
「共創」が加速する一方、連携が一過性に終わるなど課題も残る。
自前主義の限界があらわになる中、何が壁となり、どこに突破口があるのか。
経営学者の入山章栄氏、新規事業家の守屋実氏、宇宙・AI分野の最前線を走るスペースシフトの金本成生氏、
そしてTMIPを支える三菱地所の榑林康治氏が、新産業創出の現在地とヒントを語り合った。
入山章栄氏(以下、入山):日本経済にようやく追い風が吹いてきました。AI時代の本格化とグローバルな地政学リスクによって、半導体工場をはじめ、ものづくりの拠点が国内に集結し始めています。ハードウエアや電力供給網が脚光を浴び、製造業が復権しつつあるのです。アニメやゲームなど世界屈指の知的財産のほか、日本の強みであった「現場力」もAIによる効率化でポテンシャルが解放されていくでしょう。パラダイムシフトの中、大企業とスタートアップが混ざり合い、新たな価値を生み出す「共創」の重要性はかつてないほど高まっています。


入山 章栄 氏
慶應義塾大学大学院経済学研究科修士課程修了後、米ピッツバーグ大学経営大学院からPh.D.を取得。米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授。2019年から現職。専門は経営学。国際的な主要経営学術誌に論文を多数発表。
守屋実氏(以下、守屋):大企業は「やるやる詐欺」、スタートアップは「できるできる詐欺」という不幸なミスマッチの時代は終わりました。大企業側の新規事業の人格が育ち、具体的な案件を提示し始めたことで、本物のマッチングが回り始めたのです。

守屋 実 氏
ミスミを経てミスミ創業者・田口弘氏と新規事業開発専門会社エムアウト創業。2010年に守屋実事務所設立。ラクスル、ケアプロの創業に副社長として参画。2018年にブティックス、ラクスルが2カ月連続上場。JAXAのアドバイザー、内閣府有識者委員などを歴任。

金本成生氏(以下、金本):宇宙スタートアップを17年経営してきましたが、ここ数年で大企業の姿勢が劇的に変わりました。宇宙ビジネスは2035年には世界で400兆円市場に達すると予測されており、日本政府も大規模投資を打ち出しています。巨大な成長領域への期待が大企業の本気度を引き上げたのでしょう。以前は「何か宇宙で面白いことを」といった抽象的な相談が多かったのですが、今は「衛星データで水道管の漏水を検知したい」など、課題が極めて具体的です。
入山:コーポレートガバナンス改革の影響も大きいですね。アクティビストからは「資本をため込まず配当や自社株買いで還元せよ」という圧力が高まっています。それが、大企業の新規事業への投資を後押ししている格好です。
金本:私たちが展開している「SateBiz」は、サービスまで自社で完結させることはありません。衛星データは単体では経済的価値を生まず、建設や不動産など、各業界の専門知識と掛け合わせて初めて真価を発揮するからです。現在、三菱地所のビジネス支援型オフィス「Inspired.Lab」に入居していますが、そこで出会うパートナー企業と共に事業を作ることが、新産業における成功の鍵になると信じています。

入山:共創にリアルな「場」は不可欠です。丸の内は新産業を生み出す場として機能し始めていますね。
榑林康治氏(以下、榑林):私たちは産・官・学・街の連携で事業創出を目指すオープンイノベーションプラットフォーム「TMIP」を運営していますが、スタートアップのスピード感に、大企業の信用やネットワークが掛け合わされると、ビジネスが大きく跳ねるという実感もあります。
金本:日本社会では、信用はとても重要です。資金調達前のスタートアップであっても、名刺に「大手町」という住所があるだけで、大企業の反応が格段に変わります。このエリアに拠点を置くことのメリットは非常に大きいですね。


金本 成生 氏
神戸大学工学部情報知能工学科卒。2009年に株式会社スペースシフトを設立し、衛星データ解析ソフトウエア開発、宇宙ビジネスコンサルティングなどを手掛ける。総務省「宇宙×ICTに関する懇談会」「宇宙利用の将来像に関する懇話会」構成員等を歴任。
榑林:丸の内エリアのオフィス空室率は現在0.5%と極めて低いですが、あえてスタートアップが入居しやすいビジネス支援型オフィスを運営しているのも、このまちが単なる企業の集積地ではなく、イノベーションの「場」であり続けることに大きな価値があると考えているからです。

