
Snowflake
2024/5/28
SHIONOGIは2030年のヘルスケア事業の姿として「HaaS」を掲げています。ヘルスケアがサービスになることで、私たちの暮らしや社会にどんなメリットが期待できますか。
北西由武氏(以下、北西<SHIONOGI>) HaaSは2020年6月に発表した中期経営計画「SHIONOGI Transformation Strategy 2030」の重点施策の1つです。高度化・多様化するヘルスケアニーズを的確につかみ、製薬企業の枠を超えた価値創出に挑みます。具体的には、医薬品の提供にとどまらず、健康増進、未病、予防、診断、治療、予後に至るまで、顧客ニーズに応じた様々なヘルスケアサービスを提供していきます。
既にHaaSを具現化したサービスもあるのですか。

北西(SHIONOGI) 島津製作所と合弁会社AdvanSentinel(大阪市中央区)を設立し、「下水疫学調査サービス」を提供しています。下水中のウイルス痕跡を測定することで、地域にどのくらい新型コロナウイルスが蔓延しているかをバイアスなく把握できます。感染対策の判断材料として、既に利用されています。
ピクシーダストテクノロジーズ(東京・中央)と「音刺激による脳活性化」をテーマに共同研究を行い、スピーカーを開発しました。テレビなどの音声を、独自のアルゴリズムで「ガンマ波サウンド」という音に加工して出力するスピーカーです。ほかにも「聴く」「見る」「触る」など、人間の五感に訴えかける「五感刺激」による健康づくりに挑んでいます。
まさに製薬企業の枠を超えたイノベーションです。これからどんなサービスやプロダクトが出てくるのか楽しみです。そのためにデータの活用が不可欠だということですね。データ活用に関連して、新たに「Central Data Management」という構想を打ち出されていますが、これはそうした狙いからのものですか。
北西(SHIONOGI) もちろん、データ活用の促進もありますが、以前はデータが各部門に散在し、活用も局所最適になっていました。営業や管理部門、経営などのデータも幅広く横断的に活用することで、ビジネスそのものをデータドリブンに変えていく。これが一番の狙いです。そのためには、社内外の多様なデータを一元管理し、その品質、鮮度、量、そしてプライバシー情報への配慮や、セキュリティーやデータガバナンスについても確保する必要があります。これがCentral Data Managementの基軸になる考えです(図)。

渡邉慶氏(以下、渡邉<SHIONOGI>) 創薬研究などでサイエンスベースのエビデンスをつくるときは、社外の医療ビッグデータを使うのですが、サイズが膨大です。以前はハードディスクにデータを格納して、それを入手していました。データの授受に手間と時間がかかることも大きな課題でした。
データ活用のプラットフォームに、グローバルで活用されているクラウドベースの「Snowflake Data Cloud」を導入しています。この選定理由を教えてください。
北西(SHIONOGI) 以前の環境はオンプレミス。自前で資産を持つので、保守運用が大変でした。数年サイクルで更新も必要です。これを今後も続けていくのか――。そう考えると、クラウドという選択肢は自然な流れでした。
渡邉(SHIONOGI) クラウドなら外部ともつながりやすくなり、膨大なデータもタイムリーに入手できます。データ分析のコンピュートリソースもオンプレミスのような制限がありません。必要なときに、必要な分だけリソースをスケールアップできます。オンプレミスでは使いたいデータがあっても、データベースとツールの接続で苦労することが多かったのですが、Snowflake Data Cloudは使いたいツールが既にコネクタとして実装されていて、アクセスビリティーの良さが群を抜いています。
周辺ツールが充実しているのは、プラットフォームを提供しているSnowflake(Snowflake Japan<東京・中央>)側が、ツールベンダーに何か働きかけをしているからでしょうか。

