DXの本質は、最新のデジタルツールを活用し、業務のオペレーションと、業務を遂行する人の意識と行動を変えることにある──。
2024年4月に、生保業界未経験で第一ネオ生命※(旧・ネオファースト生命)の代表取締役社長に就任した上原高志氏。以来、デジタル技術を用いたモダンな組織へと変革させるべく、トップダウンで指揮を執っている。日本企業が目指すべきDXの在り方、自社で進めてきた改革の進捗について、上原氏に話を聞いた。
※ネオファースト生命は26年4月より「第一ネオ生命」へ社名変更します。
生命保険業界未経験の
トップが挑む
組織改革
── 以前から、「自分の手で、日本の伝統的な企業をデジタル時代に合わせて進化したい」という思いを抱かれていたそうですね。
上原高志氏(以下、上原) 私はこれまでのキャリアの中で、新規事業の立ち上げやスタートアップ投資を数多く経験してきました。圧倒的なスピード感でダイナミックにデジタル技術を取り入れ、ビジネスをアップデートさせている世界のスタートアップ企業の姿を目の当たりにする中、痛感していたのは、日本の伝統企業の多くが、本当の意味ではデジタル時代に適応できていないということ。DXの名の下に業務効率化を進めてはいるものの、既存業務の一部をデジタルに置き換えているだけで、デジタル前提で業務や組織を再設計するところまでは到達していないと感じていました。
日本企業は、今こそデジタル活用を前提とした組織体に進化しなければならない。さもなければ、ビジネス自体が立ち行かなくなるリスクさえある。10年以上にわたってスタートアップにかかわり、デジタルの知見も持つ私なら、日本企業ならではのDXモデルケースをつくることができるのではないか。そんな思いを募らせていたところ、思いがけず、「ネオファースト生命の社長をしてみないか」というオファーをいただきました。生命保険業界での経験は全くありませんでしたが、「これは自分の思いを実行に移すチャンスなのではないか」と思い、社長就任を引き受けることにしました。
ネオファースト生命保険 代表取締役社長
上原 高志氏
1972年東京生まれ。東京工業大学社会工学部卒業。95年三和銀行(現三菱UFJ銀行)入行。2008年MUFG子会社の日本電子債権機構(JEMCO)を設立。2012年ロンドン・ビジネス・スクールへ留学。17年MUFGのFinTech事業を独立させたJapan Digital Designを設立、CEOに就任。21年SOMPO Holdingsデジタル戦略部チーフエバンジェリストに就任。24年ネオファースト生命保険代表取締役社長に就任。
── 入社して最初の1カ月、顧問として会社を見渡していた間に、さまざまなカルチャーショックを受けたそうですが、具体的にはどのようなことだったのでしょうか。
上原 最も衝撃を受けたのは、グループウエアの「Notes(ノーツ)」が、一部の電子申請業務に現役で使われていたことです。Notesはクライアント/サーバーシステムというWebが普及する前に一般的だった技術を用いたソフトで、00年代初頭までは多くの大手企業で使われていましたが、今はGoogle WorkspaceやSlack、Teamsなどのツールに移行しています。それが24年時点でも目の前で動いていることに驚かされました。
また、会議もレガシーなスタイルで行われていました。スクリーンに投影した資料を全員で見ながら薄暗い部屋でディスカッションしていたり、1つ1つの会議時間も長かった。みんなが一生懸命に汗をかいていたがアップデートが必要だった。これらの改善は、最初の仕事として2~3週間で実行しました。
これら以外にも、他業界での当たり前が取り入れられていない状況が散見されましたが、逆に考えれば、改革にあたり、オポチュニティーの塊であると感じました。
システムのモダナイゼーションで
生産性を1.5倍に
── その後、24年4月1日付けで社長に就任。期初の全社会議で、「皆さんの生産性を1.5倍にします」と宣言されたそうですね。
上原 本質的な価値を生み出さない「作業」に費やしている時間を減らし、「考える時間」を作り出したい。考える時間の60分が90分になれば、生産性は1.5倍になると、全社員に伝えました。
そして、この宣言を実現するために行ったのが、業務量調査による現状の徹底分析です。「データドリブン・マネジメント(DDM)チーム」を立ち上げ、主要な24項目のオペレーションをフローチャート化し、主な業務を「見える化」しました。
── そこで見えてきた課題とは。
