Empowerment Report

エンパワーメントレポート

女性管理職の輩出「当たり前に」
ダイバーシティ戦略に生かす営業現場の視点

明治安田生命保険相互会社
執行役員 近畿地域リレーション本部長

長谷川 誓子さん

2024.09.04 掲載

明治安田生命保険相互会社の長谷川誓子さんは、短大卒業後に地方の事務職として入社した。そして今年の4月に、女性の生え抜き職員では、同社で2人目となる役員(執行役員)に登用された。法人営業部門で20年以上実績を積みながら、本社で人事部ダイバーシティ推進室長(現:人事部人財開発・ダイバーシティ推進室)として全社のダイバーシティの推進を率いた経験も持つ。その歩みから自社のDE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン)の強みを語ってもらった。

地域のみなさまとの繋がりを広げるために知恵を絞る日々です

 京都市の中心部。「京の台所」と呼ばれる錦市場などに程近いオフィスビルにある、「近畿地域リレーション本部」。大阪府を除く近畿圏(京都府、滋賀県、奈良県、兵庫県、和歌山県)を統括する本部だ。

 長谷川さんは執行役員登用と同時に同本部長に就任した。「管轄している地域の、市町村の首長や企業へのご訪問で、各地を歩き回っています」と長谷川さん。広い地域だけに宿泊をともなうこともしばしばだ。「当社は、2030年にめざす姿として掲げている『ひとに健康を。まちに元気を。』に向けて、健康寿命の延伸と地域活性化に注力しており、日々、地域の方々との繋がりを広げるため知恵を絞っています」今も学びながら、考えながら駆け巡っているようだ。

女子プロゴルフトーナメントにおける明治安田特別賞のプレゼンター役も地域リレーション本部長の務め(写真右は小林 光希選手)

大阪総合法人部長を務めた際は、所属員の高いエンゲージメントを維持

 京都赴任の直近までは、大阪総合法人部長を務めた。本社機能を置く大企業も多い大都市・大阪での法人部長職は、1997年に初めて地域一般職から法人営業部門に登用されたキャリアの総仕上げでもあった。当時実施していた、所属長の「イクボス度」をはかる調査において、大阪総合法人部の所属員のエンゲージメントは非常に高く、全社平均を大きく上回っていた。

 ひとりのエース的な人材に狙いをつけて引き上げるのではなく、「みんなにやる気を出してもらうように心がける」ボトムアップ式が、“長谷川流”のようだ。自分自身を「何かを強く言ったり指示したりするタイプではない」と考えている長谷川さんは、法人営業のエキスパートとして「こういうアプローチは試してみた?」「もっと他のキーパーソンにも会ってみたら?」とアドバイスすることが多いという。

 「営業がうまくいかなくて『無理です、できません』という人は、具体的なアプローチ方法を知らないか、やっていない人が多いんですね。実際にやってみて、小さくてもいいから成功体験を積み重ねてもらう。そうすれば自信になりますし、次のモチベーションにもつながります」

地域リレーション本部でも、ボトムアップ式が“長谷川流”

仕事にワクワク、寿退社を“撤回”

 長谷川さんは静岡県の出身。地元の短大を卒業して、明治生命(当時)の浜松支社に事務職として入社した。「数年働いたら、結婚して家庭に入るのだろうなぁと、当時は思っていました」

 入社して3年目で結婚し、4年目に長男を産んだ。それでも会社を辞めることはしなかった。その理由を「実際に会社に入ってみると、多くの先輩女性が結婚・出産後も働き続けていました。子供の世話を一部、親にお願いできるなどの環境がある人がほとんどでしたが。ただ、自分自身も『脂が乗っていた』というか、働くことがとても楽しくなっていた時期でしたので、続けられるなら働き続けたいと思いました」と打ち明ける。

 仕事内容は営業の補助的な仕事が多かったが、いろいろな顧客が店頭にやってくる中で、「会ってお話を聞くのが好きだった」と当時を振り返る。入社して9年目には次男が生まれたが、その後も働き続けてきた。「当時は育休の制度は無く、産休(産前6週間・産後8週間)のみでしたから、それ以外は夫や親と協力しながら、地元で仕事を続けてきました」

地域総合職への選抜、転機に

 転機が訪れたのは1997年、37歳のころだった。会社が地域の一般職の役割を拡大し、新たな職務へのチャレンジを後押しし始めたとき、選ばれた1人が長谷川さんだった。

 それまで営業の経験は一切なかった。当時の法人営業は男性職員のみが担当していた時代だった。先輩の男性職員について得意先などを回り歩き、営業のイロハを学んでいった。「それまで名刺を使ってお客様を訪問したことがなかったのですが、実際に営業をしてみると名刺にある会社の名前を見て、会ってくれる、話を聞いてくれる。これは自分にとっては、それまでとは違う仕事ができるという衝撃的な体験でした。やる気になりましたね」と、長谷川さんは当時を思い出して目を輝かす。

