
ドコモgaccoは2009年、NTTナレッジ・スクウェアとして設立。2015年8月に現在の社名に商号変更し、一貫して「学びの提供」を主力事業としてきた。コア事業は個人向けのオンライン動画学習サービス「gacco」、そして法人向けの「gacco for Biz」の2つである。
2014年から開始したgaccoは、日本におけるMOOC(Massive Open Online Courses)の先駆けとして注目を浴びた。全国の大学、企業、省庁などが参画して“人生100年時代の学び”を支える専門的な映像プログラムを提供。会員数は120万人を突破、日本最大級の動画学習サービスとして存在感を高めている。
この基盤をもとに、法人向けの人材育成プログラムに昇華させたのがgacco for Bizだ。VUCA時代のビジネスパーソンが身につけるべき普遍的なスキルや教養を学び、実践に活かすことを狙いとする。2022年から本格化したgacco for Bizの需要は高まる一方で、これまでにANA Cargo、NTTコミュニケーションズ、大成建設、ベルシステム24などで導入実績がある。
急伸した背景にはコロナ禍のパンデミックを機にテレワークが本格化し、企業研修にeラーニングが浸透し始めたことが挙げられる。それに加え佐々木氏は「独自のアプローチがgacco for Bizを押し上げた」と語り、こう続ける。
株式会社ドコモgacco
代表取締役CEO
佐々木 基弘 氏
「入力だけのeラーニングでは学びは定着しません。そこで私たちは知的好奇心、入出力経験、自律性という3つのテーマを掲げ、オリジナルのラーニングデザインを作成。学んだ成果をきちんと出力できる場を提供するプログラムを考案しました」(佐々木氏)
株式会社ドコモgacco
代表取締役CEO
佐々木 基弘 氏
ラーニングデザインでは、「問いを立て、関連づける力」を念頭に置いた。従来から必要とされてきた課題解決力の養成については業務直結のスキルを習得できるプログラムも用意しているが、そのほかのプログラムでは一見、日々の業務に直結しない領域を学ぶのがgacco for Bizの特徴だ。これにより、「バラバラな要素を上手く結びつけて仕事に活かし、そこから一歩踏み込んで行動する人材の育成を支援したい」と佐々木氏は話す。
「この10年で社会は大きく変化し、フレキシブルな働き方が前提となり、エンゲージメントが重視されるようになりました。並行して人的資本経営が普及して、人材を資本と捉えるトレンドが生まれた。しかし一人ひとりの働き方、考え方の自由度が増したにもかかわらず、“自分は何をすればいいのか”と迷子になる人が増えているのも確かです。ここで大切になるのが、自分の中から沸き起こる“チャレンジしたい”という主体的な欲求です。その思いを喚起するためにも、問いを立てて関連づける力が基本になるのです」(佐々木氏)
gacco for Bizをユニークたらしめているのが「リベラルアーツ思考ビジネスプログラム」「地域越境ビジネス実践プログラム」の2つと言えるだろう。
リベラルアーツ思考ビジネスプログラムは、文字通りリベラルアーツからビジネスパーソンが抱える課題にアプローチする思考を学ぶ。哲学や歴史のエッセンスを経営判断に活かしたり、生物の進化を想像して仕事に落とし込んだりなど、「異なる視点から考えるヒント」を与える。具体的には大学教授などバラエティに富んだ専門家が解説する動画で事前学習を行い、事後にケースラーニングと呼ばれるグループワークを実施する流れだ。
「例えば日本史上の人物から学ぶ失敗事例の動画を観た後に、『もしあなたが関ヶ原の戦いに臨む石田三成だったらどうしますか?』と聞きます。ほかには『ペットボトルを進化させてください』『民主主義について考えてみよう』『これからの時代、私たちが今まで以上にお互いわかり合えるためのツールはどんなものがあればいいと思いますか』といった、日頃のビジネスでは出てこない問いを設定しています」(佐々木氏)
ここでは正解を求めるのがゴールではない。言ってしまえば、答えがない問いだからだ。「自分の意見を発して面白いねと言ってもらえる。この入出力経験が次世代リーダーのリベラルアーツ思考を養っていくことになるのではないでしょうか」と佐々木氏。受講後のセルフアセスメントでは、ネガティブケイパビリティ(不確実性や疑い、未知を許容する能力)のスコアが軒並み上昇。現場に戻った人たちからも「ビジネス業界に閉じずに幅広い領域からアイデア発想しても良いんだという気づきを得た」「マネジメントの幅が広がった」との声が寄せられている。
