日経ビジネスオンラインスペシャル

ビジネスウォッチにおける今年のテーマは“ワクワク”?!最新動向を識者が分析

2022.07.05

今年春、スイス・ジュネーブで国際的な腕時計の見本市が3年ぶりにリアル開催された。まだ新型コロナなど社会不安は完全には払拭されていないが、腕時計を取り巻く空気は、今、急速に変わりつつある。そのことを実感させるような、心躍る新作が多数ラインアップされた。ビジネスウォッチを中心とした最新動向や重要キーワードについて、時計ジャーナリストの広田雅将氏、篠田哲生氏、本時計特集を担当する安藤夏樹が語り合う。
文=いなもあきこ

篠田
2019年までは国際的な腕時計見本市といえばスイスで行われる「バーゼルワールド」と「S.I.H.H.」でしたが、20年、「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(W&W)」として新体制が始動しました。ただ、コロナ禍のため一昨年、昨年ともオンラインでの開催にとどまっていた。それが今年3月末から4月頭にかけ、3年ぶりにリアル開催となりました。時期的に僕も含めて海外渡航を控えたジャーナリストが多い中、現地に足を運ばれたお2人にぜひ肌で感じた空気を伝えていただきたいのですが、まず会場内の配置はどんな感じでしたか?
広田
その点については、とてもわかりやすい現象が起こっていました。つまり会場は2つのゾーンに分かれていて、片側に旧S.I.H.H.組が以前と同じような配置で残り、もう片側に旧バーゼル組を中心としたグループが配されていたんです。まるで2つのイベントが並列しているような感じでした。
篠田
グランドセイコーは今年、日本ブランドとして唯一参加しましたが、じゃあ、その後者のグループに入った、と。
安藤
そうです。広さも十分で、しかもパテック フィリップの隣!
篠田
ほう、一等地にスペースを構えることができたわけですね。日本人としては、なんだか誇らしい。
広田
その場でブランドとして初のメカニカルコンプリケーションウォッチ、「グランドセイコー Kodo コンスタントフォース・トゥールビヨン SLGT003」を発表したんですから、存在感はものすごかったですよ。
安藤
新型コロナや戦争の影響で以前より来場者の数は少なかったと思います。ただ僕の印象としては、参加者の多くがウキウキしているというか、見本市自体を楽しむ空気がありましたね。やっぱり実際に時計を目で見て触れるっていいな、と。このワクワクした感じって、「やっと腕時計をして街に出られる」という多くの消費者の感覚に近い気がします。
篠田
確かに、今年の新作時計にはそういう華やいだ空気がありますよね。
安藤
そう、一番顕著なのは、昨年に拍車をかけて増えているカラーダイヤルです。青、そして緑が出て騒いでいたけれど、もう緑なんて当たり前で、今年は赤やピンク、パープルまで登場しました。
篠田
W&W組以外にも、その流れは表れています。意外だったのはブライトリング「ナビタイマー B01 クロノグラフ 41」。いつも手堅くまとめてくるブライトリングが、コレクション70周年という節目に淡いグリーンのような中間色ダイヤルでポップに遊ぶとは。
広田
IWCもアメリカの色見本企業、パントン社公認で白系、黒系、緑系、ベージュ系の4色を新たに作り、それでケースから文字盤まで同じトーンで揃えた新モデルも発表しましたからね。
安藤
カラーセラミックケースはウブロなどが以前から力を入れてきたジャンルですが、正直、質実剛健なイメージのIWCが、と驚きました。
篠田
しかも、それが消費者に受け入れられている。つまり色が商品の売りになるようになった、ということでしょう。だからどんどん挑戦しよう、と。
広田
セラミックで安定的に色を出すのは簡単ではないのですが、今や多種多様な色が可能になっている。ここ数年で仕上げ技術が進化したところに、ちょうどウキウキ感や服装のカジュアル化という時代の空気が押し寄せた。今年、全部の要素がぴたりと合った感じがします。

今、買えるラグスポを探せ!

