
グロービス
2026/1/8
クボタで人事人財育成のための研修開発プロジェクトを担ったのは、人事部に設置された人財開発室の山中駿氏、田中佑一氏、西村爽香(さわか)氏の3人だ。新たな研修を立ち上げることになった背景を山中氏はこう解説する。
「当社では、“人財”育成をこれまでも実施してきましたが、経営環境が大きく変化する中で、事業単位で意思決定する必要性を感じ、事業に資する人事を実行できる人財を育成できる環境整備が急務だと考えました」(山中氏)
クボタのように事業領域が多岐にわたる企業にとって、事業ごとの意識合わせが難しい現実があったと語るのは田中氏だ。「これまで、人事部門が戦略やビジョンに資さなければならないという感覚を共有できていなかった部分もありましたし、戦略人事について部門を超えて考える機会をつくりたいという思いもありました」。

こうした考えの下、戦略人事の取り組みを始めるにあたり、クボタがアドバイスを求めたのがグロービスだ。多くの企業の人材育成研修プログラムを設計し、自らも講師として登壇するグロービスの大矢雄亮(ゆうすけ)氏は、クボタの挑戦についての印象をこう語る。
「世間的にはまだ育成の方法論や定義すらも曖昧なこの戦略人事という領域において、その探索も兼ねた施策に取り組み、自社らしい形を創っていくという点で、クボタさんの取り組みは果敢な一歩を踏み出されたと感じました」(大矢氏)
クボタとグロービスは、「クボタにとっての戦略人事とは何か」について、プロジェクト発足当初から定期的にミーティングを重ね、時間をかけて研修プログラムを設計していった。その際、意識したポイントがあったという。
「戦略人事については世間で多様な定義がありますが、事業領域が多岐にわたり、またそれぞれの事業環境が異なる当社では、1つの言葉で定義するのは困難だったため、研修を通して社員各自が考えるスタイルとしました」(山中氏)
これを受けて田中氏も「定義は部署によっても異なりますし、いったん決めても変化の中で陳腐化してしまう懸念もあります。そこで、あえて定義はせずに、人事についての視座を上げ、戦略的な人事について考え続ける文化をつくることを念頭に置きました」と発言。
大矢氏と共に本プロジェクトをサポートしたグロービスのシニアコンサルタントのピエ七海氏は、「核」という言葉を使って設計方針を説明する。「具体的な定義が現場担当者の柔軟な判断を妨げてしまうのではないかとの懸念があったため、『核』となる部分は共通認識をつくりながらも、細部は各メンバーの自律性に任せる内容となるよう意識して共創させていただきました」(ピエ七海氏)。

こうして設計された研修がクボタの「人事人財育成研修(上級)」だ。
山中氏は、「ターゲットは非管理職者で、公募で受講者を募る形にしました。管理職者以外とした理由は、これからクボタを引っ張っていく人財に戦略的思考を持ってもらい、実際に管理職者になったときには戦略人事の考え方が身に付いている形にしたいという思いがあったからです。また、指名制ではどうしても受け身になってしまうため、主体性に期待して公募制としました」と言う。
人事に関する育成、それも戦略人事という抽象度の高い研修ではあったが、公募に対して16人が手を挙げ、想定していた数はすぐに埋まったという。
西村氏は、「人事も変革すべきだというメッセージは我々からも発信していたので、その問いに対してヒントをつかむために挑戦しようという前向きな受講者が多く、受講者の上司も部下に学びの機会を与えることについての理解がありました」と、公募時の状況を振り返る。
ただ、プログラム設計において、受講者の行動変容が求められるような研修を一から設計できるかどうかといった懸念や苦労もあった。この点について、グロービス側はどのような考えでサポートしたのか。
「行動変容という目的を掲げているからこそ、受講者の皆さんの意思・主体性を最大限尊重することが重要だと考えていました。受講者の皆さんに対して、私自身の知見や山中さん、田中さん、西村さんと議論を交わしてきた内容の蓄積を基に、一定の考え方や論点は提示しますが、あくまで答えを出すのはクボタの皆さんであるべきなので、誘導にはならないように気を付けました。 また、受講者の皆さんにとって後々の業務やキャリアに生きると考えられることはプログラム途中でも柔軟に進め方をアレンジするよう事務局の皆さんと話し合いながらやってきました」(大矢氏)
