マネックスグループが2008年から続けている現代アートの新進作家を対象にした公募プログラム「ART IN THE OFFICE」が25年度の文化庁長官表彰を受賞した。アーティストに社員と対話しながら社内で作品を制作してもらい、完成した作品は1年間プレスルームに展示するという取り組みだが、アーティストに未開拓の表現の追求と発表の場を提供することにとどまらず、社員の多様な価値観を育み、同社が重視する独創性を前向きに受け止める場として、社員の相互理解を深めるきっかけにもなっている。社内コミュニケーションの推進役として様々な施策を打ち出している執行役員コーポレートコミュニケーション室長の加藤明子さんに、社内コミュニケーションを重視する理由を聞いた。
東京都港区の高層ビルにあるマネックスグループのオフィスに足を踏み入れると、ガラス張りの円形空間の奥壁面に飾られた極彩色の作品が目に飛び込んでくる。創業者である松本大会長の「オフィスの白い壁をコンテンポラリー・アーティストとビジネス界の人が出会う場として提供できたら素敵だ」との思いから始まった取り組みだが、毎年、様々な価値観の作品が展示されることで多様性や独創性に対する社員の前向きな受け止めが進んだという。加藤さんも「作品の好き嫌いなど、社員同士が会話する上での話題の提供にもなっています」と打ち明ける。
経験生かせる転職を決断
加藤さんがマネックスグループに入社したのは2017年。経営管理部門内にあった広報機能を分離して新たに立ち上げるコーポレートコミュニケーション室の責任者の募集があり、それに応募して転職した。当時のマネックスグループはM&A(合併・買収)などを通じて国内外で傘下の子会社が増加するなど、事業規模が拡大。「それまでのようにトップ自らが社内コミュニケーションを担うのが難しくなった。国内外での企業広報強化のため専門の組織を置くことにしたとの説明を受け、今までの経験が生かせると考えました」。
1999年に大学を卒業して精密機器メーカーに入社したものの、情報を発信し、世の中に広めていく仕事に就きたいとの思いから3年を待たずに退職。派遣社員や契約社員として仕事を続けながら夜間大学院で勉強を続けた後、2003年に外資系PR代理店に入社して広報としてのキャリアをスタートさせた。結婚を機に06年にはインハウスの広報としてカードブランドに転職。マネックスに転職するまで15年近い広報キャリアを積み上げてきた。転職後、まずは創業者の松本さんが毎日一人で執筆していた社内向けブログを社員が持ち回りで執筆するスタイルに変更。自己紹介を中心に発信し、社員がお互いを知るツールとしての機能を持たせた。さらに社内向けニュースレターの発行も始めた。
一泊二日の社員総会で未来を共有
こうした社内コミュニケーションの必要性が一気に高まったのが18年。暗号資産(仮想通貨)交換業大手のコインチェックがグループ入りした時だ。ネット証券を祖業とし、それまでのM&Aも同業主体だっただけに、17年にブロックチェーンやAIが資本市場を変えることを見据えて『第二の創業』を掲げていたものの、社員の多くはお互いに同じグループにいる理由がわからない状態に陥ったという。このため、19年の創業20周年に合わせて静岡県熱海市での一泊二日の社員総会を企画。何を目指して、何を目的にグループに集まっているのか、どういう未来を創っていくのかを共有する場とした。
「部活」で交流促す
社員同士の交流を促す「部活」も活発だ。15年にスタートしたこの制度では社員や派遣社員などの区別はなく、6人以上のメンバーで、年4回以上の活動をすれば会社が一人当たり1万円を給付する仕組みで、加藤さん自身はワーママ(ワーキングマザー)部とテニス部に参加している。「ワーママ部はもともと、子どもが小学生に上がっても時短勤務を適用してほしいという要望をするため、立ち上がった部で、初代部長と二代目の部長は要望が実現したことで退き、私が三代目の部長を務めています」。今はランチイベントを中心に活動し、育児や家事分担の悩み・不満の共有や塾や受験の情報交換などをしているという。
情報発信の重要性を痛感
社内コミュニケーションの強化に取り組む加藤さんだが、情報発信を担う広報業務にこだわる原点は日本人初の国連難民高等弁務官として国際社会で紛争解決に尽力した緒方貞子さんの存在。「紛争が起きている地域での人道支援が政治的に利用をされようとしたときに、国際社会に対してメディアを通じて人道支援を阻害するなら一切の活動を停止すると発表したことで、国際社会の注目を集め、人道支援が可能になったことを知り、情報発信の重要性と意義を痛感しました」
多彩力で企業価値高める
そんな加藤さんが社内コミュケーションを深める上で意識しているのが情報の非対称性をなくすとともに、社員一人ひとりのバックグランドや考え方、趣向といった情報の解像度を上げていくことだ。それぞれが持つ情報の格差をなくし、お互いを知るようになれば、立場や年齢に関係なくアイデアや議論をぶつけることができ、懸念点があれば躊躇なく言い合えるようになる。「私たちはDEI(多様性、公平性、包摂性)を多彩力と呼んでいますが、多彩な力が集まってこそ、新しい発想や技術をベースにしたサービスが生まれ、企業の価値を高めると思います」
PROFILE
加藤 明子(かとう・あきこ)
1999年新卒で精密機器メーカーに入社。2003年外資系PR代理店、06年カードブランド広報部マネージャーを経て、17年マネックスグループに入社し、コーポレートコミュニケーション室長を経て23年から現職。
