Empowerment Report

エンパワーメントレポート

「相手の満足・喜び」を追求
障がい者の正社員登用第1号に

明治安田生命保険相互会社
和歌山支社

稲葉 小百合さん

2024.12.18 掲載

障がいの有無にかかわらず、多様な意欲ある人財がいきいきと活躍する会社をめざし、明治安田生命保険相互会社(以下、明治安田)は23年から嘱託として勤務していた障がい者の正社員登用を開始した。その第1号となったのが、和歌山支社で事務担当として勤務する、聴覚障がいを持つ稲葉小百合さんだ。なくてはならない人財として活躍する稲葉さんに、先駆者としての話を聞いた。

同僚に背中を押され、正社員登用にチャレンジした

 明治安田への入社は2012年。今年で勤続12年目を迎えた。稲葉さんは、「嘱託から正社員になるには『即戦力となれる人財』というのが条件だったので、私には力不足かと思いましたが、周りの仲間が『稲葉さんなら大丈夫』と背中を押してくださったのがきっかけでした」と、正社員登用にチャレンジした時のことを振り返る。「自分ができることを精いっぱいやってきたので、それを多少なりとも評価していただけたのかなと」

便利ツールの弱点覆す

 幼少期から耳が聞こえにくかったが、高校を卒業して最初に保育士になった頃は、まだ補聴器なしで働いていた。だが少しずつ聴力が落ちていき、現在は補聴器のほか、スマートフォンやパソコンによる文字起こし機能などを活用することで仕事を進めている。

 「普通の一対一の会話で困ることはあまりないです」という稲葉さんだが、それでもやはり限界はあるという。「リアルの会議などで大勢の方が話されると聴こえにくい。そこで文字起こし機能なども使うのですが、会話自体がもう先に進んでしまって追いつけないなど、タイムラグがどうしてもあります」。オンラインでの会議なども、スピーカーやイヤホンから出る音は聞き取りづらい。そのため会議が終わると、何を話し合ってどういう結論となったのかを同僚に聞いて確かめねばならない。

 それでも、そんな不利を覆すバイタリティーが稲葉さんの持ち味だ。和歌山支社の村尾和義支社長は「稲葉さんの真骨頂は、同僚やお客さまなど相手の『ためになる』ことを先回りして考え、必要十分なもの以上の仕事を提供するところです。なかなかできないことで、管理職としても務まる“スーパーウーマン”だと思います」と高く評価する。

稲葉さんの活躍を語る和歌山支社長の村尾さん(左)

「喜ばれること」を考えて

 正社員となった23年は総務ラインで支社内の業務全般を補佐してきた。24年から市場統括ラインでの仕事も担当し、新たな業務にも積極的に挑戦している。

 そんな中で今年(24年)10月、和歌山支社は初の試みとして、職場体験を受け入れた。中学生が支社を訪れて1日がかりで職場を見学し、いろいろな大人たちから話を聞いてまわった。

 自身にも中学生の娘がいる稲葉さんは「退屈でしょうし、ただ社内で見聞きするだけでは面白くないイベントになっちゃうだろうな」と考え、自らカメラを持って中学生らを撮影して歩いた。どんな立場の人から、どんな話を聞いたかまで簡単にまとめ、小冊子にし、訪問した中学生たちが帰る際に配った。「本人たちがどう思ったかは聞きませんでしたが、何か思い出を残せるのではないかと思って」と考えたのだ。

 こんな話もある。和歌山支社がお客さまを招いてゴルフコンペを開催した時のこと。

 運営担当の一人になった稲葉さんは自分ではゴルフをしないが、周りと準備している最中に「なかなか自分でスイングしているフォームを見たことがない」という話を聞いた。

 そこでスマホを持ってティーグラウンドに近づき、お客さまがスイングする様子を撮影。何十人分もの動画をサッと編集して一連の動画とし、表彰式までの時間に“放映”した。村尾支社長は「しかも、ゴルフボールを打つ時の音をフリー素材からもってきて、上手にスイングのインパクトのタイミングにかぶせて快音を響かせるように編集してありました。彼女はここまでやるんです」と、稲葉さんのサービス精神に舌を巻く。コンペに参加したお客さまもみんな喜んで、自分のスイングを食い入るように見ては動きを研究し、話にも花が咲いたという。

 稲葉さんは「どんな仕事でも、向こう側には相手がいます。その相手に『喜んでもらいたい』『満足してもらいたい』という気持ちを持ち続けてきました」と話す。ただ、こうも付け加える。「そういう形で満足を提供できれば、相手に信用してもらえます。それがないと、耳が聴こえにくい人は一線に立てない面もあると思ったので」

サプライズ精神溢れる仕事の数々

保育士から事務職へ転身

 稲葉さんは地元の商業高校を卒業すると、最初は「子供が好きだから」と保育士になった。小さい子供たちの相手は苦でなかったが、重労働だ。「小さい子供たちが動かすと危ないので、保育園にあるテーブルや机は通常より重めにしてあります。それを一人で動かすことが多くて、腰を痛めてしまったのです」

 すでに結婚していて妊娠・出産のタイミングでもあったため、保育士を辞した。しばらくは祖母の介護などを手伝いながら暮らしていたが、娘を出産した後で、離婚することになった。そこで腰に負担の少ない事務職の仕事を探すことにした。

