「インクルージョン(包摂性)、ダイバーシティ(多様性)、エクイティ(公正性)の推進」を戦略として打ち出す医療機器大手メドトロニック。重要なテーマの一つがジェンダー平等で、その実現のためには男性社員の意識改革が欠かせない。同社にはジェンダー平等などについて自ら考え、行動する男性社員グループがあり、自ら手を挙げて参加した社員が議論を活発に重ねている。社員グループや会社の目標は共通しており、女性が普通に働いて活躍する職場になること。2022年4月までグループリーダーを務めた濵田龍典さんは「いつかこのグループが役割を果たし終えてなくなり、『そんな社員グループもあったね』と振り返れるようになれば」と話す。
男性が変わるのではなく、何をするか
「チェンジのC」から「エクイティのE」へ――。日本メドトロニックなど日本法人3社には、女性社員のキャリアを応援する目的でつくられた社員グループ「メドトロニック・ウィメンズ・ネットワーク(MWN)」がある。MWNのサブグループの一つ「MAC(Men's Advocator for Change=変化を支持する男性)」の名称が21年5月、MAE(Men's Advocator for Equity=公正性を支持する男性)に変更された。MACは男性社員の意識改革を目的に18年に発足したが、名称変更と時を同じくしてMAEのリーダーになった濵田さんは「チェンジ(変わる)ではなく男性が何をするかが大事。実現すべきは公正性で、それを支持することになった」と説明する。
ただ、公正性を一言で言い表すのは難しい。MAEでは、社員を平等に扱うということではなく、同じようにアウトプットが出せるようにしてあげることだと考える。そのためには、この人にはある程度大きな下駄(げた)を履かせ、この人には下駄はいらないといった判断が必要になってくる。MAEの議論はそこまで進んでいるが、濵田さんはその前提として、各社員の能力や知識、背負っているハンディ、ものの考え方などのバックグラウンドを、各社員と周りが普段からコミュニケーションを取りながら共通認識として持っておく必要があると指摘する。
周りが躊躇する中、濵田龍典さんは率先して手を挙げ、MAEのリーダーになることを決断した
濵田さんがMAEの活動に加わったのは、南九州支店でセールスマネジャーを務めていた2年前。マネジャーを対象にしたメンバー募集に応じたのがきっかけだ。当時11~12人の部下の中に女性が2~3人おり、ジェンダー平等について情報を共有できる場が欲しいと感じていた。また「これまで所属してきた部署の意思決定が同質化された人々で行われていて、あまりダイバーシティな状況になっていない」と思ってもいた。意思決定に女性や若い社員など様々な視点を入れられるよう、何か行動を起こすことができればとの気持ちがあったそうだ。
ワークショップで「無意識の偏見」探る
MACのときは「女性がライフイベントによってキャリアをストップさせないようにするためには」というテーマで議論を行っていた。濵田さんがMAEのリーダーになるとその延長線上で「では我々に何ができるか」を話し合い、社内アンケートもとった。状況を変えたりコントロールできたりするのはトップマネジメント層ではなく、直接の上長であるミドルマネジャーや支店長たち。それらの役職者に意識を変えてもらう必要がある、というところが昨年度の活動のキーポイントとなった。
メンバーが共通認識として持っていたのは、5~6カ年計画で取り組む長期の活動になるだろうということ。昨年度を起点に▽ダイバーシティの認知を上げる▽興味を持ってもらう▽行動を起こしてもらう▽共有してもらう▽最終的に男性社員全員がMAEのメンバーになる――の5段階でダイバーシティの実現を目指そうと考えた。そのため昨年度は、認知を上げていくことに全力を注いだという。オンラインセミナーやワークショップを開いたり、社内でダイバーシティの経営上のメリットを訴えたりした。
濵田さんは社内の意思決定において女性や若い社員も含めた多様な価値観が必要だと考える
昨年度に行ったワークショップの一つが「アンコンシャスバイアス(無意識の偏見)トレーニング」。ダイバーシティの障壁になるアンコンシャスバイアスは誰もが持っている。事例集をもとに「これはバイアスだ」「バイアスが隠れている」といったことを社員に話し合ってもらい、まずはアンコンシャスバイアスを認知してもらう取り組みだ。事例集は手づくりで、いろいろなところから情報を集めたり、産休から戻って活躍している女性社員から自身が実際に体験したことや言われた言葉を聞き出したりしてまとめた。
