多様な人材が尊重され、活躍できる組織づくりに、ジェンダーギャップの解消は欠かせない。ダイバーシティー・エクイティ&インクルージョン(DE&I)を成長戦略の基盤に据える東京海上日動火災保険はジェンダーギャップ解消に積極的に取り組み、多くの人材が育っている。同社東北損害サービス部火災新種損害サービス課マネージャーの阿部美重さんもそのひとり。役割への自覚と責任感を持ち、メンバーが互いに尊重され活躍できる組織づくりに日々奮闘している。
昇進の裏で感じた不安と女性マネージャーたちへの共感
「女性マネージャーとして感じた戸惑いが、ジェンダーギャップ解消活動に参加したきっかけです」
阿部さんは実に多忙だ。東北6県の財産保険や賠償責任保険などの保険金支払いを担当する部署に所属し、ほか3人のマネージャーとともに50~60人のマネジメントに当たる。また、東北地域は東日本大震災以降にも、2019年に発生した台風に伴う豪雨災害や、2022年の福島県沖地震等、自然災害が頻発している中で、阿部さんはその災害対応の中心として、対策室の立ち上げから運営まで幅広く活躍している。さらに、東北地域以外で災害が起これば、支援のために全国の被災地に出張することも少なくない。どんな出張でもフットワークは軽い。「夫は家事に協力的なので、家事に育児に連携しています」。夫婦の絶妙なコンビネーションが公私ともに充実した毎日を支えているようだ。
職場で存分に自己表現するかのような働きぶりだが、ジェンダーギャップ解消が決して簡単ではないと感じているという。そのため、2023年度「ジェンダーギャップ解消」をテーマにした「プロジェクトリクエスト制度(プロリク)」に積極的に参加した。プロリクとは、本業をこなしながら別のプロジェクトにも参加できる、いわば社内副業制度だ。この制度を活用することで、阿部さんは多忙な中でも時間を見つけ、自身が積極的にチャレンジする姿勢を体現している。
阿部さんは同社に2003年に入社し、早いペースでリーダークラスに昇進した。自身の努力や頑張りでなし遂げたとはいえ、昇進スピードに正直なところ不安や孤独感を持っていた。「私は女性であるほか、キャリア採用で入社し子どももいます。社内ではマイノリティーな存在です」。不安や孤独感の元をたどると、そんな思いにたどりつくのだという。
各地で災害が発生すると、災害支援のため、全国の各部署から社員が駆けつける。現場で知り合った女性リーダークラスのメンバーと話すうちに、彼女たちが不安なくパワーを発揮しているように見えて、実はある種の窮屈さみたいなものを抱え、阿部さんと同じ思いであることを知った。マネージャーという自身の立場もあって、窮屈さをもたらすジェンダーギャップを解消する取り組みが必要だと思ったという。
プロリクには、阿部さんを含め全国各地から合計4人のリーダークラスが集まり、毎週1回のオンラインを中心とした会議を重ねた。
「好意的差別」の指摘、行動変容の契機に
「組織において自分たちを主語にして、対話をすることが大事」
プロリクでは、「これまで社内で数多くの研修を実施してきたのに、いまだにマネージャーが行動変容しないのはなぜか」という点にフォーカスして論議を重ねた。DE&Iが会社の成長戦略の1丁目1番地だということは情報として知っているのに、行動に結びつかない。結びつけるにはどうしたらいいのか。そのためには、社外からの意見や刺激が必要だという意見でまとまった。そこで企画したのが、『AERA』初の女性編集長を務めた、現在フリージャーナリストの浜田敬子氏の講演会だった。
「好意的差別」がある――。講演で浜田氏が指摘した上司と部下の関わりは示唆に富んでいた。「彼女は子どもが2人もいるから、お願いするのは申し訳ない」。一見、女性社員によかれと思ってやっているマネージャーの「配慮」が男性社員にハードな仕事を任せ、女性社員との経験値の差を広げることになる。結果として昇進昇格のスピードにも差が出てくる。浜田氏は、出産や子育てに追われる女性社員が同世代の男性社員のような職業人生を歩みにくくなるマミートラックについて警鐘を鳴らした。
