2024年4月、日本M&Aセンター代表取締役社長に就任。40代の若手社長として、同社の第二創業期をけん引するのが竹内直樹さんだ。日本M&Aセンターでは、第二創業の経営戦略の柱の一つとしてD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)を掲げ、事業成長の源泉としている。社長就任後、育休取得経験もある竹内社長が推し進める、日本M&AセンターのD&I施策について、トップ自らが語る。
女性活躍推進は「第二創業」の柱の一つ
中堅・中小企業のM&A仲介で、業界最大手の日本M&Aセンター。2025年には創業34年を迎える業界の草分け的存在だ。そんな同社は、今、大きな転換期を迎えている。それを象徴するのが、三宅卓日本M&Aセンター代表取締役会長から、大きく若返りを図り社長に就任した竹内直樹社長だ。
事業承継・M&Aの社会的認知が広がり市民権を得るようになった今、さらにM&Aの可能性を広げ事業を拡大するチャンスも到来している。「M&Aが安全・安心なものであり、クライアントにとっても社会にとっても最適な選択肢の一つであるという世界をつくっていきたい」と、同社では第二創業を位置づけている。
カリスマ経営者の力強いリーダーシップで成長してきた同社にとって、第二創業は多様な人材が活躍する企業にシフトすることを意味する。それを具現化するうえで欠かせないのが女性活躍推進だ。
クライアントファーストを実現する女性のコンサルタント職
M&A業界は、まだまだ男性中心の世界だ。日本M&Aセンターでも、現在、約600人のコンサルタント職のうち、女性は44人と7%にとどまる。そんななか、日本M&Aセンターホールディングスでは2030年までに女性社員比率30%、女性管理職22%、女性役員30%の達成を具体的な数値目標として掲げている。
それほど女性活躍に注力する背景には、M&A業界で求められる「クライアントファースト」の重要性があると竹内社長は語る。
現在、国内の企業数は368万社(2021年)。つまり経営者が368万人いるが、そのうち女性経営者は約65万人(2024年/東京商工リサーチ)。2023年比で3万7000人、6%も増加している。
M&Aは経営者を相手にする仕事だ。その経営者の約18%が女性だと考えると、「相談を受けるのが同性のコンサルタントである必要はないが、現在の当社の男女比はいびつ。女性のコンサルタントの数が、まだまだ足りない」という危機感がある。
さらに、特に中小企業の事業承継・M&Aにおいては、「女性の感性」が鍵となるシーンもあるという。中小企業の経営者の多くが男性だが、いざ手塩にかけてきた会社を誰にいつ、どのように承継するかという問題に直面すると、判断に迷うケースが少なくない。
そんなときにキーパーソンとなるのが、経営者の妻だという。妻の一言で、硬直していた交渉が一気に進展するというパターンはよくある話だという。「M&Aを検討する際に、経営者の奥様の意向をどこまでくみ取れるかも、重要なポイントです。そこは男性コンサルタントよりも、同性の女性のコンサルタントのほうが感覚的に理解しやすい部分もあるのでしょう」
クライアントの心情に寄り添い、M&Aを成功させるには、女性のコンサルタントの存在がますます重要になっているのだ。
「成功事例」創出でロールモデルを
女性のコンサルタント職を増やし、もっと活躍してもらう。そのミッションのドライブに大きく寄与したのが、2023年、元リクルートマーケティング局長の仲川薫取締役の参画だ。「彼女に来てもらったことで、ダイバーシティ施策がぐっと骨太なものになった」と、竹内社長もその手腕を大きく評価する。
2022年に発足した全社横断組織の「女性活躍推進プロジェクト」を2023年に「D&Iプロジェクト」と名称変更。女性のコンサルタント職の活躍支援と女性管理職育成支援を軸に、さまざまな数値目標を設定し、その実現に注力している。それらの活動を推し進めるうえで、最も重要なポイントが、トップである竹内社長自身がD&Iを強く意識していることだ。
「日ごろからD&Iについても、繰り返し発言するようにしています。私が言い続けることで、会社全体に浸透していくと考えているからです」(竹内社長)
実際、同社ではこの2〜3年で女性のコンサルタント職の活躍の場が大きく広がってきている。2021年は3人ほどだったが、2024年には44人に。たった2年で大幅な増加をみせた。
それを更にプッシュするのに必要なのが、今はまだ少ない女性のコンサルタント職による「成功事例」を出すことだ。成功事例としてのロールモデルの存在は、あとに続く人材を増やす起爆剤になる。だからこそ、会社としても今後、成功事例づくりを全面的にバックアップしていくつもりだ。
彼女らの意欲も高い。竹内社長が、印象的なエピソードとして挙げたのが、100人ほどが参加した社内勉強会でのシーンだ。講師として招いた若手女性経営者に対し、参加者が次々と質問がぶつけていたという。「同じ女性の成功者から学ぶことで、自分も成長したいという気持ちがひしひしと伝わってきました。その意欲を発揮できる場を会社としてもどんどんつくってあげたいと思っています」
女性社員に対して、コンサルタント職だけでなく、管理職候補への研修、次世代の役員候補研修なども導入し、パイプラインをつなげる仕組みづくりも行われている。
また、ベビーシッターの利用補助などの働き方支援のほか、2024年に立ち上げた日本M&Aセンター健康保険組合によるポイント制度の活用なども検討。0歳児保育料や家事代行の補助や育休者向け制度説明・相談会なども実施しているという。