広田
一方で僕が今年のラインアップを見て感じるのは、50万円前後の価格帯には、相変わらずいい時計が多いということ。具体的には、チューダーやモンブラン、オリス、タグ・ホイヤーなどです。
篠田
ボーム&メルシエ、ロンジンもそうですね。
安藤
上の価格帯と比べて遜色ないレベルの品質なのに、例えばグループ内のポジショニングとかいろいろな理由で、戦略的に50万円前後に置かれているモデルが結構充実していて、そこはお買い得感がありますよね。
広田
以前は高価格帯にこそ正統派が揃っていて、遊び心のあるモデルは少し低めの50万円未満のゾーンに多かったと思うんです。でも今、高価格帯の時計は相対的にリピーターへの依存度を高めているから、むしろ色や形で遊べるんですよね。逆にこの50万円台という価格帯が、まさにスマートウォッチを入口として腕時計の世界に入ってきた人たちが1本目の「時計らしい時計」として選ぶターゲットになった。だから、手堅いモデルが多くなっているのかもしれません。
篠田
確かに、我々が想像するビジネスウォッチ的なデザインって、実はこの価格帯の方が充実しているのかも。従来と逆転現象が起きているというわけですね。ところで相変わらずスポーツウォッチの新作も目立ちましたが、今年は特にダイバーズウォッチが多い印象があります。その究極的なものが、山をイメージしたブランドであるモンブラン初の本格ダイバーズ「モンブラン 1858 アイスシー オートマティック デイト」です。
安藤
氷河湖にインスピレーションを受けたモデルらしいですけどね。どのブランドでも、とにかくダイバーズをラインアップするという時代がやって来た。
広田
それはすごく感じます。しかも今年はこのモンブランもそうですが、オメガやタグ・ホイヤーの新作もISO6425規格に準拠していると認定されています。
篠田
オメガの「シーマスター プラネットオーシャン ウルトラディープ」なんて、ケース径45.5㎜、厚みは18.12㎜という実用的なサイズで6000m防水ですよ! 以前は1000m防水でも、すごくデカくて「弁当箱ですか?」というようなサイズ感だったのに(笑)。
広田
「タグ・ホイヤー アクアレーサー プロフェッショナル1000 スーパーダイバー」も厚さは15㎜強。このサイズなら、ビジネスシーンでもぎりぎり使えるレベルですよね。
安藤
たまたまかもしれませんが、カラフルな文字盤と一緒で、ダイバーズが多いというのも「外に出て行きたい」という気分を表しているように感じます。それにしても今の気分といえばラグジュアリースポーツウォッチ、通称「ラグスポ」は外せませんが、人気が高すぎて買えないモデルばかりですよね。正直、予約すらできない状態で。
篠田
オーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」やパテック フィリップの「ノーチラス」、ヴァシュロン・コンスタンタンの「オーヴァーシーズ」がその代表格。
安藤
今年発表のヴァシュロン・コンスタンタン「ヒストリーク・222」もなかなか買えなさそう。A.ランゲ&ゾーネの「オデュッセウス」も入手困難です。
篠田
パルミジャーニ・フルリエの「トンダ PF」もそうですよ。僕は今年の新作「トンダ PF GMT ラトラパンテ」が気になっていて。ワクワク感の方向性の一つに、海外に行きたいというのも確実にあるじゃないですか。それでGMTモデルが気になるわけですが、機能的にもデザイン的にもこれが一番いいと思う。
安藤
あれはいい時計だと僕も思います。ところで、じゃあ今買えるラグスポってどのモデルなんでしょう?
篠田
今だと「ピアジェ ポロ」なんかはかなり狙い目じゃないかな、と。
安藤
薄くていい時計ですよね。
篠田
ジラール・ペルゴの「ロレアート」も人気が出てきているけれど、まだ買えると思います。あとゼニスの「デファイ スカイライン」。これもかなり売れたとは聞きましたが、なんとかなりそう。
安藤
シャネルの「J12」も限定モデルは難しいけれど、レギュラーモデルならまだ買えますよね。
広田
このジャンルはますます幅が広がって、各ブランドが新モデルを次々と投入しています。今後もしばらく人気が衰えそうにないですね。

