数々の女性活躍推進施策を導入し、スピード感を持ってID&E(インクルージョン、ダイバーシティ、エクイティ)を推進している医療機器メーカーのメドトロニック。世界150カ国で展開するグローバルなマインドを日本法人にも反映させるべく、さまざまな人事施策を打ち出しているのが、HR(人事)リワード リーダーの海老澤淳さんだ。メドトロニックでは具体的にどのような人事施策を導入し、成果を上げているのか。人事担当者としてその狙いはどこにあったのか。さらには女性を含めたあらゆる従業員の働きやすさを実現するために、今後はどのような施策を推し進めていくのか。メドトロニックのID&E戦略を支える制度づくりについて海老澤さんに聞いてみた。
人事一筋で組織を支え、企業戦略と人事戦略を一致させる
大学院で人的資源管理論を学び、その後も国内企業、外資系などの企業で人事、HRコンサルタントなど人事領域の仕事をしてきたのが、日本メドトロニック HR リワード リーダーの海老澤淳さんだ。
学生時代は吹奏楽部でチューバを演奏したり、バンドでもベースを担当するなど、チームを支える存在だったという海老澤さん。ビジネスにおいても人事として縁の下の力持ち的存在でいることが合っていると自己分析し、「みんなが働きやすいように環境を整えることにやりがいを感じる」という。現在はHRで事業戦略と報酬や福利厚生を紐づけるトータルリワードの責任者として、日本のみならず、オーストラリア、ニュージーランドといったアジア部門を管轄する。
会社経営の要となる人事だが、新しい制度を導入するにはコストが伴う。それらの投資が会社にとっていかに合理的なメリットがあるかを精査し、ストーリーを組み立てることで、経営層のコンセンサスを得て、会社を向かうべき方向へ推し進めるのが海老澤さんの役割だ。
在宅勤務×スーパーフレックスで仕事とプライベートを両立
ID&Eに注力しているメドトロニックではさまざまな施策を展開。海老澤さんたちのチームが中心となり制度の改革、新規導入を進めている。
「ID&Eはこの数年で急激に社会的な課題として、大きくクローズアップされるようになりました」と、その変化のスピードを語る海老澤さんは、メドトロニックのID&Eの課題を次のように分析する。
「メドトロニックのグローバルでは、ID&Eはもはや当然中の当然のこと。しかし、日本法人ではまだまだ部門による差があるのが現状です。内勤では男女数の差は減少しているのに比べ、セールスなど外勤部門では男性7:女性3と、まだ男性が多い部分があります」(海老澤さん)
それらの解消に向け、コロナ禍中から「New Way of Working」という制度改革を積極的に推し進めてきた。
なかでも大きな成果を上げているのが、2021年3月に大幅な見直しを行った「在宅勤務制度」と「スーパーフレックス」の導入だ。スーパーフレックスでは、勤務時間を朝5時〜夜22時までの間で勤務時間である7.5時間を、業務と個人の都合に合わせて配分することが可能。通勤時間が不要な在宅勤務と掛け合わせることで、働く時間を自分で選ぶことができる。
「例えば家事が忙しい夕方は、いったん業務を止めて、家事に集中し、落ち着いた夜に再開するといったことも可能です。これによって、時短勤務を取得する必要性が無くなり、数十名いた時短取得者が、2023年には4分の1以下にまで大幅に減少しました」(海老澤さん)
自身もリモートを活用し子育て&家事を担う
女性だけでなく男性にとっても、これらの制度が大きなメリットとなっており、海老澤さん自身がその体現者でもある。海老澤さんはこの制度を活用して、在宅勤務を中心に業務スケジュールを組んでいる。出社が基本の共働きの妻と共に、料理や掃除、子育てなどに大きく関わることができているという。
「子どものお弁当づくりも分担してやっています。コロナ禍前は家に帰るのも遅く、なかなか家事や子育てに参加できませんでした。特に子育てにしっかり参加できるようになり子どもとの会話が増えたことは、本当によかったです」と、人生への満足度が上がったことを実感している。
2023年5月から営業社員を対象に導入している「テリトリーカバー インセンティブ」は、休職者や時短勤務者が出た際に、その業務をカバーする従業員にインセンティブを支給するプログラムだ。このプログラムがあることで、休職者・時短勤務者本人は周囲へ迷惑がかかるのではないかという心理的な負担が軽減され、それをカバーする従業員も気持ちよくサポートすることができる。ほかに産後6カ月までに育児休業から復職する従業員を子どもが1歳になるまで経済的にサポートする「育休早期復職支援プログラム」など、女性活躍推進に寄り添う施策の導入を進めてきた。
これらの制度の多くは、女性活躍に積極的な部門からのニーズに応えるかたちで、トライアルからスタート。それを全社展開していくというのが成功パターンだ。
いきなり全社で施策を実行するのでは、尖った施策が生まれにくく導入にも時間がかかってしまうが、その点、トライアルであれば取り組みやすい。「『まずはやってみよう』という姿勢が、多様な施策を生み出すポイントです。ある部門がトライしているのを見て『自部門でもやりたい』という声が上がり、それによって全社展開もしやすくなります」(海老澤さん)