この絶妙な距離感を保ったファシリテーションや提案に助けられたと述懐するのがクボタの山中氏だ。「受講者がこの研修でインプットしたものをどのようにアウトプットし、実際の人事業務で形にできるかが肝でした。ここに悩んでいるときに大矢さんから提案してもらったのが、実際に受講者が考えた人事施策案を事業部に持ち込んで議論すること。研修という閉じられた場と現場をつないだことで、まさに行動を伴うリーダーシップの醸成につながったと感じています」。
今回、新たに設計された研修プログラム「人事人財育成研修(上級)」は、もともとひな型があったわけではなく、全くゼロからの設計だった。
「クボタの戦略人事がまだ不明瞭な段階から入ってもらい、ゼロから研修を設計するのは、研修会社にとっては手間がかかる作業だったと思いますが、支援してもらったお二人には議論自体を面白いと言ってもらえましたし、私たちも議論を進める中で知見が深まり、やりたかったことが固まっていきました」(田中氏)
「人事人財育成研修(上級)」は2025年2月から7月まで、計8回のプログラムで実施された。大きく分けると前半がインプット中心、後半は実践課題によるアウトプットだ。受講者の反応は様々だったという。
「多かったのは、『ビジョン・方針と人事施策との縦のつながりと、他の人事施策との横のつながりが意識できるようになった』という声です。これは人事戦略の位置付けに対する理解が深まったことを示していると思います。また、『自分自身が率先して普段の業務の中で実践していきたい』『クボタのことを熱く語り合える仲間と出会えたことが財産になった』といった声も聞かれました」(山中氏)
この研修の重要な位置付けを認識していたのは受講者だけではなかった。田中氏によると、最終セッションの発表会をオンライン配信したところ、予想を大きく上回る120人から視聴の申し込みがあったとのこと。「人事に携わる社員が関心を持ってくれていることが分かってうれしく思いました」と語る。
人財開発室からの発信があったとはいえ、抽象度の高い研修がなぜクボタで受け入れられたのだろうか――。
「会社が過渡期を迎えている中、人事も変わらなければいけないというメッセージが当社の人事人財にしっかり届いているからだと感じます。これまではOJT(職場内訓練)と自己啓発しか学びの機会がなかっただけに、人事に特化した研修が受け入れられたのだと思います」(山中氏)
研修講師を務めたグロービスの大矢氏からは、「設計時に事務局の皆さんと数カ月間かけてミーティングでしっかり議論を重ねてきたので迷いなく進められましたし、主催側のお三方も共に学ぶスタンスを体現されていたので、それが受講者の皆さんの学ぶ意欲を高めることにつながったのではないでしょうか」とのコメントがあった。
「人事人財育成研修(上級)」の今後の展望についてクボタの山中氏は、「今後もクボタの事業に資する人事を推進するために、2期生、3期生と研修を重ね、戦略人事の視座を持った人財を各組織に配置していくつもりです」と語る。田中氏も「受講者たちがこの熱量を現場に持ち帰って議論してくれたら、クボタの人事はもっと強くなるはずです」と期待する。
また、グロービスのピエ七海氏はクボタに対する今後のサポートについて、「クボタ様とは、事業や階層を超えた多様な研修を通じて関係をご一緒させていただいております。今後は、それらをつなぎ合わせていくことも自分の役割と捉え、企業全体の変革へとつながる成長ストーリーを共に描いていきたいと思っています」と決意を語った。
「人事人財育成研修(上級)」は、すでに次年度の2期の実施が決まっており、1期の受講生からのフィードバックも考慮しつつブラッシュアップしているという。クボタの山中氏は、「当社にとっての戦略人事の定義がないところからのスタートでしたが、研修の設計と実施を通して、陳腐化しない『核』としてたどり着いたのは、問い続けることが共通言語だということです。だからこそブラッシュアップを繰り返しながら継続していければと思います」と研修の意義と今後について付言した。
戦略人事の定義がハードルになっている企業にとって、あえて定義を決めずに議論の中で問い続けアップデートを繰り返す、いわばアジャイル的なクボタの手法は大きなヒントになるのではないだろうか。