腕時計はモノ消費からコト消費へ

安藤
去年のカルティエに続き、今回、とうとうソーラーウォッチがタグ・ホイヤーから登場しました。しかも2012年にシチズンが買収した機械式ムーブメント製造会社「ラ・ジュー・ペレ」が手がけた心臓が載っている。僕の認識では、シチズンがラ・ジュー・ペレを手中にしたのは、高性能な機械式ムーブメントを作れる工房を持っておきたかったから。それはそれで機能している一方で、今度はシチズンがラ・ジュー・ペレを介してスイス製ソーラームーブメントを広めていくんじゃないか。僕にはそんなストーリーの始まりに思えて、今後の可能性の大きさに興奮したんですよね。
篠田
実際、このソーラー発電技術はシチズンに依存しているんですか?
広田
ムーブメントとしては、シチズンのものとは別物なんですよ。でも基本的なノウハウは、共有されていると思います。ソーラーウォッチの文字盤って、ポリカーボネートというプラスチックの一種で作られているのですが、製造の経験が浅いとその下に入れる太陽電池の紫色が表に出ちゃうんですよね。
安藤
つまり、文字盤の色が意図したようにきれいに出ない。
広田
でも、タグ・ホイヤーの文字盤の色はきちんと出ていた。不思議に思っていたらラ・ジュー・ペレがムーブメント提供していると聞き、シチズンのノウハウが生きているんだなと納得しました。
篠田
確かにシチズンは一時期からソーラーモデルの文字盤のクオリティをすごく向上させましたよね。そこで培ったノウハウが、ラ・ジュー・ペレに生かされているというわけか。そして、そうした技術力が備わったから、スイス勢も使えるようになった、と。
安藤
スイス勢からすればSDGsという課題にどう取り組むか考えた時、まあ機械式はそもそも機構がエコだからいいけれど、クオーツのバッテリーをどうするか、という大問題がありますから。
広田
そう考えると、昨年のカルティエしかり、今年のタグ・ホイヤーしかりで、より環境負荷の小さなクオーツにシフトしていく必要がある。今後は、クオーツモデルが一気にソーラー化していく可能性は十分にあると思います。
安藤
あと今年の社会現象として外せないのは、やっぱりスウォッチとオメガのコラボコレクション、「ムーンスウォッチ」。あまりの人気で長蛇の列ができ、急遽抽選による販売になったことでも話題となりました。
スイス・ジュネーブでも、世界を揺るがせたスウォッチとオメガのコラボコレクション、「ムーンスウォッチ」は店頭に大行列を作るほどの話題に。
スイス・ジュネーブでも、世界を揺るがせたスウォッチとオメガのコラボコレクション、「ムーンスウォッチ」は店頭に大行列を作るほどの話題に。
篠田
3万円台で「スピードマスター」と同じデザインの時計を手にできるわけだから、みんな欲しくなりますよ。
安藤
いろんな見方があるとは思いますが、高級モデル一辺倒だった近年の腕時計の世界にあって、久々に気軽に低価格帯の時計を楽しめるかもしれない、とワクワクする気持ちにさせてくれたのがこのモデルです。時計ブランド同士の協業というところが新しいですよね。そもそもスウォッチって他のブランドとのコラボが得意だったけれど、それはあくまでもアーティスト個人や他業種との組み合わせだった。
篠田
もちろんスウォッチグループという垣根は越えられないかもしれないけど、その中でならさまざまな可能性がある。
広田
これは時計そのものがモノ消費じゃなくてコト消費になっている、一つの象徴のような気がするんです。みんなが買ってインスタに上げる、というのはまさしくそう。スウォッチグループって、これまで限定品を出して消費者を煽るようなことはあまりなったけれど、オメガもこれで変わるのかもしれない。この路線は確かにアリだし、今後も続いていくんじゃないかなと思います。

腕時計市場は依然として好調

安藤
とにかく、今年はハッピーな気持ちになれる商品が多かったと感じます。それもこれも、腕時計業界が依然として好調であることの表れかもしれませんね。余裕がない時に変わった色のカラーダイヤルとか、なかなか出しにくいです。
広田
金価格や為替などいろいろ不安定な外的要素はありますが、腕時計は総じてまあまあ売れていると思います。
篠田
スイスの腕時計輸出量は2020年にはいったんガクッと下がったけれど、21年には盛り返して前年比プラス31.2%となり、コロナ前の水準をわずかに上回るところまで戻っています。今年に入ってからは中国やロシアなどへの輸出は大幅に減っているけれど、全体としては1月〜4月期で前年比プラス12.5%。日本もプラス17.9%とかなり好調です。
安藤
インバウンドなしの状態でも、それだけ伸びているんですか。それは想像していた以上ですね。
篠田
しかもこのデータには国産の数は入っていませんからね。
安藤
腕時計市場の想定以上の活況はここ数年ずっと続いていますが、この盛り上がりはどこまで行くのでしょうか?
広田
少なくともセカンダリー(中古市場)での一部モデルへの過熱は、そろそろ収まると思いますよ。今の状況には、さすがに無理がありますから。
安藤
へえ、いつぐらいに?
広田
今年末くらいから来年にかけて、少しずつ落ち着き始めると僕はみています。実際、昨冬あたりからロレックスの中古の買い取り価格が下がり始めているんです。今のところまだ販売価格への影響は出ていませんが。
安藤
ひょっとしたら、この広田さんの一言がバブルをはじけさせたりして(笑)。いずれにしても腕時計業界は近いうちに次のフェーズを迎え、新たな魅力を開花させることになるのかもしれません。

篠田哲生

時計ジャーナリスト。雑誌『ホットドッグ・プレス』を経て独立。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。

広田雅将

時計ジャーナリスト、時計専門誌『クロノス』日本版編集長。国内外の数多くの雑誌で活発に執筆活動を行う。共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞社)など。

安藤夏樹

本誌時計特集の編集責任者。『日経マネー』編集部、『日経おとなのOFF』編集部、『MOMENTUM』編集長を経て、フリーに。現在は、時計を中心とした記事を数多く編集・執筆する。