上原 24枚の模造紙にびっしりと書き込まれた業務プロセスを社長室の壁一面に貼り出し、俯瞰的に眺めてみると、会社の規模に合わない複雑で過剰なステップや販売チャネル単位の複層的な連携ルートが組み込まれているなど、無駄や非効率さが浮き彫りになりました。またそこには、デジタル時代に合わなくなった組織設計が映し出されていました。
張り出された24枚の模造紙に印刷した業務プロセス図に赤字で加筆した内容を、PowerPointで清書したものの一部(イメージ)。不要なプロセスが可視化された。
目指すべき課題は「デジタル組織」へと生まれ変わること。私がかねてより日本の企業に抱いていた思いと目の前の現実が重なりました。そして、自社の競争力強化と今後の成長に必要なのは、他業界では当たり前のシステムを取り入れ、既存の業務オペレーションをデジタルに適応させる、システムの「モダナイゼーション(近代化)」であると確信しました。
── システムの「モダナイゼーション」とは、具体的にどういうことでしょうか。
上原 目指しているのは、「全てがAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)でつながる世界」です。内部システムと外部のアプリやサービスを簡単につなげられるような仕組みこそが、生命保険会社がDXを進めるための重要な武器になると考えています。
しかし、既に100万件を超える保険契約が動いているすべてのシステムを全面的に作り直すには多額の費用と時間が必要になり、それが目的になってしまいかねません。そこで、現行のシステムとデータベースはそのままに、新たにデータ活用基盤の「データレイク」を導入、ここからデータを入出力するための「API層」を構築し、さらにその上に「フロントエンド」を制御するシステムをつくるという3層構造でのシステムのモダナイゼーションを進めることにしました。ポイントは内製化です。そのために、高度なITスキルを保有するエンジニア組織「デジタルエンジニアリング部」を立ち上げました。
ただしこれは、単なる仕組みでしかありません。まずはすべての業務を棚卸しし、デジタル活用を前提とした定義付けを行って組み立て直さなければ、真の意味でのシステムのモダナイゼーションは始まりません。そこで、オペレーションの改革を行うチーム「OpsX(オペレーショントランスフォーメーション)」をつくりました。ポイントは、部を超えてメンバーを招集したこと。すべてがAPIでつながる世界に、これまでのような、組織を前提とした最適化は意味を持たなくなってくるからです。
めまぐるしい勢いでITやAIが進化している中、組織改編ありきの改革や経営では時代に追いつくことができません。このように、走りながら見えてきたものに組織を合わせていくというのが、私のやり方です。
組織改革の過程に
泥臭さはつきもの
── こうした大胆な改革には、社員の理解が不可欠だと思います。どのように社員を導いていらっしゃるのでしょうか。
上原 私はこの改革を、決して突飛な発想だとは思っていません。これまでのキャリアで蓄積してきた知見を元に、他業界で行われていたり、使われたりしていることを取り入れているだけなのです。
とはいえ、社員にとっては、変わることへの不安があるでしょう。ですから、抽象的な指示はせず、課題に応じて、解決するためのプロセス、段取り、相談すべき相手などを具体的に示すようにしています。
また一方で、社員と本音で語り合うために、インタラクティブなコミュニケーションも心がけています。
私は、第一ネオ生命の社員が真面目で信頼でき、何事にも挑戦する姿勢をもった人財の塊であるということを、入社してすぐに実感しました。ただ当初はどうしても、コミュニケーションギャップを感じる場面が幾度かありました。その背景にあったのは、社員それぞれの、立場によるバイアスや、部署ごとの部分最適に基づく考え方などでした。
でもこれはよくある話で、私の方から泥臭くアプローチしていくことで、次第に、社員から自然に本音を引き出せるようになりました。誰もが正論を言える空気をつくりつつ、一方で私は、課題の根本原因の見極めを間違えないようにしたいと考えています。
── ところで、なぜ改革の過程を、同時進行で公にしようと思われたのでしょうか。
上原 私たちと同じようにDXの課題に直面している経営者や意思決定者、日本企業のビジネスに課題感を持っているビジネスパーソンに、より臨場感のある形で解決のヒントを届けたいと思ったからです。走りながらの方が、悩みや迷いや苦労がより伝わりやすいのではないかと。時間が経つと、思い出は美化されてしまいがちですから。
今開発を進めているシステムがリリースされるのは、26年度の半ば頃からの予定です。変革は道半ばですが、第一ネオ生命は確実に、デジタル技術を用いたモダンな組織へと生まれ変わり始めています。