社員と本音で双方向コミュニケーション
フランクな人柄が魅力の竹内社長だが、最も重視しているのが社員との「2Way双方向のコミュニケーション」だ。女性のコンサルタント職のうち、20人ほどのグループと定期的に対話する機会を設け、働きやすさや女性活躍について語り合っている。
「例えば、働きやすさ支援策への具体的な要望も、『水回りをきれいにしたい』『ベビーシッター会社を代えてほしい』という感じでどんどん出てきます。『なるほど、そういうことに困っているのか』と思わされることばかりですね」
そのような会話がなされていることからもわかるように、社長に本音ベースで率直に語れる風通しのよさは、同社のカルチャーだ。
もちろん、このような双方向コミュニケーションは、女性社員に対してだけではなく、全社員が対象。ある男性社員からは、「どうして女性活躍にばかりに注力するのか」という質問を直接投げかけられたこともあるという。質問に対する竹内社長の回答は、次のようなものだ。
「女性活躍の推進は結果的に会社全体の成長につながり、社員全員が豊かになっていくことでもある。そう考えると、世界ナンバー1のM&A総合企業を目指すうえで、欠かせない道のりなのです」
このような質問が直接、自身に投げかけられたことにも大きな価値があると、竹内社長は感じている。何のために会社がそれをやっているのか、直接、説明できるからだ。「女性活躍を推進すると同時に、男性社員がその施策をしっかり理解していく。それが非常に大切なポイントだと思っています」
こういった社員との対話を重ねる中で、心理的安全性の確保にも細心の注意を払っている。年に数回、経営陣が各拠点で全社員と対話する「Teach-in」では、冒頭に社員が安心できるようなエピソードを話すことを常に心がけているという。
例えば、『社員から全体研修をなぜ東京でばかりやるんだ。移動が大変だから、1回くらい大阪でやってくれ、と言われた』という話を竹内社長が特有のやわらかい語り口で話すだけで、その場が一気に和やかに。「ここでは何を言ってもいいんだ」という雰囲気が広がり誰もが笑顔になるという。
社長自ら男性育休を取得
竹内社長は大手企業の社長としては非常に珍しい、男性育児休業取得者としても話題になった。2024年6月、第1子の育休を1週間取得したが、きっかけは日本経済新聞の1面記事だった。「国内の男性の育休取得が遅れているという見出しを見て、今こそ、自分も育休を取るべきだと感じました」
しかし、実際に育休を取得し、24時間育児に関わるようになると、子どもの世話は想像以上に大変だった。夜泣きやミルク、おむつの世話などをつきっきりで体験することで、子育てやパートナーである妻に対する視線は確実に大きく変わったという。そのときの経験がもたらしたのは、夫婦の間の「感情の共有」だ。
単に「育児って大変だよね」と言葉で共感するのと、「昨日は夜中に3回起きたのは、大変だったよね。僕もミルクをつくって寝不足だよ」と体験を伴って感情を共有するのでは、パートナーとの絆の深まり方が大きく違うはずだ。実体験をもって共感すること。それがその後の家庭運営における信頼感につながっていく。
インタビュー中、竹内社長は「実はここ数日、1歳になる長女の卒乳で、ほとんど眠っていないんです」と、笑顔を見せながら子育ての大変さや楽しさを語ってくれた。「卒乳ってこんなに大変なんですね」と実感のこもった言葉には、社長という激務をこなしつつ、家庭の時間を大切にするワークライフバランスを体現している姿が浮かんでくる。
そういった自身の経験があるからこそ、「男性社員には全員、育休をとってほしい」と、竹内社長は力強く言う。2020年度は0%だった同社の男性育休取得率は、2023年度は31%に上昇。1カ月の育児休業を取得した男性のコンサルタント職の例もある。「最終的に目指すのは男性育休100%」と社長としても、さらなる取得率アップを目指している。
日本M&Aセンターでは、「3KM」=家庭、個人、会社の3つのマネジメントを重視している。そこにはM&Aというハードな業務をする中で、家庭という原点を尊重することは、ビジネスを強化し成長を加速させることになる、という会社としての信念がある。
グローバル戦略に欠かせないD&I
日本M&Aセンターは、M&A仲介のグローバル化を重要戦略としている。少子高齢化が進む日本では、日本企業が海外企業を買収するM&Aのイン・アウトの拡大が不可欠というのがその背景だ。その実現のためにも、女性活躍を皮切りにさらなるD&I推進を進めていかなくてはならない。
「海外の現場では、7割が女性リーダーだと体感している」(竹内社長)。D&Iが遅れている日本でも、グローバル水準に追いつくことが急務だ。「その先には国籍、宗教などの多様性への取り組みも待っています」と今後への決意を語る。
実際に子育て中の若手社長が社員との対話を重ねながら、D&Iをリードする日本M&Aセンター。今後も変革への取り組みが、期待される。
PROFILE
竹内 直樹(たけうち・なおき)
日本M&Aセンター 代表取締役社長
1978年生まれ。広島県出身。2007年日本M&Aセンターに入社。主に中堅・中小企業と上場企業に対して買収提案を担う部署の責任者として、上場後の急成長に貢献。譲受企業だけではなく譲渡企業の成長も実現する「成長戦略型M&A」を提唱し、日本のM&Aの普及・啓発に尽力。2018年取締役就任、2024年4月より現職。日本M&Aセンターホールディングス 常務取締役を兼務。著書に「どこと組むかを考える成長戦略型M&A」(プレジデント社)。
