対話型AIの登場で、世界中でにわかに「生成AIブーム」が巻き起こったのは2022年の秋。たった3年足らずの間で、AIや生成AIは驚くほどの進化を遂げている。
「世界では米国を筆頭に、中国、欧州などのAI先進諸国が熾烈な開発競争でしのぎを削っています。LLM(大規模言語モデル)によるテキスト生成に、外部情報の検索を組み合わせて回答精度を高めるRAG(検索拡張生成)や、テキストだけでなく、動画、画像などを生成するマルチモーダルAIの開発、LLMとSLM(小規模言語モデル)を連結させたMoE(Mixture of Experts)の開発、論理的推論能力の強化など、いち早く技術を確立して実権を握ろうとする覇権争いが繰り広げられているのです」
そう語るのは、中央大学 国際情報学部国際情報学科教授で、東京大学名誉教授でもある須藤修氏である。
そうした世界の動きに対し、後れを取っているのが日本であるという。
AIの開発には、高性能のスーパーコンピューター(スパコン)や、その構築に欠かせない最先端半導体、AIモデルそのものの開発技術などが必要だが、AI先進諸国では国や企業が投入する予算と人材が圧倒的に多い。「一方日本はというと、25年度予算で、以前よりかは比較的大規模な予算をAIの開発や人材育成に投入する予定のようですが、それでも世界に追いつくにはまだ遠く、その差は開いている印象です。それほど世界のAIに対する投資はアグレッシブで、覇権争いを勝ち抜こうとする勢いは強烈なのです」と須藤教授は指摘する。
日本がAI開発で後れを取っているのは、その利活用の仕方が海外に比べて保守的であることも背景にありそうだ。
「生成AIの普及とともに、社内業務の効率化や、簡単な情報収集などに利用する日本の企業は着実に増えてきました。しかし、AIを使って新しいサービスを開発したり、ビジネスモデルを大きく変えようとしたりする動きはあまり見られず、それが国内のAI開発を遅らせている要因の一つになっていると考えられます」
そう語るのは、PwC Japan有限責任監査法人のパートナーで、会計監査におけるAI活用を研究している同法人のAI監査研究所の所長を務める伊藤公一氏だ。
PwC Japanグループが実施した国際サーベイ※1でも、例えば米国企業は新サービスの開発や収益拡大のためにAIを活用する傾向が強いのに対し、日本企業は社内業務の効率化などに活用範囲が限定されがちであることが明らかになっている。
「必要は発明の母」と言われるように、新しい技術やサービスが生まれるためには、人々がその必要性を強く感じる必要がある。しかし、日本は必ずしもニーズがないわけではない。むしろ、新しい技術に対して保守的な姿勢が根強く、それがイノベーション、とくにAI分野において「AI後進国」と呼ばれる現状を生み出していると思われる。
また、近年の世界情勢や気候変動などの問題は年々増加、深刻化しており、世界の「地政学リスク」は急速な高まりを見せている。AIを巡る各国の覇権争いについても、「地政学に基づく考察が必要だ」と須藤教授は語る。
「例えば、AIの利活用が進むにつれ、そのアウトプットの確からしさや信頼性をどうやって担保するのか?という『AIガバナンス』の議論が世界中で巻き起こっています。米国や欧州の動きを見ると、利活用の促進との両輪で推進すべきAIガバナンスの強化についても、地政学の観点から取り組むべきだという声が強まりつつあるのです。そうした動きをいかにキャッチアップするかということも、日本がAI領域でプレゼンスを発揮するための重要な取り組みとなるでしょう」(須藤教授)
PwC Japanグループでは日本企業向けに地政学リスクマネジメント対応支援※2を行っており、PwC Japan有限責任監査法人も、AIガバナンスは「地政学リスク回避の観点から取り組むべきだ」と提言する。
「あらゆるビジネスがグローバルサプライチェーンで成り立っている今日、1つのサプライヤーが利用するAIやその使い方への信頼性が揺らぐと、ビジネス全体が致命的な打撃を受けてしまう恐れがあります。AIガバナンスの強化に向けては、国ごと、企業ごとなどの取り組みがありますが、企業レベルにおいても地政学リスク回避の観点から対策に臨まないと、本質的な課題解決にはたどり着けないと考えます」
そう語るのは、PwC Japan有限責任監査法人の執行役 パートナーで、トラストサービス開発推進部に所属する宮村和谷氏だ。
では、国レベルにおけるAIガバナンス強化の枠組みは、どう形成すればいいのか。
須藤教授が提唱するのは、国や企業だけでなく、市民や専門家など、あらゆる当事者がガバナンスの策定に参画する「マルチステークホルダーモデル」の採用だ。
「AIは、作り手であっても勝手に進化を遂げていく中身を把握し切れない“ブラックボックス”なので、企業だけが説明責任を負うことには限界があります。使い手である消費者や、その消費者を育てる教育者、ルール作りを助言する法学者など、あらゆるステークホルダーがAIガバナンス強化のための責任を共有し、一緒に創り上げていく必要があると考えています」(須藤教授)