「私たちはスピークアウト(率直に意見を伝えること)を非常に重要視しています。自分の考えていることですから、正しい・正しくないは関係ありません。ただ、今の社会は自分の意見を気にせずにアウトプットするのが難しく、それが組織の停滞を招いたり、自由であることへの不安を増長させたりしています。だからこそ当事者意識を持って発言する訓練が大切。活発な意見交換によって共感が生まれ、いろんな人たちとビジネスを共創するところにつながっていくからです。そうした仕掛けを本プログラムで提供しています」(佐々木氏)
もう1つの地域越境ビジネス実践プログラムは、都市部の企業から日本全国の地域企業へ人材を派遣し、「地域企業の一員」として現地の課題解決に挑む実践型研修だ。期間は4カ月間と長いが、基本はリモート前提。本業とのダブルワークを確保しながら月間30時間を地域での活動に充てる。
プログラムの監修は、『日本一おかしな公務員』著者の山田崇氏(現在はドコモgaccoのChief Learning Officerを担当)、AI開発企業であるエクサウィザーズ創業者の石山洸氏(ドコモgaccoのChief AI Officer)が務めた。石山氏の参画からわかるように、生成AIを盛り込んでいるのがポイント。「石山メソッド」を投入して生成AIをカスタマイズし、プログラム参加メンバーが「知見のデータバンク」として活用する。山田氏が培ってきた地域活性化のノウハウを教師データとした「山田氏のAI化」がすでに実装済みである。
「生成AIの力を借りながら実践することは必須でした。なぜなら地域越境ビジネス実践プログラムでは、まったく異なる背景を持つ関係者とビジネスを共創する必要があるため、自身以外の視点からの意見をクイックに取り入れて進めることが鍵となるからです。派遣先はあえて100人以下の企業を選び、経営者と逃げられない関係を築きます。そこに対して生成AIを駆使しながら課題を解決していきます」(佐々木氏)
本プログラムは始まったばかりだが、1期目として20人が参加。参加者からは「相手企業の経営者の考えを意識することが、一段上の視点で自分の職場を見ることにつながった」「地域企業との協働を通じて、自分のスキルを実際に活用する機会が得られた」との評価を得ている。事業再建に向けて地域企業をクラウドファンディングで救済するなど、事業に深くコミットしたケースもある。
「派遣された人材は、自由な環境で地域企業と協業しながら、自分の力を発揮することができます。ただし誰も答えを教えてくれませんから、『何がしたいか』を自分の言葉で伝え、自分から行動しないと何も始まりません。ですから、起きたことに対して意味づけをする訓練を繰り返し、自分で次のアクションを起こしていくしかない。こうして次世代リーダー候補が力を蓄え、実践での学びを自社の中で発展させていく。このプロセスを促すのが地域越境ビジネス実践プログラムです」(佐々木氏)
先述したようにドコモgaccoは生成AIのビジネス実装にも意欲的だ。取材中、佐々木氏は自身が作成したチャット式の「徳川家康AI」を披露してくれたが、これは自分で工夫したプロンプト(命令文)を入力して完成させたのだという。画面上の家康公は哲学的な問いに対してもスラスラと答え、実際に会話しているかのようなテンポで進む様子が印象的だった。
「私は生粋の文系でプログラミング未経験の人間なのに、ここまで生成AIを活用してソリューションを作ることができた。これは驚くほど素晴らしい世界だと考えています」と佐々木氏。この体験をもとに開発した新サービスの「AIプロンプト思考ビジネスプログラム」も好調で、IT企業や新聞社などでも採用されている。
「答えを探すものではなく自分のやりたいことを拡張してくれるもの、というのが私の中での生成AIの定義。AIプロンプト思考ビジネスプログラムは『推し活×生成AI』『リベラルアーツ×生成AI』といったアプローチなので、プロンプトの書き方といったテクニックの話はしません。生成AIでも決め手は“問いの立て方”なのです。上手く活用すれば経営判断に活かせますし、仕事が変わりそうな予感もしています」(佐々木氏)
各種のユニークなプログラムを通じて「自分の指針を持てるビジネスリーダーを作っていきたい」と佐々木氏は結んだ。不確実な時代における人材育成には、ある種“型破り”な思考と実践が必要だが、ドコモgaccoのプログラムではそれらを体験できる。「問いを立て、関連づける力」は、これからの日本を変える原動力となるかもしれない。