上司から「彼女は子育て中だから大変だろう」と言われた部下は、そのまま「そうですよね、わかりました」と引き下がってはいないだろうか――。そんなときに「『このプロジェクトには彼女が必要です』と躊躇せずに主張する勇気を浜田氏からもらいました」と阿部さんは力を込める。講演を機に、それぞれの組織において自分たちを主語にして、しっかり職場のメンバーと対話をしていこうと思ったという。もちろん、物理的にできない事情のある人もいるだろうが、対話をする前に決めつけることはするまいと心に誓ったという。
「価値観を超え分かり合う」に手応え
東北損害サービス部火災新種損害サービス課メンバーからの阿部さんへの信頼は厚い
阿部さんは、24年度も引き続き同じ「ジェンダーギャップ解消」をテーマにしたプロリクに参画中だ。昨年度は、メンバーの中にジェンダーギャップの事例や解消の具体策をイメージしにくい人がいた一方、DE&Iについてメンバーの共通理解が進んだ印象があった。今年度は「ジェンダーギャップ解消」がどんな企業価値を生むのか、楽しみなのだという。
属性や環境、価値観の異なる人が集まれば、話がかみ合わないこともある。分かり合うまでに時間かかるのは当たり前のハードシップだ。これを超えて同じ言語で話そう、お互いが分かり合おうと頑張ることで議論が深まる。その際、様々な違いを無理にそろえる必要はなく、それぞれの視点や感じ方を受け止める。メンバーの間に「この過程がDE&Iの推進であり、その先に顧客に提供するサービスの価値向上がみえてくる」との意識が共有され始めたと感じている。
お客様からの感謝の言葉が、仕事への充実感に
娘と2月に京都に旅行。子育てが終わり、同じ趣味の娘と出掛けることが一番の楽しみ
東京海上日動は「お客様や社会の“いつも”を支え、“いざ”をお守りする」をパーパスに掲げる。あらゆるリスクから顧客を守るためには、それぞれのリスクに対応した優れた保険商品を開発、販売する組織の創造性が求められる。浜田氏は「同質性のリスク」についても言及した。例えば、4年制大学を卒業した男性社員が中心になって会社を運営することは社会形成においても危ういのだという。様々な年齢、職制、性別の社員がより自由な意思決定をしていくことがより良い商品を開発し、より良い組織を築き、より良い社会の形成につながると指摘した。
同社の社員数は約1万6000人、そのうち約半数が女性だ。多様性発揮の潜在力が高い組織だからこそ、同社はD&Iに公平性(equity)を加えたDE&Iを推し進めている。阿部さん自身も本業やプロリクを通じて多くの女性社員が活躍し、尊敬すべき先輩が多いことを実感しており、「当社の強みの根源は人の多様性に尽きると思います」と言葉に力を込める。
所属している部署の中でDE&I推進キーパーソンという責任ある立場となり日々の活動にも熱が入る阿部さんだが、今後のキャリア形成については自然体。「自分自身の昇進昇格を展望するというよりも、組織の中の1つのサンプルであればいい」のだという。今後、多様な人が多様に働く場というのが組織の当たり前になる。その中で阿部さんは、それまで部下たちに背中で見せてきたことを、これからもチャレンジを通じて示し続けたいという。「サンプル」という言葉には、自分は決して唯一のモデルではなく、仕事ぶりから部下がDE&Iを感じ取ってほしいという思いが込められている。
そもそも阿部さんは勤め先選びも自然体だったようだ。子どもが学齢期となりまた働こうと思ったときに、勤め先の選択肢に同社があり、入社すると現職の損害サービスの仕事がとことん性に合っていること気づいたという。「お客様に寄り添い、お客様から『ありがとう』と直接言われるのがこの上なく幸せに感じます」。そして「この充実感を多くの部下にも感じてもらえるよう背中を見せたいのです」。阿部さんはそう話すと翌日、災害支援のため被災地へ向かった。
PROFILE
阿部 美重(あべ・みえ)
2003年9月に入社し、東北損害サービス部火災新種損害サービス課に配属。18年に仙台損害サービス第一課、19年に仙台損害サービス第二課に異動。24年4月に入社時の部署に戻り、マネージャーとして部下を束ねている。
