江連氏は冒頭で、SSBJ開示を継続的に運用する上でAIをどう活用すべきかという議論の方向性を示した。PwC Japan有限責任監査法人の林素明氏は「開示対応は複数の部門が絡む上に、法定開示や保証対応などの新たな業務が必要となるため、多くの企業で想定以上の負荷になっています」と現状を説明。その一方で、AIによる効率化が可能なプロセスは数多く存在するという見解を述べた。
生成AIの活用例として、林氏は「リスク・機会の特定プロセス」を紹介。「当社の支援実績ではリスク・機会の候補が100件を超えることも多く、初期段階のドラフト作成から重要なリスク・機会の絞り込みまでの作業に生成AIを活用することで効率は劇的に向上します。さらに、AIを組み込んだ標準的な選定・評価プロセスが明確になることで、監査対応や保証業務を円滑に進めるための説明の有効な根拠になります」と説明した。また「開示基準との差分分析」も有効な活用例として挙げた。開示基準が改定された際には過去の開示実績と最新基準をAIで比較し、対応すべきギャップを短時間に洗い出せるという。林氏は「AIの導入によって開示実務の工数を大幅に削減でき、新たに生まれたリソースをサステナビリティ経営戦略の立案や投資家との対話など、より本質的な業務に充てることができます」と、AI活用の意義を語った。
これを受け、PwCコンサルティングの三善心平氏は「近年の生成AIは自然言語処理能力が飛躍的に向上しており、規制や基準に沿った文書のドラフト作成や整合性チェックとの相性は非常に良いです」と語った。とくに毎年繰り返される作業において生成AIの活用余地が大きく、効率的な運用の仕組みを早期に確立することの重要性を強調した。
続いて江連氏が投資家側のAI活用について質問すると、三善氏はPwCの調査を引用し、すでに過半数の投資家が資料分析から投資判断に至るまで、日常的な投資プロセスでAIを活用している実態を示した。「投資家が1次情報として企業のPDF報告書を直接読む場面は、ほとんどなくなるかもしれません。今後は『AIに見つけてもらえるか』『AIに正しく解釈されるか』『競合他社との比較の中で自社の強みが適切に伝わるか』という3つの観点を意識した情報発信が必要になるでしょう」と語った。
最後に、三善氏は「自社の資料をいかにAIに読ませるか」という技術は、将来的に平準化していくとした上で、「最終的な差別化要因となるのは、企業の経営姿勢や一貫したビジョンといった本質的な魅力です。ここがブレない企業が、投資家や社会から選ばれ続けるのだと思います」と語った。林氏は「SSBJ開示対応は、自社の財務情報と非財務情報を『統合思考』でとらえることで、経営戦略とサステナビリティ戦略の一貫性を高めるチャンスです。その実現を支える仕組みとしてAIを戦略的に活用することこそが、AI時代のサステナビリティ経営の本質ではないでしょうか」と総括した。
本トークセッションではタレントの関根麻里氏をゲストに迎え、サステナビリティと企業責任をテーマに議論が行われた。 関根氏は「年々暑さが厳しくなり、野菜の価格や大きさ、魚の産地の変化を日々の買い物で実感しています」と生活者の視点から環境変化に対する実感を語った。
これに対しPwC Japan有限責任監査法人の小峯慎司氏は、そうした変化の背景には気候変動や生物多様性の損失があり、企業のサプライチェーンや財務リスクに直結していると説明。SSBJの情報開示では、自然環境の変化が企業にもたらすリスクや機会を定量的に評価することが求められ、調達先まで含めたサプライチェーン全体の把握が重要になると語った。また「チョコレートの値上がりや容量の減少も気になります」という関根氏の発言を受け、小峯氏は、カカオを例にEUのEUDR(森林破壊防止規則)を紹介。「環境配慮を証明できなければ市場で販売できない時代が始まっています」と語った。関根氏は「環境や社会に配慮した企業の商品は気持ち良く購入でき、子供にも理由を説明できますね」と、消費者の選択が企業を変える力になると述べた。
さらに小峯氏は「地球の限界」を示すプラネタリーバウンダリーや自然資本の重要性にも触れた。「サステナビリティは善意ではなく経営そのもの」であると強調すると、関根氏は「子供世代は企業の取り組みをよく見ています。未来をつくる子供たちのためにも、誰にでも伝わる情報開示をしてもらいたいですね」と語った。