2021.09.07
昨年に続き、コロナ禍で幕を開けた2021年の腕時計業界。例年当たり前のようにスイスでリアルに行われてきた各ブランドの新作発表の場、国際見本市は、オンラインでの開催となった。一方、リモートワークが一般化し、ビジネス環境は大きく変化。すべての常識が覆り、時代が猛スピードで移り変わる渦中の今年、ビジネスウォッチの傾向にも変化が生まれている。新作に共通するキーワードや選び方のポイント、腕時計業界の今後の行方について、時計ジャーナリストの広田雅将氏と篠田哲生氏、本時計特集を担当する安藤夏樹が語った。(文=いなもあきこ)
- 安藤
- 昨年に引き続き、世界が未曾有の危機に瀕している現在、腕時計市場はどんな状況なのでしょうか?
- 篠田
- 先日、東京のあるリテーラーの店長と話をしたら、200万円以上の価格帯は顕著に売れている、と言っていました。強いのはオーデマ ピゲ、パテック フィリップ、少し下の価格帯のロレックスやグランドセイコーなども好調だとか。
- 広田
- まさに手堅い時計ですね。
- 篠田
- 購入する際、腕時計の資産としての価値を一つの基準にする人が増えてきたという、時代の空気もあるようです。
- 安藤
- それって、ヴィンテージマーケットの活況と関係がありますか?
- 篠田
- あると思いますよ。2019年にスイスで発表された資料によると、世界のセカンダリーマーケット(中古市場)は、将来的にはスイスの新作時計の輸出額の最大25倍になるだろう、という試算が出ています。
- 広田
- それはかなり楽観的で、僕はせいぜい3倍くらいかな、と思うんですけどね。いずれにしても、リシュモン グループのCEO、ジェローム・ランベール氏は、「昔の時計の値段が上がらないと今の時計も売れない」とはっきり言っています。つまり、各ブランドは過去モデルの価値を自分たちで底上げしていく必要があるわけです。
- 安藤
- 確かに、ブランドによる公認中古の販売も増えましたね。公認中古でブランドとしての価値を上げれば、結果それが新品の売り上げに跳ね返ってくる。以前からフランク ミュラーはやっていて、リシャール・ミル、H.モーザー、ゼニスなども参入しています。
- 広田
- ヴァシュロン・コンスタンタンやカルティエもやってますよ。カルティエは一部店舗でごく少数と限られますが。もちろん性能においては、古いものより今の時計のほうがやはり圧倒的に優れている。特にこの10年ぐらいで、腕時計って性能的にはほぼ完成してしまったと言ってもいいほどです。
- 安藤
- パワーリザーブがこれまでよりもさらに何十時間か延びるというようなことはあるだろうけれど、腕時計本来の基本的性能、例えば精度や耐久性については、ここにきてほとんどのブランドで一定レベルを上回ってきた印象があります。
- 広田
- その進化の最終形の一つが、オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」でしょう。クロノグラフって機械の中は鉄だらけで磁気帯びしやすいけれど、これは1万5000ガウスという超強力な磁場にも耐え得る。つまり、唯一、まだ進化の余地のあった耐磁性という問題すら、クリアしてきたんです。
- 安藤
- これまでデザイン性に特化してきたグッチが、今年になって初めて本格的なメカニカル「グッチ 25H」を発売したことなども、機械式時計の浸透の一つの象徴のような気がします。今年、シチズンも久しぶりにメカニカルを出しましたよね。
- 広田
- あれは素晴らしい!
- 安藤
- シチズンらしい面で構成されたルックス、僕も好きですよ。
- 篠田
- ちゃんとブランドのルーツも大切にしている気がしますよね。
- 広田
- シチズンの機械式は、これまで子会社のムーブメント会社が手がけていたけれど、今回は傘下の高級ムーブメント製造会社、スイスのラ・ジュー・ペレによる地板と受け以外、すべてシチズン本体で作っているんです。設計に無理がなくて丈夫で正確、かつパワーリザーブも60時間と十分。時計の厚さが11㎜を切っていて、薄く収めたのもすごいな、と。まあ、とにかく、機械式時計は全体的に高レベルで基本性能に大きな差はないから、もう「好きな時計を買ったらいいですよ」としか、言いようがない(笑)。
- 安藤
- リモートワークが当たり前になった現在では、「ビジネスパーソンはこうあるべき」という視点も薄れてきて、ビジネスウォッチの幅もかなり広がってきた。その面から見ても、時計は良しあしではなく、好き嫌いで買う時代になったとも言えるかもしれません。
腕時計は思想を表すツールに
- 安藤
- 昨今注目されているSDGsの波は、時計業界にも押し寄せています。機械式時計はそもそも使い捨てじゃないからサステナブルな商品ですが、その点を強調するようになってきました。
- 篠田
- そう言わざるを得ない環境になってきた、ということでしょうね。
- 安藤
- 保証期間を8年などに延長したり、アリゲーターをストラップに使わなくなったりと、これまでにも環境保護や動物愛護に配慮した動きがありましたが、今年はそれがさらに進んだ印象があります。例えば、カルティエは独自開発した「ソーラービート™」を発表。これはびっくりしましたね。
- 篠田
- 実用性重視で、ラグジュアリーとは相反する立ち位置とされることの多かった太陽光発電時計を、デザインにうまく組み込んで商品としてまとめましたね。あと話題なのは、パネライの「ルミノール マリーナ eスティール™」。リサイクル素材を時計のパーツに使い、循環型のウォッチメイキングを促進するのが目的なのだとか。
- 広田
- さらに来年発売予定の超高級コンセプトモデル「サブマーシブル eLAB-ID™」も、時計全体の重量の98.6%をリサイクルベースの素材で作るそうですよ。
- 篠田
- リサイクル素材を使うと、普通より高額になるわけですね。
- 広田
- 金は溶ける温度が低いから不純物を取り除きやすいけれど、チタンとかステンレスって、その作業がすごく大変。しかも不純物が入ると素材として使えないんです。その意味で、これまでリサイクルしづらい部分があった。ただ今後、業界が横断的に取り組んだら、もうちょっと手頃な価格帯で買えるようになる可能性もあるなと思っています。
- 安藤
- ユーザーは、各ブランドのSDGsに対する心意気を買うということ。それはジェンダーフリーも同じで、その時計をすることで、自分の考えや意識の高さをアピールできる。それも、新しい時代のビジネスウォッチ選びの重要なポイントの一つだと思います。
記事中の肩書きやデータは公開時点の情報です。
製品価格は税抜表記となっております。最新の正式価格につきましては各メーカーへお問い合わせください。