3回開催してマネジャーの約2割にあたる80人ほどが参加。申し込み時にはメールが殺到して1時間ぐらいで締め切るほど関心は高かったという。ただ、ダイバーシティへの意識の高さは人それぞれ。「今どき、こんなチープな事例はないよ」という声に、「実はこれ、社内の事例なのですよ」と種明かしをすると、あ然としてしまうケースも。「確かにこういうことってあるよな」との意見も多く聞かれた。
メドトロニックがステップアップの終着点
大学卒業後、数社を経て濵田さんがメドトロニックに転職したのは09年。同社に対するイメージは「米国の外資系企業。プロセスより結果重視で厳しい仕事が待っている」。大手外資で自分の力を試してみたい気持ちが強かった一方、「3年も持てば……」という不安もあった。ところが、入ってみると「意外と性が合った」。新卒後、ほぼ1年刻みで転職を続けていたが、ステップアップの終着点はメドトロニックだったよう。もちろん厳しさはあったものの、気が付けば13年間、働き続けている。
メドトロニックに入る直前には同じく外資系の競合他社にいた。医療機器の営業では「これが良かった」というエビデンス(証拠)がなければ製品を医師や病院に提案しづらい。だが、その会社ではエビデンスが足りなければ「パッションで売りなさい」と言われていた。「パッションで売る」という営業方針はその前に勤めていた日本企業でも感じていて、その良しあしを自問自答しながら働いていたところもあったという。
メドトロニックでは各製品にエビデンスがしっかりと備わっていた。入社後、約半年にわたる研修で製品についての知識をたたき込まれる。濵田さんにはそれほど勉強することがあるのかという思いもあったが、学べば学ぶほど自社の製品が好きになっていく。教育担当者は真剣に対応してくれ、覚えるまで新入社員を帰さないし、自分たちも帰ろうとしない。研修期間が明けても「若葉マーク」の社員たちの質問にいつでも快く答えてくれた。とはいえ、かつて務めていた日本企業のような強制感は少しもなく、自律性や自主性に任せるというバランスがあって「個人的にやりやすかった」と話す。
濵田さんは人に喜ばれるような仕事、人のためになるような仕事がしたくて医療機器の業界に入った
初めは大阪支店に配属され、心臓ペースメーカー、植込み型除細動器を売る部門で営業を担当。仕事にはイメージ通りの厳しさがあったが、その分、成果をしっかりと認めてくれたという。北九州支店に転勤して1年後、34歳の時にマネジャー兼支店長に昇格。同社としては異例の若さでそのポストに就いた。現在は植込み型心電計のセールスマネジャーを務め、全国に散らばっている部下の目標管理、数値管理、育成を担っている。
MAEの活動は仕事にも役立っているという。これまで営業一筋だった濵田さん。会社で考えるのは「売り上げをどう伸ばし、市場をどう成長させていくか」など営業戦略に関することばかり。MAEに参加していろいろな部署、役職の社員と意見交換する機会が増えて「視野狭窄になっていたものが広がった」。そして「社内に文化というものを醸成させていくことの難しさ、楽しさをすごく実感した」という。そのためMAEとは別に「会社の文化をどうつくり、変えていくか」を考える社内サークルに入ったほか、昨年春から会社の制度も活用して大学院に通い、「企業の文化醸成」などのテーマで学んでもいる。
「しんどいこと楽しむ性格」で厳しい環境へ
MAEのリーダーは5月、活動に加わったばかりの粟井幹喜さん(カーディアックリズムマネジメント セントラルリージョン KS1 シニアセールスレップ)に交代した。入社して9年の粟井さんは、大阪支店で6年近く濱田さんの背中を見て仕事をしてきた。MAEでの経験談を聞き、ダイバーシティ&インクルージョンを学びたいとチーム入りすると、「責任あるポジションを自らに課さないとなかなか身につかないのでは」と思い、すぐさまリーダーに立候補。濵田さんは「まさか手を挙げてもらえるとは思わなかった」と笑うが、リーダーは1年ごとに新しい人がやった方がいいと考えていて、粟井さんにバトンを託すことに躊躇はなかった。
粟井さんによると、濵田さんは「インクルージョンの生き字引みたいな方。考えも柔軟で、インクルージョンとはこういうことだ、というのを行動で示している」。一方、濵田さんの粟井さん評は「責任感が強く、有言実行の人」。新リーダーとして最初の会議を終えた粟井さんは「皆さんがいろんな課題意識を持っている。今後、3つに整理したトピックのうち、メンバーがどのトピックでどのようなアクションをしたいのかを議論し、実行していきたい」。そんな計画力・行動力を見て、濵田さんは「MAEは視野を広げるにはいい環境だし、正論だけでは動かないような人を動かそうと努力することもいい経験になる」とエールを送る。
さらに働きやすい職場環境実現にむけて、日本各地のMAEメンバーがリモート会議で活発な議論をかわした
