日経ビジネスオンラインスペシャル

“今年は新作腕時計の当たり年”は本当か。依然好調を続ける時計業界を分析しながら、ビジネスウォッチの最新トレンドを探る。

2023.06.30

コロナ禍を経て、腕時計マーケットが本格始動した。3月末にスイスで開催された「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ 2023」には、世界各国のジャーナリストやリテイラーが集結し、それ以前を超える盛り上がりを見せた。そもそも、コロナ禍中も「あまりの人気に、欲しいモデルが店頭にない」と話題になるほど好調だった腕時計業界。その勢いはますます加速しているようだ。なぜ、腕時計業界はこれほどまでに元気なのか。その理由を探りつつ、”今年は当たり年”と囁かれる注目の腕時計を点検していこう。

安藤
世界的に腕時計業界は相変わらず好調で、ものがよく売れていますよね。
篠田
コロナ禍前、2019年のスイスの時計産業における輸出金額は217億スイスフランでした。それが堅調に増えて、昨年は248億スイスフランに。さらに今年1月から3月までの金額が、すでに昨年の同期を上回っている。完全に右肩上がりのトレンドが続いています。
安藤
コロナ禍中も、ずっと上がってきたということですよね?
篠田
そうです。日本ではインバウンドがなくなった影響で売れ行きが少し下がるブランドも一部にありましたが、今はその多くがプラスに転じている。確かに周りでも、以前は関心のなかった人が時計を話題にすることが増えたと感じます。
安藤
そんなに売れている原因はどこにあると思います?
広田
一つは、アメリカ市場の活況です。元々アメリカって腕時計においては世界最大規模の市場で、中国と競っていたんです。でもコロナ禍のこの2、3年で市場規模が金額ベースでさらに2倍以上に拡大したんですよね。
篠田
その勢いは、今年になってもまだ続いていますからね。
広田
要は金融緩和などで水膨れした資金を時計に注いだ人が結構いたということかな、と思います。
安藤
でも実際にはアメリカ人全体というより、一部の成功しているビジネスパーソンが腕時計をたくさん買っているわけですよね。それを見て、彼らのフォロワーも買っている。そこは日本でも同じ構造だと思います。かつ、僕はオークションの影響があるのではないか、と。近年、世界的オークションハウスが時計を扱うようになってきましたから。
篠田
そこで一部のモデルに常に高値がついていることも、富裕層の購入マインドに火をつけているわけですね。

SHINODA'S RECOMMENDATION

01.IWC
インヂュニア・オートマティック 40
02.シャネル
J12 サイバネティック

篠田哲生/時計ジャーナリスト。雑誌『ホットドッグ・プレス』を経て独立。著書に『成功者はなぜウブロの時計に惹かれるのか。』(幻冬舎)、『教養としての腕時計選び』(光文社新書)がある。

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RECCOMENDATION01.
「ジェラルド・ジェンタが1976年にデザインしたアーカイブに忠実な正統派モデル。技術革新により当時できなかった薄型化にも成功した。シャツの腕元にスッと収まる美しさ」(篠田氏)。自動巻き、SSケース、径40㎜、156万7500
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RECCOMENDATION02.
「腕時計の進化として、こうした形もあるんだと驚かされる1本。デザインの軸足は固定したまま、素材と仕上げを工夫し、クリエイティビティを際限なく拡大している」(篠田氏)。数量限定モデル。自動巻き、セラミックケース、径38㎜、201万3000円

品薄モデルの増産はあり得るか?