 営業のノウハウを学びながら、静岡県内の中堅・中小企業を訪ね歩いた。「営業には数値目標がありますが、それを達成するにはどのように訪問先プランを組み立てるか。それを自分で考えてできるのは、言われたことをやるだけの仕事より自分に合っていたと思います」と長谷川さんは営業1年生の頃を思い返す。

 中小の企業が導入すべき退職金制度や弔慰金制度など、福利厚生面を総合的に改善するプランなどを提案しながら自社のサービスを採用してもらう成功体験を積み重ねてきた。

営業は、それまで事務職だった自分にとって衝撃的な体験でした

自ら手を挙げた異動、広がった視野

 今でこそ法人営業部門で活躍する女性職員は多いが、長谷川さんは明治安田における、女性による法人営業のパイオニアだ。「男性の方がダイナミックな仕事ができるというバイアスはまだあるでしょう。でも、地域型の女性は転勤がないからこそ、長い間お客様に寄り添い、信頼関係が築けるという利点があると思います」

 次の大きな転機は2013年に、「チャレンジポスト制度(現:キャリア・チャレンジ制度)」を利用して、東京本社への異動に手を挙げた時だった。「東京の本社で働くことはあまり想像していなかったのですが、ポストがあるなら1度はやってみよう」と考え、やはり法人営業でのポストを希望した。

 東京で法人営業部長職を2年務めたあと、異動になった先は人事部のダイバーシティ推進室。長谷川さんは「最初はダイバーシティについて何も知らなかったので、戸惑いはありました」と苦笑しながらも、「好奇心旺盛ですから、なんでも腹落ちするまで調べました」と、ダイバーシティに意欲的な企業をいくつも訪問し、専門家にも話を聞くなどで理解を深めていったという。

 そうして行き着いた考えが、「ダイバーシティ推進は、会社として選択していくべき戦略なのだ」ということだった。長谷川さんは、こうまとめる。「100の力を持つ人財がいるのに、社内に何かの制限や壁があって50とか70の力しか出せていないとすれば、それは企業にとって大きな損失です。100の力を発揮できるようにする大きな要素として、DE&Iが必然なのだと思い至りました」と力を込める。

 女性活躍という観点で社内を見渡すと、最初に思ったのは「女性に自分を低く見積もって欲しくない」ということだったという。「自分ですべてできる自信がないと、そのポストに就くべきではないという思考にハマるところから、解放してあげたいと思いましたね。」自信がないというのは、自分を低く見積もってしまっているからというのが、長谷川さんの見立てだ。

 男性なら自信のあるなしにかかわらず、管理職などに昇進が決まればやっていく人が多い。「同じように女性も、普通に自信を持って働いて昇進していける、普通にそういう人財が輩出されていくことを当たり前にしなければと考えました」

 そのためには研修制度や社内の仕組み・システムを作っていく必要があると考えた長谷川さんは、女性職員への研修制度を拡充していく一方で、役員陣にも研修やセッションを受けてもらう仕組みを整えるよう提案してきた。

誰もが「100の力」を発揮できる仕組み作りに取り組んできた

 「ダイバーシティの戦略的な重要性を、最初の頃の私自身のように理解していない役員も多かったのです。女性だけに『研修せよ』というのでは不十分。役員らもその意義を理解してこそ定着し、通常の人事で女性管理職が輩出されていく仕組みができていくと考えました」

 大阪総合法人部長を経て、近畿地域リレーション本部長となった今も、長谷川さんの元にはダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン(DE&I)について「講演してほしい」との要請が多いという。「大手企業だけでなく、中堅・中小のお客様も時代の流れを感じ、良い人財の採用を目指してDE&Iを理解したい、深めたいという意欲が高まっているようです」と、長谷川さんは話す。

 そして、プライベートでは、2人の息子がそれぞれ結婚し、孫もいる。「息子の奥さんたちが、よく写真を送ってくれるんです。たまに泊まっていってくれたりして、感動してウルッとしちゃいます」と笑い、自分自身をこう振り返る。「自分は53歳という遅咲きで本社ポストにチャレンジしました。子育てなどでゆっくりしたい時期もあっていいし、その後にがんばりたい、活躍したいと思ったら、それが叶う環境があっていいはずです。そんな思いが叶った自分の会社人生をありがたく思っています」と、長谷川さんは笑顔を見せた。

転機とチャンスに恵まれた会社人生をありがたく思っています

PROFILE

長谷川 誓子(はせがわ・ちかこ)
1980年(昭55)静岡女子短期大国文卒、旧明治生命入社。2017年ダイバーシティ推進室長、2020年大阪総合法人部長。2024年から現職。静岡県出身、65歳。

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