甲子園を目指して強豪高校に野球留学したり、大学新卒で営業でもトップレベルの難度といわれる宝飾品・着物を売る仕事をしたり、競合他社からより大きな存在のメドトロニックへの転職に挑戦したり。濵田さんはこれまで人生の節目で「やっていけるかな、難しいのではないかなという厳しい環境にあえて飛び込んできた」と振り返る。多忙な業務の傍ら、MAEなどの社員グループに加わったのも、そうした「しんどいことを楽しむ性格が影響している」とほおを緩める。
リーダーを代わったとはいえ、MAEではこれからもサブリーダーとして活動に携わっていく。上司から「ちょっと活動に参加しすぎだぞ」と冗談めかして言われるそうだが、その分ビジネスで結果を残せばいいと気を引き締める。「営業としてもっと大きな組織を、もっと大きなお金をというのは野望として普通にある」。そのために社内外で取り組みたいことが今後も数々出てきそう。厳しいことに挑戦する性格も変わりそうにない。2足だけでなく、3足、4足……と履く草鞋(わらじ)の数はこれからも増えていくのだろう。
「MWNに男性20人、理想形に」~尾崎洋子コロナリー&リーナルデナベーションディレクター
尾崎洋子さんは子育てしながらメドトロニックでキャリアを築いてきた
――女性が社内でキャリアを継続し、ステップアップしていくことの重要性をどう考えますか。
「『人々の痛みをやわらげ、健康を回復し、生命を延ばす』という会社のミッションを実現するためにはイノベーションが必要で、その大前提となるのがダイバーシティだ。女性に限らず社内に多様性があり、相互にリスペクトしていろんな意見が出てくることが大切と考える。キャリアプランについてメドトロニックでは自分自身でつくっていくことを推奨している。管理職だけでなく、スペシャリストとしてスキルを活かしていくなど、いくつかのキャリアパスを用意している」
「子育てや介護など何らかの事情でサポートが必要になった場合に利用できる社内制度も多くある。子育ても介護も女性の方の負荷が大きくなる傾向はあると思うが、本来男女にかかわらず起きるライフイベントなので制度の対象は性別には関係ない。例えば、場所を選ばないハイブリッドワークや時間に融通を利かせられるスーパーフレックス制度で、フレキシブルな働き方をサポートする。今期から保育園のマッチングサービスやベビーシッターの補助制度も導入し、子育てと仕事の両立を支援している」
「キャリアを長いスパンで考えたとき、性別に関わらず、さまざまな要因で管理職からそれ以外の役割になることも考えられる。それを降格ではなく役割分担の変更として、本人や周囲が前向きにとらえ、個人とチームのさらなる成長につなげていくことができるような環境づくりが必要だ」
――MWNの活動はどのようなミッション、考えのもとに生まれてきたのですか。
「メドトロニックは共同創業者のアール・バッケンが『女性がリーダーシップを執る世の中へ』という夢を記し、またミッションの一つとして『社員一人一人の価値が認められる』というものがある。従業員に対して働き甲斐のある職場をつくろうという中で、MWNはまず1990年に米国で発足した。その取り組みをもっとグローバルでやっていこうということで、2012年に日本でも設立された」
初代MWNリーダーの尾崎さん(左)と前MAEのリーダーの濵田さん。ともに願いは「女性が普通に働いて活躍する職場になること」
――尾崎さんは日本でMWNの初代リーダーでした。
「私自身、子供を育てながらキャリアを築いてきた。苦労を抱えて相談してくる後輩が周りにいて、同じ大変さを味わわせたくないという思いもあってリーダーを引き受けた。日本の代表としてグローバルの会議に4回ほど参加。2015年にオペレーション本部のある米ミネアポリスで開かれた集会には各国から女性800人ぐらいが集まり、すごいエネルギーを感じた。海外での試みを日本に持ち帰って、こんなことをやっているよと言って日本のMWNを形づくっていったのがいい思い出だ。ただ当時のメンバーは女性だけ。男女関係なく、しっかりと話ができて問題を解決していけるような組織になればと願っていた。現在はMWNのメンバー約70人のうち20人が男性。当初思い描いた理想形に近づきつつある。いずれは活動自体が不要になり、発展的に解散できることを願っている」
PROFILE
濵田 龍典(はまだ・たつのり)
2006年大学を卒業後、大手通販会社、医療機器の専門商社やメーカーなどを経て、09年3月日本メドトロニックに入社。大阪支店の心臓ペースメーカーなどを扱う部門で営業を担当。18年5月北九州支店長となり、エリアのセールスマネジャーに。21年5月から全国の植込み型心電計のセールスマネジャーを務める。休日は長男が所属する少年野球チームで指導。「監督やコーチとしてノックをガンガン打っている母親もいて時代の変化を感じる」という。京都府出身。
