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フォーラムに寄せて◎日経BP 代表取締役社長CEO井口哲也

今、日本に最も必要なのは “多様性の奇跡” では

フォーラムに寄せて◎日経BP 代表取締役社長CEO井口哲也 今、日本に最も必要なのは “多様性の奇跡” では

「脳や神経に由来する個人レベルでのさまざまな特性の違いを多様性ととらえて相互に尊重し、社会の中で生かしていこう」というのが「ニューロダイバーシティ」の定義です。その言葉を聞いて、私が思い出す人物がいます。英国の数学者だったアラン・チューリングです。

驚くほどのダイバーシティに満ちた組織を率いた異能アラン・チューリング

 英国の数学者だったアラン・チューリングは、「コンピューター科学の父」や「人工知能の父」といった異名で呼ばれ、現在のコンピューターやAIにつながる概念を生み出しました。そして、この人物は同時に第二次世界大戦で英国を苦しめたドイツ軍の難攻不落の暗号、エニグマを解読する任務を担い、ヒトラーから自由主義、民主主義国家陣営を守るのに大きく貢献しました。

 このエニグマという暗号解読にあたった英国の機関は人材の多様性を極めて重視した組織でした。数学者、言語学者、歴史学者からクロスワードパズルの名人やチェスチャンピオンまで、あらゆる異能を集め、女性の比率も7割を超していたといいます。今の時代からみても驚くほどのダイバーシティに満ちた組織でした。その中にあってもアラン・チューリングはとりわけ異彩を放つ人物でした。数学者であると同時に今でいうアスペルガー症候群であり、LGBTであったともいわれています。

 英国の存亡の危機という極めて特異な環境がこうした多様な才能を結集し、存分に生かす後押しをしたのでしょう。暗号解読のための機械の開発に必要な人材の不足を訴えるチューリングの手紙に当時のチャーチル首相は即座にその要求に応えるよう側近に命じたとされます。もっとも残念ながら、そうした多様性の尊重は当時の英国ではまだ極めて例外的な話でした。戦争が終わってしばらくすると、チューリングは当時の英国では違法だった同性愛の罪に問われ、その後、わずか41歳で人生に幕を閉じます。

 英国、そして世界の民主主義を救った多様性の奇跡。同じ奇跡が今、もっとも求められているのが日本ではないかと思います。高品質の製品を大量生産するモノの経済で世界の主役となった日本ですが、インターネットやAIに代表される知識の経済の時代に移行するとかつての精彩を失ってしまいました。モノが主体だった経済の時代においては、均質な人材の育成、画一性こそが強みとなったのに対し、知識の経済の時代において強みとなるのは人材の多様性です。多様性を企業や社会の中に最大限に組み込んでいかなければ、世界の競争に伍していくのは難しいし、そもそも人口減少が進む日本にあってさまざまな個性を無駄にする余裕などありません。

 世界経済フォーラムは2024年10月、ニューロダイバーシティ推進における経営層の役割をまとめた報告書を出しました(関連記事:世界経済フォーラム、ニューロダイバーシティ推進における経営層の役割を指南)。ニューロダイバーシティの促進が創造性や革新性を企業にもたらすという考えを示しつつ、そのために企業のリーダーはニューロマイノリティの社員にとって心理的安全性の高い職場環境の整備や、管理職や従業員向けの研修プログラムの開発などに積極的に取り組むべきだといった考えを示しています。

 日経BPでも2024年度からスタートしたこのフォーラムを通じ、協賛いただいた企業・団体とともに、日本における経済界でのニューロダイバーシティ推進のための活動を開始しました。最初の成果物として、今年度末にニューロダイバーシティを推進するための基本的なアクションプランも含めた「ニューロインクルーシブ宣言」を発表する予定です。世界経済フォーラムのペーパーを事前に見たわけではありませんが、このフォーラムで議論していた宣言の素案もほぼ同じ方向で進んでいたと聞いております。

 フォーラムではそのニューロインクルーシブ宣言に続き、日本産業保健法学会と、社内規定に精神疾患・精神障害に対する差別的表現や、誤ったイメージを増長する表現がないかなどを調査する共同研究を計画しています。こちらの提言については来年度に公表する方向と聞いております。

 また、日本ではメンタルヘルスの不調が近年急増し、それに起因した休職者の増加も企業にとっての大きな課題となっています。傷病手当金を基にした調査では、メンタルヘルスの不調による休職者数は、がんによる休職の約3倍となっているとの数字もあります。最近、日本で「生きにくさ」といった言葉をよく耳にするようになりましたが、ニューロダイバーシティは「生きにくい」のは本人だけの責任ではなく、周囲や社会が変わることで改善できるという考え方に基づいており、その考え方は企業や社会におけるメンタルヘルスの改善にも貢献できるはずです。ニューロダイバーシティとメンタルヘルスとの兼ね合いについても深掘りしていきます。

 最後になりましたが、協賛いただいている企業の皆さま、ご協力くださっているさまざまな領域の専門家の皆さまに改めて厚くお礼を申し上げさせていただきます。

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