入山:オープンイノベーションを加速させるには何が必要ですか。
金本:大企業の担当者に熱意があっても、社内に持ち帰ると組織の論理に阻まれ「冷めてしまう」ことが少なくありません。担当者の情熱を、組織的な意思決定につなぐ仕組みづくりが求められています。
守屋:理屈よりもまず動くことが重要ですね。即座に実証実験(PoC)を開始し、具体的な手応えを社内に示す。事業が動き始め、成功の兆しが見えてくれば、組織の空気も変わらざるを得ません。
榑林:丸の内仲通りやオフィス空間などリアルな場を使った実証実験も支援しており、そこでのトライアルを経て事業を拡大するケースも生まれています。

榑林 康治 氏
1994年に三菱地所に入社後、大規模複合ビル開発や都市開発、ビルアセット事業などに携わる。三菱地所アジア社赴任後、2025年4月より現職。

守屋:共創の土壌はできてきたので、あとは多様なロールモデルの創出が期待されますね。象徴的な成功事例と人物が積み重なることで、後に続く道が広がります。

入山:「M&A(合併・買収)」の拡大も不可欠です。日本のスタートアップの出口はIPO(新規株式公開)に偏重していますが、アメリカでは9割がM&Aです。大企業がスタートアップのスピードや挑戦を取り込み、事業を成長させる選択肢としてM&Aを活用すれば、イノベーションはさらに加速するはずです。
守屋:最近はスタートアップ側も、M&Aを前向きな戦略として捉え始めていますね。
入山:スタートアップを買うという発想や、その強みをどう生かすかに課題を抱える企業はまだ少なくありませんが、三菱地所では、業務提携からスタートしたエレベーター内のデジタルサイネージ事業をM&Aでグループ化し、現在のGRAND株式会社へと発展させていますね。
榑林:業務提携段階から将来像を共有し、それぞれの強みを生かしてきたことが、M&A後の事業拡大につながりました。スタートアップの機動力と当社のアセットやネットワークを掛け合わせることで、成長を加速できたと考えています。
守屋:まずはTMIPのような場でディールを行い、具体的な案件を起点に目線を合わせていくことが重要です。孤軍奮闘ではなく、皆で知恵を出し合うことで、共創は前進していくはずです。
榑林:これからもTMIPのような場とつながりを提供していきます。まちをまるごと使いたおして、イノベーションにつなげていただきたいですね。

イノベーションが起こるまちづくりを進める丸の内。中でも大企業発の新規事業に光を当てるのが「TMIP Innovation Award」だ。2025年度のアワードで最優秀賞を受賞したのは、ジェイアール東日本企画の河原千紘氏(下写真左)。ファンが主導してまち中や駅に“推し”の広告を出稿する応援広告事業『Cheering AD』を立ち上げた。一ファンとしての河原氏個人のニーズを原点に、総合広告代理店としての強みを活かし、一般消費者による出稿で難所となりやすい著作権や肖像権の許諾調整を代行するビジネスモデルを構築した。
当初は社内の新規事業コンテストで落選し「あなたの趣味に付き合っている暇はない、と言われたこともあった。それでも上司に恵まれ、本業と兼務しながら少しずつ小さな実績を重ねることができた」と振り返る。アワード受賞後は、社内からの評価がガラリと一変。「社外からの信認は、社内からの信認につなげられるのだと実感した」と言う。
TMIP事務局の大淵鮎里氏(下写真右)は「アワードは挑戦を社内外へ広げる場。晴れ舞台を作り、関係者を巻き込み成長していくプログラムにしていきたい」と語り、入山氏も「アワードを契機に社内の空気が変わる。まずは行動して、結果を出してスケールしてほしい」とエールを送った。

大企業を対象に「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する「TMIP Innovation Award」。市場性や革新性、社会インパクトに加え、事業を生み出すための仕組みや工夫にも着目し、新規事業の“実践知”を発信。大企業がオープンに新規事業に挑戦できる社会を目指します。アワード受賞事業には発信機会のご提供や事業成長に必要なプレーヤー、技術の探索から共創まで、TMIPが事業に伴走し支援。ぜひエントリーして、自社のイノベーション促進にご活用ください。
大企業において、
過去5年間(2021年~応募締め切りまで)に
立ち上がった自社の事業
または新規事業として設立した
新会社の事業
社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に
取り組んでいる優れた事例




















Tokyo Marunouchi Innovation Platform、通称TMIP(ティーミップ)は、一般社団法人TMIPが運営する組織で、丸の内エリア(大手町・丸の内・有楽町)のイノベーション・エコシステム形成に向けて、大企業とスタートアップ、産・官・学・街との連携で事業創出を目指すオープンイノベーションプラットフォームです。会員、パートナーを含めると400団体を超える組織になります。