井口和弘氏(以下、井口<Snowflake>) 当社ではパートナーとのエコシステムによる価値向上を推進しています。基盤となるプラットフォームは私たちが整備し、周辺のツールはお客様が使いたいものを使っていただくのがベストだと考えています。データの連携・加工・分析のツールは、各ベンダーさんが優れたものを提供していますからね。
もちろん、こちらからツールベンダーさんに働きかけるケースもありますが、おかげさまでエコシステムの広がりが認知され、「このツールは使えないのか」というお客様の要望を受け、ツールベンダーさんのほうからエコシステムに参加を申し出ていただくケースも多くなりました。エコシステムが充実していけばソリューションとしての価値が高まりますので、私たちのビジネスにとってプラスですし、ツールベンダーさんも利用される機会が増え、ビジネスチャンスが広がります。

Snowflake Data Cloudの実装は、インテージテクノスフィア(東京都西東京市)が担当されたそうですね。
鈴木尚志氏(以下、鈴木<インテージテクノスフィア>) SHIONOGI様からデータ活用の考え方や目指す姿、さらに具体的な業務フローをお伺いして、権限設定や運用の仕方を共に考えていきました。それらのシステムへの落とし込みを当社が担当しました。
社内資産から新たなプラットフォームに替わると、データの運用や管理の仕方も変わってきます。社内ユーザーの理解はどのように取り付けたのでしょうか。