安藤
最近、僕は「エントリーウォッチ」という考え方がなくなりつつあるんじゃないかなと感じるんですよ。
篠田
昔は最初の1本として手頃なものを購入し、徐々にステップを踏みながら高級時計に向かっていくっていうのが腕時計の買い方の定石でしたけれど、そこは確かに変わってきましたね。
安藤
今は価格に関わらず1番欲しい時計を最初から手にする人が多い気がします。そしてその中にはいきなり高級品を買う人が、相当数いるわけです。
広田
中古市場で値段がこんなに上がるのなら、最初から無理してでも高いモデルを買っちゃえ、と。パテック フィリップ、オーデマ ピゲ、ロレックス、グランドセイコーなんかが、まさにその流れに乗った勝ち組の好例だと思いますね。
安藤
一部のブランドでは店頭に商品がまったくなく、買いたくても買えないじゃないですか。人気モデルが並べられないことでの売り逃しがこれだけ発生している状況で、好調っていうのはすごい。
篠田
でも一方で、同じく人気のある高級ブランドなのに、ちゃんと商品を店頭にそろえているところもありますよね。
安藤
感覚的にスウォッチ グループに多い気がするけれど、グループとしての考え方がそこに表れているということ?
篠田
そう思いますね。CEOのハイエック氏にインタビューした際、「限定にしたり数量を絞ったりすることで、誰かのためだけのものにはしたくない」というのがグループ全体の考え方だと感じました。すぐではなくても待てば買えるような商品供給スタンスなのかな、と。
安藤
逆に買えないモデルがある状態でも増産しないブランドって、どうしてなんでしょう?
広田
いや、新工場を作り、効率をあげて数をもう少し増やせるようにすると発表しているブランドもありますよ。つまり、増やす気はあるということ。ただ、工場を作ったところでそう簡単に大量の増産は難しいと思います。要は、部品サプライヤーの供給能力も関係するので。
安藤
それが理由だとしたら、とてもわかりやすいですね。つまり自社やその傘下で部品などを製造できるスウォッチ グループやグランドセイコーは増産にも比較的対応しやすい、と。
広田
それで言うと、ロレックスも数を増やそうとしています。生産数は非公表なので広田調べですが、今でもたぶん年間100万本くらいは作っていると思う。そこに20〜30万本くらい積み増しする用意があるんじゃないかな。
安藤
ただリスクを考えると多くのブランドは安易に増産できないでしょうね。
広田
確かに今後は、時計業界全体の勢いは今よりは鈍化する可能性もある。特にラグジュアリースポーツのジャンルはひと段落というか、流行を超えて定着した印象があります。逆に今後はシンプルな2針や3針の革ベルトモデルにトレンドが向かうのではないか、と。
安藤
僕はここ数年、気分としてはドレスウォッチなんですよ。事実、ヴィンテージマーケットでは、スポーツモデルはひと段落してドレスに動き始めている感じがある。とにかく基本的には増産体制に入っているブランドが結構あるし、市場に少し落ち着きが出てきたということで、ここ数年欲しいモデルがあっても手にできなかった人にとっては、買えるチャンスが出てくるということですかね?
広田
僕はそう思います。
篠田
ただし、出合った時には思い切って買っておかないと、また手に入らなくなるよ、ということですね。

HIROTA'S RECOMMENDATION

01.カルティエ
タンク ノルマル
02.チューダー
ブラックベイ

広田雅将/時計ジャーナリスト、時計専門誌『クロノス』日本版編集長。国内外の数多くの雑誌で活発に執筆活動を行う。共著に『ジャパン・メイド トゥールビヨン』(日刊工業新聞社)など。

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RECCOMENDATION01.
「タンク」コレクション初のブレスレットモデル。「ブレスレットのたわみ方など細部の作り込みが絶妙。一見レトロだが、今の技術でしか作れない」(広田氏)。手巻き、18KYGケース、縦32.6×横25.7㎜、679万8000円、世界限定100本
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RECCOMENDATION02.
ダイバーズの新作。「今年は初代と同じバーガンディベゼルを備える上、マスタークロノメーター認定を取得。超耐磁性を実現した」(広田氏)。他に3列ブレスレット、ラバーストラップも。自動巻き、SSケース、径41㎜、57万2000円

進む小径化はジェンダーレス化の証?