 ただ、耳は徐々に聴こえにくくなっていた。職業安定所のスタッフからは「事務職は電話応対があるので、未経験で正社員になるのは難しい。まずは経験をつけるために幅広く職を探したほうがいい」とアドバイスされた。そのタイミングで明治安田の「障がい者採用」の求人票を目にした。

 「事務は経験がなかったし、当時は明治安田がどんな会社なのか知らなかった」。でも、挑戦してみたいと考えて採用試験を受け、合格して入社してみると「電話応対は苦手ならしなくてもかまわないよ」と言われ、自分のペースで働くことができた。「そういう環境でしたので、自分なりの方法でどう協力していけるか、自分のできる範囲でどこまで相手に関わることができるのかを考えながら、目の前の仕事をこなしていきました」(稲葉さん)

パソコンスキルを武器に「自分で調べて形に」

 事務は未経験だったが、商業高校で学んだことがあったパソコンの操作には少し慣れていた。まだ周りがパソコンをあまり使いこなせていなかった時期でもあり、「パソコンが得意な人」と認識されるようになったという。「なんでも自分で調べて、独自に勉強して使いこなそうと努力しました」と稲葉さん。なにか仕事を頼まれると、自分で調べて最終的に「相手の望む以上にする」ことを心掛けてきた。「3を聞いて10を提供する稲葉さん」というのが、周りからの評価だ。

 「職場に従来あった先入観に染まらず、自分なりに調べて形にするのが、この会社に入って身についたと思いますし、自分でも得意なのだと気づきました」

 業務に慣れ始めて余裕ができると、パソコンで丸、三角、四角などの形を巧みに組み合わせて、イラストを描くことも始めた。「イラスト専用のツールがあるわけではないので作画には限界がありますが、これは保育士時代の経験が役に立ったと思います」と稲葉さん。パソコンで作画した和歌山支社独自のSDGs(持続可能な開発目標)のキャラクターは、お客さま向け冊子にも掲載されている。

自分なりに調べて形にする姿勢が職場に新しい風を吹き込む

障がい者「一くくりにせずに理解を」

 同社は、明治安田フィロソフィーにより基本的な理念を示し、「確かな安心を、いつまでも」届けることを使命に、お客さま・地域社会・未来世代・働く仲間との絆を大切に「人に一番やさしい生命保険会社」をめざしている。

 稲葉さんは「人を大事にするフィロソフィー(哲学)は、社内に浸透していると実感しています。障がい者の正社員登用もそうですが、一緒に働く仲間と助け合い、ともに成長しようという文化があるのが、明治安田の強みだと思います。」と分析しながら、「アイ・ラブ・明治安田です!」と笑顔を見せる。

 一方で、障がい者として自分の資質を生かして働くには、周囲の理解と環境の整備が重要だとも指摘する。「すべての人に得意なこと、得意でないことがある。健常者なら『それも個性だよね』となる部分が、障がい者だと『障がいをもっているから』と一くくりにされてしまいがちです」

 すべての人に障がいを理解してもらうのは難しいと話しながら、それでも「障がい者の立場で仕事するうえでは『理解してもらうこと』が一番大事です。仕事はほとんどがチームプレーなので、障がいの有無が自分一人の問題ではなくなります。自分の努力では解決しないことが、どうしてもあり、誰かのフォローが必ず必要になります。理解者が多くいないと仕事はうまく回りませんし、回らないと障がい者自身も『できないこと』に劣等感を抱くことになります」と、稲葉さんは指摘する。

明治安田フィロソフィーが共に助け合う職場文化を醸成している

娘との時間「嫌がられても大事に」

 自分が長くいる部署では周囲が理解していても、新しい職場では「障がい者として雇用されても『どこに配慮が必要なのか』を周囲が全く知らされていないケースも実際には多いものです」と稲葉さんは残念がる。「障がい者を一くくりにせずに、それぞれに個性があること、できることにも差があると理解してもらいたい。そのうえで、障がい者ができることを生かせる仕事環境や、キャリアアップをしたいと考える人には健常者と同じように挑戦する機会は与えるよう、本人の声を聞きながら必要な部分を改善できる体制を作ってほしいなと思います」

 帰宅するのは午後8時過ぎになることもある。家では受験を控えた中学3年生の娘が祖父母と一緒に待つ。「もう手がかからない年頃ですが、両親(娘の祖父母)に面倒を見てもらってきたおかげで仕事ができています。両親の助けがなければ今の自分はないので、とても感謝しています」

  週末は娘と一緒に買いものなどに出かけるのが楽しみだという。「反抗期なので一緒に出歩くのを嫌がることも多くなりましたが、そこはあえて、しつこく言って一緒にいようと。何か買ってほしい時は素直についてくるんですけどね」と笑う稲葉さんの顔からは、相手のことを大事にしてきた自信がにじみ出ていた。

PROFILE

稲葉 小百合(いなば・さゆり)
2012年、明治安田生命保険相互会社 和歌山支社に嘱託として入社。2017年、エキスパート嘱託に登用後、2023年に同社初となる総合職(地域型)への登用により事務アシスタントとなる。2024年より事務担当(現職)。

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