本人にも部門にとっても目に見えるメリットを提示
どの会社にとっても、ID&E施策として制度を導入したところで、それを全従業員のマインドに落とし込んだカルチャーを醸成するのは簡単なことではない。
メドトロニックにはビジネス部門が16あり、それぞれの部門によりID&Eへの温度差が発生することもある。業務内容やメンバー構成などによって、実装しやすい施策に違いが生じることもあるのも事実だが、その温度差をできるだけ解消するために、「人事として現場とコミュニケーションを重ねていくことが大切」だと海老澤さんは語る。
例えば「数字的なメリット」という明確なリターンを提示して対話することも、そのポイントのひとつとなる。従業員の働きやすさや働きがいを高めることが、いかに事業の数字に反映されるか具体的に示すことで、現場からも理解が得やすくなるのだ。
具体的な評価=報酬というリターンが重要なのは、ジェンダーにおけるペイギャップ解消においても同様だ。一般的に、男女の賃金差は、男性に比べて女性管理職が少ないことによることから生じている部分が大きいと言われる。女性管理職の登用を促進するために、現状を可視化し、より登用を促進する方法を検討しているという。
「管理職になることだけがやりがいではないので、報酬というある意味分かりやすい形で評価されることも、重要なモチベーションアップにつながると考えています」(海老澤さん)
男女共同参画推進やLGBTQA+についての社員グループから得るヒント
メドトロニックには、ID&Eのための従業員主導型の社員グループ(ERG)がある。共通のアイデンティティをもとに従業員がつながる場を作るプラットフォームとして始まり、70カ国に26,000人以上のメンバーを擁し、メンバーやパートナーと協力し、ID&Eの取り組みを進めている。海老澤さんも、2022年には男女参画を推進し、ライフイベントとキャリアの両立を目指す「MWN(Medtronic Women's Network = メドトロニック ウィメンズ ネットワーク)」、2023年からはLGBTQA+をテーマとする「PRIDE Network(プライドネットワーク)」というグループに参加し、さまざまな学びを得ているという。
MWNでは、サブグループであるMAE(Men Advocating Equity)に所属。MAEは、男女のバランスの取れた職場を推進する男性社員組織で、男性視点で男女の公正性実現を提唱する活動を行っている。もともとは人事制度設計において、現場の具体的な課題を知ることをと目的に参加したMAEだが、生の声に触れることで、さまざまな気づきを得ることができたという。
もうひとつのPRIDE Networkは、すでにグローバルで長年、活動していたグループ。約1年の準備期間を経て、2023年12月、日本でも正式にスタートした取り組みだ。
「自分ではLGBTQA+に対する偏見は持っていないつもりでしたし、サポートもしたいと考えてきました。しかし、実際に活動に参加してみると、課題の存在にすら気づいていないことを思い知らされました」と海老澤さん。LGBTQA+の従業員や家族に寄り添い、安心して働いてもらえる環境をつくっていきたいと、改めて感じている。
転勤や単身赴任見直しにも挑戦
そんな海老澤さんにとって、2024年は「会社と個人の関係を考えた、働き方を再定義」することが目標だ。具体的には、「転勤」と「単身赴任」という働き方の見直しがある。
「転勤も単身赴任も、私生活に大きな影響を与えるもので、時にはプライベートが犠牲になってしまうこともあります。こういった働き方の解消に取り組みたいと考えています。しかし、これはビジネス慣習とも密接に関わる話なので、課題は根深く解決には時間も必要です。しかし、会社と従業員との関係性をもう一度再定義することで、会社と従業員の双方に納得感のある解を目指したい」(海老澤さん)。これまで以上のスピード感と、トライ&エラーで挑戦し続ける柔軟さがより一層重要になるが、それによってさらに新しいメドトロニックをつくっていきたいと意欲を燃やす。
海老澤さんは、ID&Eが会社にもたらす強みは「レジリエンスにある」と分析する。「ダイバーシティであるほど、意思決定は難しくなりますが、その分、危機に面したときの立ち直りが強くなるはず。それが企業としての底力になっていくはずです」(海老澤さん)。
その結果として、「医療テクノロジーの業界で働くなら、環境が整っているメドトロニックがいい」と思ってもらえるような会社にしていくのが目標だ。メドトロニックのID&Eを支える人事制度づくりはこれからも進化をし続けていく。
PROFILE
海老澤 淳(えびさわ・じゅん)
大学院修了後、大手総合電機メーカー、シンクタンク、教育関連企業、ヘルスケア関連企業などで、人事担当、HRコンサルタントなどに従事。2019年、メドトロニックに入社。現在は同社HR部門で報酬や福利厚生を担う。