篠田
僕は今年、ジュネーブで開催される国際的な腕時計見本市「ウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブ(W&WG)」に4年ぶりに参加したけれど、盛り上がりを体感できてよかったですね。昨年も訪れているお二人はいかがでした?
安藤
来場者はすごく増えましたね。
広田
賑わっていましたよね。土日の一般公開用に用意した1万人分以上のチケットも、すぐ売り切れたようですし。
篠田
しかも一般来場者の25%が25歳以下で、平均が35歳以下だったそうです。若い人が、純粋にウォッチラバーとして来ているのが、嬉しかったですね。
安藤
今年のトレンドについて見てみると、ここ数年少しずつ進んできた小径化が本格化してきたと感じます。普通の3針モデルでケース径36㎜とか37㎜というのが小径といわれていたのに、例えばチューダーの「ブラックベイ 54」なんか、ダイバーズでありながら37㎜ですよ。40㎜を切る小径が一つのトレンドになった一つの象徴ですよね。
広田
これには明確な理由があると僕は考えています。それは、各ブランドとも時計のジェンダーレス化を進めているということ。腕時計業界も近年はリサイクル素材を積極的に開発するなど社会的課題への取り組みを行ってきましたが、これもその一つだと思います。ジェンダーレスを推し進めるのに、小径化は非常に有効ですからね。
篠田
確かにレディス、メンズと分けないブランドが目立ちましたね。ウブロ、ロレックス、チューダーなどは一部のコレクションで同じモデルのサイズ違いを出しています。あと小さな時計はジェンダーレスゆえに、パステルカラーとか文字盤色のバリエーションも増えました。
安藤
ええ。カラー文字盤ってここ数年のトレンドだけれど、僕はロレックスがある意味で重要な役割を担っている気がするんですよ。
篠田
3年前は「オイスター パーペチュアル」でキャンディピンクとかターコイズブルー文字盤のモデルを出して、すごい人気に。他も追随していますよね。
安藤
今年はそのロレックスが、なんとドット柄やパズル柄まで発表。しかもパズル柄のモデルは、カレンダーのところが絵文字になっている。かつてのロレックスならまずやらないだろうなということをやっていますよね。異端児モデルだとは思うけれど、今のロレックスの勢いを見ると、あれがヒットすることで次のトレンドを作っちゃうんじゃないかという気がします。
広田
この流れは、しばらく続いていくかもしれないですね。少なくとも技術を競い合う主戦場が、機械ではなく文字盤やケース、外装の方に移ってきたというのは間違いない。その象徴ともいえるモデルだなと思います。

ANDO'S RECOMMENDATION

01.グランドセイコー
テンタグラフ SLGC001
02.ショパール
L.U.C 1860

安藤夏樹/本時計特集の編集責任者を務める。『MOMENTUM』(日経BP)編集長を経て独立。国際的な腕時計見本市に、十数年欠かさず通う。現在は時計を中心とした記事を数多く編集・執筆。

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RECCOMENDATION01.
ブランド初の機械式クロノグラフ。「グランドセイコーらしくハイビートでありながら、72時間のパワーリザーブを実現。プッシュボタンの感触も心地よく、実用性が高い」(安藤氏)。自動巻き、Tiケース、径43.2㎜、181万5000円
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RECCOMENDATION02.
「小径時計の注目株。1997年発表の限定モデルをエシカル素材、ルーセントスティール™️でアップデート。このサーモンピンクは暖色系ダイヤルの大本命」(安藤氏)。自動巻き、SSケース、径36.5㎜、326万7000円(予価)、年内発売予定

