

保険業法の改正などを受け、日本でも注目が高まる「リスクマネジャー」。リスクを特定し、分析、評価を行う専門家であり、企業経営や保険手配を含むリスク戦略策定の上で役割を果たすことが期待されている。リスクマネジメント組織内に社内の保険専門家を配置し、リスクマネジメント体制を強化しているクラレの例から、グローバルリスクマネジメントの高度化に欠かせないリスクマネジャー像に迫る。

株式会社クラレ
サステナビリティ推進本部
サステナビリティ推進部
リスク・コンプライアンスグループ
主管
松澤 さやか 氏(左)
2008年クラレ入社。原料購買を経て総務部にて海外危機管理、本社移転業務等に従事。2019年から保険業務も担当。2024年リスクマネジメント部門に保険業務ごと異動し、現在に至る。
マーシュ ブローカー ジャパン
株式会社
シニアバイスプレジデント
チームリーダー
グローバルリスクマネジメント
原 智昭 氏(右)
2014年マーシュ ジャパンに入社。主に日系グローバル企業のリスクマネジメント戦略およびリスクファイナンス戦略の策定に従事。カントリーセールスリーダーとして、全社的なセールス戦略策定にも従事する。2024年から現職。
原氏:松澤さんはクラレで保険の専門家としてリスクマネジメントに当たられています。今のポジションに就かれた経緯を教えてください。
松澤氏:2019年に、当時所属していた総務部で他複数の業務の内の一つとして保険業務も担当することになりました。数年かけて経験を積んでいく中で、会社のリスクをより広く深く理解した上での保険運用の必要性を感じるようになりました。当時の上司に相談をし、まず総務部とリスク・コンプライアンスグループとで情報共有をすることから始めました。半年ほどかけて互いの業務内容や課題認識、リソースなどを共有し、保険業務とリスクマネジメントは別々ではなく統合して高めていくことが必要だという認識に至りました。その後、私が2024年1月にリスク・コンプライアンスグループに異動し、以来、社内保険専門家として、リスクマネジメント業務に当たっています。会社の正式な役職名ではありませんが、分かりやすい呼称だと思うので、「保険リスクマネジャー」ですと自己紹介することもあります。
原氏:保険リスクマネジャーという立場に変わったことで、仕事はやりやすくなりましたか。
松澤氏:そう感じます。同じ本部に法務や化学物質管理をする部署もあるので、それらに関連する社内のリスク情報共有が円滑になり、将来必要となりそうな保険も予測しやすくなっています。またPARIMA(Pan-Asia Risk and Insurance Management Association)の会合などへの参加、他社の担当者との情報交換もスムーズに行えています。私自身、足を使って積極的な情報収集を心掛けていますね。先日も欧米の当社グループ各社を行脚し、従来であれば保険の話しかできなかったところを、リスクも絡めて幅広く議論できるようになりました。
原氏:今お話しされていた「社内の情報共有」は、日本企業がリスクマネジメントを高度化する上での大きな課題です。リスクマネジメントで先行している欧米の企業と日本企業の大きな違いの一つは、組織体制です。組織が縦割りであるため情報共有ができず、経営戦略とリスクマネジメントとの統合も、全社的な保険戦略の策定も困難な状態にあるのです。リスクスコープが日本国内のみ、かつリスクの事後対応に傾注しているためリスクの定量化が不十分であることもその一端ですね。
しかしリスクマネジャーという役職を置くことで、リスクや保険という切り口から組織に横串を通すことが可能となります。それが、全社的なリスクの洗い出しと優先順位付け、リスクコントロールとリスクファイナンスを統合した全社的な戦略の策定、グローバルでのトータルコスト最小化など様々なメリットをもたらすのです。不確実性の時代、松澤さんのような保険の専門知識を有しつつ、リスクマネジメント全体プロセスに関与する人材の存在は欠かせません。
松澤氏:クラレではリスク情報を一元管理する体制はできていますが、その情報の効率的な集め方や膨大な情報をどう活用していくかが課題と考えています。また当社のリスクマネジメントを高度化していくにはどうしたらよいか考えるため、今年から各事業部門や工場のリスクマネジメント責任者(事業部門のトップ、工場のトップ、グループ会社社長)を個別訪問してヒアリングしています。
原氏:リスクをテーマにした社内の活発なコミュニケーションは必要ですよね。多くの日本企業がまだリスクマネジャーのような専門性の高いポジションを定義できず、役割を果たせる人材の育成に着手していないのも、その重要性を認識できていないからでしょう。リスクマネジメントを経営課題化すれば戦略に基づき組織が変わり、リスクカルチャーも醸成されていきます。まず経営者からの理解を得ることが重要であり、その際、有効になるのがリスクの定量化やリスクシナリオの提示です。中立な保険ブローカーの立場で、そのような支援をするケースも徐々に増えてきています。
松澤氏:リスク定量化にはデータ分析力やモデリング技術が必要で、当社では定量化が難しいリスクも多数存在します。この課題を解決するためにマーシュに支援していただけるのは心強いです。
原氏:保険について高い専門性を有する方はまだ少ないのが現状ですが、松澤さんは、全社のリスクや保険に関わる仕事の使命感や醍醐味をどのように感じていますか。
松澤氏:会社を大きな損失から守ることができる立場ですので、情熱を持って取り組んでいます。リスクも保険も変化が激しく、日々の学びは欠かせませんが、企業において保険の専門知識を有している人材は少ない印象です。研さんを積めばパイオニアとしての評価を得られますし、他社のリスクマネジャーの方々との情報交換から学ぶことも多く、それも情熱の燃料になっています。
原氏:日本企業のリスクマネジメント体制構築に欠かせないリスクマネジャーは、目まぐるしく変化するリスクに向き合うやりがいや楽しさのある仕事と言えるでしょう。また今後より高い専門性を求められる職種と認識しており、法務や経理と同様、部門異動のない専門職として人材育成に取り組む必要性を感じています。私たちは、松澤さんのような専門性と情熱を持つ方々を支援しながら、日本企業のリスクマネジメントの高度化、競争力向上に貢献していきたいと思っています。
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