福永真一氏(以下、福永<SHIONOGI>) 当然、「変わることで、どんなメリットがあるのか」という疑問が出てきます。新しい環境になれば、部門内のデータだけでなく、部門外の様々なデータ、医療ビッグデータなどの市販データや外部のオープンデータも組み合わせて利用できます。さらにこれまでExcelで処理していた集計や分析も自動化できる。そのような具体的なメリットを訴えて理解を促しました。
プラットフォームに加え、組織体制も整備しています。データサイエンス部には、データサイエンスとデータエンジニアリングの2つのユニットが置かれていますが、それぞれの役割を教えてください。
北西(SHIONOGI) データエンジニアリングユニットは、必要となるデータそのものの設計や整備を担います。先を見越して必要なデータをすぐに使える状態で提供する、いわば前さばき的な役割です。実際のデータ活用での高度な解析は、データサイエンスユニットに所属するデータサイエンティストが担当します。
データサイエンス部は、約30人のデータサイエンティストと、約20人のデータエンジニアからなる総勢50人ほどの組織です。この組織設計もCentral Data Management構想の一環です。
2つのユニットに分けた大きな理由は、データサイエンティストにはデータの活用や分析に専念してもらうためです。例えば、データを分析する場合、一般的にはデータサイエンティストが必要なデータの収集や加工などの前さばきから行うことが多く、負担が大きい。また前さばきにも技術とセンスが必要で、両方兼ね備えている人材は中々いません。これを手離れさせれば、データから価値を生み出す本来の作業に専念できると考えました。
組織体制の特徴としては、データサイエンス部がIT部門から独立していることも挙げられます。
北西(SHIONOGI) 一般的なIT部門の役割は、当社ではIT&デジタルソリューション部が担っています。データサイエンスチームもIT部門の中に設置するケースが多いですが、そうなるとデータ活用よりもシステムの視点からデータを考えてしまう。システムのセキュリティーレベルを高めるには、外部との接続やデータ活用は制限したほうがいい――。本来メリットとデメリットのバランスで決めるべきですが、そんなふうになりがちです。
そこでIT部門と切り離して、データサイエンス部を創設し、その中にデータエンジニアリングユニットを編成したのです。IT&デジタルソリューション部はITのことだけ考える。データをどう扱うかはデータエンジニアが考える。システムの導入や更新の際は、IT&デジタルソリューション部とデータエンジニアが連携して、最適な形を考えていきます。
鈴木(インテージテクノスフィア) 当社はSHIONOGI様に限らず、多くのお客様のデータ活用環境の構築をサポートしていますが、データサイエンスとデータエンジニアリングを分けて組織しているケースはほとんどありません。以前から理想的な形と言われていますが、それを体現しているのは、本当に先進的だと思います。
福永(SHIONOGI) 実際にデータを活用する際は、データサイエンティストとデータエンジニアが協働でプロジェクトを進めていきます。例えば、生成AIには、どういうデータセットが適しているか。分からなければ、データエンジニアが専門的な視点から考えてくれます。質も鮮度も高いデータが得られますから、データサイエンティストは仕事がやりやすくなります。
井口(Snowflake) 海外ではSHIONOGI様のような組織設計をされているケースは割と多いですね。データの重要性が高まり、その量も種類も増えてくると、役割を細分化しなければ回らなくなってしまいます。これからのデータドリブン組織を先取りした形だと思います。
北西(SHIONOGI) 組織設計と併せて、データ活用のルールも新しくしました。「データ責任者」の定義を明確にしたのです。
これまでは、どのデータを誰が責任を持つかが曖昧だったのでしょうか。
渡邉(SHIONOGI) そういうわけではないのですが、これまでの考え方では、責任者はデータを持っている部署の部門長というように、役職にひも付いた形でした。しかし、データを使っている人が、その可能性やリスクも一番よく分かっています。そこで役職にひも付いた責任ではなく、使う人に管理責任を持ってもらうことにしたのです。
鈴木(インテージテクノスフィア) データを使う人を責任者に設定しているお客様は、実は初めての経験でしたが、理由を伺って「なるほど」と思いました。
福永(SHIONOGI) ユーザーが責任を持って使うから、データの質も価値も上がっていきます。どこに、どういうデータがあるかは、内製開発した「データカタログ」で公開しています。データの活用・分析の結果もデータカタログから再利用できます。
Central Data Managementを推進することで、どのような効果が上がっていますか。
福永(SHIONOGI) プラットフォームで管理するデータを、ダッシュボードで見える化できるようになりました。例えば、MRの活動は勘や経験に頼ることが多かったのですが、データを見れば、感染症の流行や治療のトレンドを把握できます。医療機関にいつ、どんな情報提供をしたらいいか。より適切なアプローチを見つけやすい。データに基づいて状況を判断することで、より早くアクションを起こせるようになったわけです。このようなデータ活用文化が、次第に根付きつつあります。
判断のシミュレーションも可能なのですか。
北西(SHIONOGI) 現在は統合的なデータの可視化を実現した段階で、シミュレーション機能は今後実装していく計画です。どこにどれだけのリソースを投下すれば、どれぐらいのリターンを確率的に期待できるか。これが分かれば、経営の意思決定もサポートできるようになります。データ活用のPDCAサイクルを速く回せるので、企業活動もよりスピーディーになるでしょう。
SHIONOGIの取り組みはデータドリブンな企業を目指す上で、1つのモデルケースと言えそうです。
鈴木(インテージテクノスフィア) データを基にリスクや状況を判断し、行動や意思決定につなげていく。データ活用は、ビジネスのバリューチェーンの1つに組み込まれていくでしょう。それを先取りしたモデルは、業界の枠を超えて多くの示唆を与えてくれます。
井口(Snowflake) データを使うのは、最終的には人です。人が使いやすい環境を提供するためには、仕組みを整え、組織を見直し、文化も醸成する必要がある。これらを一体的に推進している点が成功のポイントだと思います。
北西(SHIONOGI) 製薬会社にとって新薬開発は重要な使命ですが、不確実性が高く、成功確率も低い。開発には一般的に10年単位の時間がかかります。データドリブンな活動がより深く広く浸透していけば、予測精度が上がり、開発期間は短縮されるでしょう。さらに、新薬開発だけでなく、新しいヘルスケアサービスの効率的な開発にもつながるのです。
今回実現した仕組みを軸に、データドリブンな企業活動をさらに加速し、自社のビジネス変革にとどまらず、より大きな社会価値の創出につなげていきます。