大豊作のクロノグラフモデル

安藤
時計の価格自体も、ここ数年でものすごく高騰したなと感じます。
篠田
データでも、それは実証されています。2022年のスイスの時計輸出は本数ベースだと対前年比5.3%のマイナスなのに、金額ベースだと11.5%アップ。つまり、1本あたりの金額が高くなったということです。ここ数年この傾向が続いています。ステンレススチール(SS)で付加機能もほぼついていなくて、本来はエントリー的なポジションのシンプルなモデルでも、しっかり高いというか。
安藤
あるブランドでは数年前に出た金無垢のモデルと、今年のSSモデルがほぼ同じ値段なのには驚きました。もちろん金価格が上がっているから無垢モデルも高くなっているわけですけれど、上がり幅としてはSSの方が圧倒的に大きい。
広田
ただ、モデルによっては仕方がないですよね。SSって溶接がすごく難しいんですよ。特にオーデマ ピゲの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ」のようなデザインの場合、ケースとラグの溶接に非常に高度な技術を要するし、それゆえ数も多くは作れない。
篠田
じゃあ、妥当な価格だと?
広田
そうですね、安くはないですが。もちろんスイスフランが上がっているという背景もありますし、7、8年ごとに設備投資をするスイスブランドも多い。それによって質がよくなる一方、値段が高くなるという側面もあります。
安藤
あと、今年は気合の入ったモデルがクロノグラフに多かった印象があります。だから僕は“クロノグラフの当たり年”だなと思っていて。ちなみに、お二人が今回気になったクロノグラフは?
広田
僕はジャガー・ルクルト「レベルソ・トリビュート・クロノグラフ」。元の設計がよかったんですけれど、それを改造して裏にも時分針が付くようになりました。全体としてコンパクトにまとまっていて、ギミックとして楽しめる。
安藤
30分積算計がレトログラードになっていて、ケースデザインによく合っている。あれは評判がいいですよね。
篠田
僕はグランドセイコーの「テンタグラフ SLGC001」かな。次世代の基本となるメカニカルハイビートムーブメント「キャリバー9SA5」を開発した時から先を見越し、着実に前を向いて進んでいる。そういった姿勢がグランドセイコーに対する信頼性を高めて、ブランド価値を上げているような印象を受けますね。みんなが望んでいるものを、まさに望んでいる形で出せるっていいなと思う。
安藤
あとA.ランゲ&ゾーネの「オデュッセウス・クロノグラフ」。元々の「オデュッセウス」のデザイン、ボタンの役割やレイアウトは変えずに、クロノグラフ機能を付加している。そのためにムーブメントを新たに作ったというのがいいですよね。デザインコードを守るために機械の方を新設計するっていうのは、いかにもA.ランゲ&ゾーネらしいな、と。
篠田
いろんなものが見えますよ、クロノグラフを通して。ブランドとしての姿勢も見えるし、ものづくりへのこだわりも見える。いいクロノグラフを持っているところは、やっぱりいいブランドなんだなと思わせてくれます。
安藤
タグ・ホイヤーなど他にも話題作が多いし、クロノグラフを買いたい人は今年こそ意中のモデルを見つけられるのでは。

ロレックスが認定中古に着手

安藤
最後にもう一つ。昨年末、欧州でロレックスの認定中古プログラムが始まったことが話題です。認定中古については、すでにフランク ミュラーやリシャール・ミルなどでは行われてきました。今回、ロレックスがいよいよそこに参入したわけですね。
広田
他ブランドの認定中古と違うのは、ロレックスは整備と保証を与えるだけで、買い取りや販売を行うのは長年パートナーシップを組み、ヨーロッパで店舗を展開する時計店「ブヘラ」という点。まあ、試行錯誤しているなという感じかな。
篠田
ジュネーブでブヘラのブティックを見に行きましたけれど、実際、そんなに安くはなかったですね。
広田
安くつけると自分たちの価値を下げることになるし、それではそもそもものが集まらないでしょうしね。
安藤
一般的にブランドが認定中古をやる意味というのは、新品の不足を補い新たな収益源にすることと、中古価格をコントロールしてブランド価値を一定に保つことだと思います。その点において僕は認定中古肯定派ですが、ことロレックスに関しては中古価格のコントロールは難しいんじゃないですか。ロレックスには専門中古業者がすでに十分な数存在し、マーケットが完成されている。そういう状況で、認定中古がどれだけマーケットプライスに影響を与えられるのかなと。ただ、正規の中古だとこのくらいの値段ですよと提示することでブランド価値を担保していくという点では、意義はあると思います。
広田
あとはまあ、買い替えを促進したいという狙いもあるとは思う。そういう意味で認定中古は今年以降、いろいろなブランドが採用するはず。ただ、ロレックスの場合はブヘラが値付けをして売買しているらしいけれど、同じノウハウを他ブランドが持てるかというと厳しいですよね。これについては、それぞれのブランドが今後、きちんと向き合っていかなければいけないテーマだと思います。

掲載商品の価格は2023年6月16日時点のもので、すべて税込で表示しています。
素材の略称:SS = ステンレススチール、WG = ホワイトゴールド、PG = ピンクゴールド、RG = ローズゴールド or レッドゴールド、YG = イエローゴールド、Pt = プラチナ、Ti = チタン