ」という明確な要件があったため、それを実現したいと考え、自社開発にこだわりました。
——ベトナム資本のベンダーに依頼する、ということに対して行内でハードルはありませんでしたか。
桐原:私は部長として経営企画部に着任する前は、IT部門の経験が長くシステム開発に関する知識も幅広くありました。また当行の経営陣も19年度からデジタルイノベーション委員会を設置しDX投資への理解も深かったため、経営会議では「FPTグループに依頼したい」という狙いを説明し、理解してもらううことができました。
ベトナムの海外リソースを使い開発するのは初めての試みでしたので不安もありました。ですが、FPTには日本人や日本語が堪能なベトナム人が多数在籍していましたし、SEとのコミュニケーションの際は、日本にいるブリッジSEが間に入ってサポートしてくれたため、スムーズに開発を進めることができました。
——炭削くんは23年7月に稼働し、24年1月から外部提供をスタートしています。25年3月には導入実績が4000先を突破したという発表もありました。リリース後の成果について、どう評価していますか。
前田:当初は熊本県内のお客様にご利用いただければと思っていましたが、開発を進めるうちに、「このシステムは自信を持ってお客様に提供できるし、全国の中小企業のCO2排出量可視化という課題を解決できる」と考えるようになりました。
今後も多くの企業にご利用いただけるよう取り組んで行きたいと考えています。
——東北銀行や福岡銀行など、他の金融機関の導入も増えています。金融機関に提供する場合は、一般企業とは違いがあるのでしょうか。
前田:ホワイトラベルでご導入いただき、その金融機関のお客様にご提供いただく場合と、ビジネスマッチングで炭削くんをご紹介いただく場合があります。当行でも炭削くんをインターネット経由で直接利用できるサービスを提供していますので、お客様からご照会をいただいた場合は直接サービスをご提供しています。既に、当行のサービスとして直接利用されているお客様が全国にいらっしゃる状況です。
玉木:炭削くんをご導入いただく金融機関は25年度中に5行になる見込みです。
前田: 24年からこれまで、炭削くんをほとんどの地域金融機関にご提案しました。いろいろなシステムを試した後で、改めて「炭削くんは高機能で低価格だ」とご評価いただき、お声かけいただける機会が最近増えている状況です。

肥後銀行
経営企画部 サステナビリティ推進室
副企画役
玉木 孝次郎氏
——リリース後に追加した機能について教えてください。
玉木:様々な機能を追加しています。直近25年5月には「FE(ファイナンス・ド・エミッション)算定機能」を追加しました。これは金融機関の投融資先のCO2排出量を算定するための機能です。
前田:この機能に限らず、リリース後の機能変更・追加や制度変更などにも対応できるよう、アジャイル開発で拡張を続けています。UIやUXの改善も進めており、より使いやすいサービスを目指しています。
——今後の展望を教えてください。
玉木:データが蓄積されれば、業種ごとの比較やベンチマークが可能になります。その結果をお客様に還元したり、新しいサービスの提供につなげたりしていきたいと考えています。
桐原:具体的には、金融スコアリングや新たな金融商品のご提供につなげられるのではないか、と考えています。

FPTコンサルティングジャパン
執行役員
エグゼクティブディレクター
川上 剛寛氏
——炭削くん以外にも、FPTにシステム開発を依頼する構想はありますか。
桐原: 25年6月にタッチ決済アプリ「くまモン!Pay」をリリースしました。くまモン!PayはVisaやIDに対応したバーチャルプリペイドカードです。この追加機能として、QR決済やデジタル商品券の搭載を予定しており、この2次フェーズ開発にFPTも加わっていただいています。
さらに、行内の業務フロー改善やグループ会社のシステムのモダナイゼーションなど、幅広い協力を視野に入れています。
炭削くんを開発する間に、私たちもベトナムの開発拠点を訪れ、FPTの8万人規模のすごさに大きな可能性を感じました。今後さらに人員を増員するとのことですので、FPTと共に新たな価値を創出していくことに期待しています。
前田:当行のお客様には、ベトナム進出を検討している企業もいらっしゃいますので、そうした企業への支援についてもFPTのご協力を期待しています。
川上:FPTグループとして、肥後銀行との関係はシステム開発以外にも深くなっています。当社メンバーが肥後銀行の東京支店とやり取りさせていただき、ファイナンス面についてもご支援いただくようになりました。今後はより包括的なパートナーシップを築けたらと願っています。