佐藤 長野県は私も大好きな土地で、たびたび旅行で訪れているのですが、「移住したい都道府県ランキング1位」(2024年『田舎暮らしの本』宝島社発表)に19年連続で選ばれ、2023年度には同県の移住者が過去最高を記録したとうかがいました。県外からも人々を多く惹きつける長野県の優位性や魅力について、教えていただけますでしょうか。
合津氏 当県では、信州のさまざまな「しあわせ」を多くの人々と分かち合いたいという思いから、「しあわせ信州」のキャッチコピーの下、ブランド発信を行ってきたのですが、この2025年3月に新しい方向性を定めました。今でも「信州っていろいろな魅力がありますよね」と言っていただけるのですが、これからの時代に向け、長野県だからこそ提供できる価値、必要とされる価値を築いていくことが大切だと考え、5つのありたい姿(コアバリュー)を示したのが大きなポイントです。その1つ目が「自然を守り共に生きる」というものです。降り積もる雪は生活や産業のための貴重な水源ですし、身近な自然はさまざまな楽しみや癒しを与えてくれます。昼夜の寒暖差はおいしい農産物を育み、健康長寿県である本県の食生活を支えています。
2つ目は、「多彩な風土で魅力を育む」というものです。県土が南北に長く、山間ごとに独自の文化が継承されているのもユニークなポイントで、ときに厳しい自然と対峙することで、勤勉で実直な県民気質が生まれ、質実剛健なものづくりにもつながっていると捉えています。
他の3つは、「みんなに居場所と出番をつくる」「一人ひとりの学びたいを叶える」「確かな技で世界を変える」となっています。
この価値の根底にあるのは、山々に囲まれた環境なんですよね。「しあわせ」が生まれる信州とはどのような地であるのか、その世界観を「山々と育む すこやかな国」と表現しました。
冨田氏 私は東京都出身なのですが、山の魅力に惹かれ、森林・環境共生学コースがある信州大学で学び、現在は林務部森林政策課で働いています。仕事では森林の整備や働く人々の支援などに携わっていますが、やっぱり山が一番の魅力でしょうか。
今、林務部で進めているのが県民や県外の皆さんが広く親しんでいだけるような里山の整備や利活用です。長野県の山というと、北アルプスといった登山上級者向けの山が多いイメージだと思いますが、もっと気軽に楽しめる山の魅力を発信していくため、「開かれた里山」に向けた取り組みを地域の皆さんと一緒になって進めています。
倉澤氏 自然が育む食べ物のおいしさも、長野ならではだと思います。収穫量全国1位のレタスやセロリ(令和4年産野菜生産出荷統計:農林水産省)、2位のリンゴやブドウ(令和4年産果樹生産出荷統計:農林水産省)など、新鮮な野菜や果物が多くそろうのは、食べることが好きな私にとって大きな魅力です。実は県民の方々の野菜の摂取量も全国1位とも言われていて、“長寿県”と言われる評価にもつながっているのではないでしょうか。
首都圏との距離の近さも魅力で、移住に加え、2拠点暮らしでこの地にかかわり合いを持つ関係人口も増加しています。東京から新幹線に乗って1時間30分弱で雄大な自然に触れられるのもポイントだと思います。
合津氏 仕事終わりにナイターでスキーに行くことも気軽にできますし、今、県ではサイクルツーリズムにも力を入れています。簡単にオンオフの切り替えができ、「自然を守り共に生きる」が実現できるのも長野ならではの価値だと思います。
佐藤 御三方、違った視点で長野の魅力をうかがえて、俄然、移住意欲がわいてきました。ブランド発信を進めるに当たって、現状の課題認識についてはいかがでしょうか。
合津氏 「しあわせ信州」については、2013年にブランド戦略を立ち上げた際に制定した「信州ハート」の認知は広まったものの、具体的な情報発信などでブランド価値を向上させる効果が十分に得られていないというのが課題でした。先に堅実で真面目な県民性について触れましたが、裏を返すと自己アピールへの苦手意識もあるのかもしれません。山々に隔てられて多様な文化が育まれ継承されていった半面、集落の範囲内で生活が成立できていたので、対外的発信の必要性がなかったという経緯も関係していると思います。
佐藤 各地で育まれた多様性を掛け合わせ、発信してく新たなフェーズに入ってきたということですね。
合津氏 そうですね。新たに5つのコアバリューを打ち出したのもそのためで、まずは県民・県内事業者の皆さんに共感していただくことが大前提と捉えています。
倉澤氏 私は教育委員会事務局で教育政策の企画などに従事していますが、コアバリューの一つ、「一人ひとりの学びたいを叶える」も、長野県が歴史的に築いてきた価値が土台となっています。長野県は、かつて幕末の寺子屋の数全国一、明治初期の就学率全国一など、教育が盛んに行われて、「教育県」と言われてきました。「信州教育」と呼ばれ、「子どもを主役に、子どもに学ぶ」といった方針が継承されてきた伝統があります。しかし、戦後、高度経済成長期の中で画一的な教育が行われ、偏差値や学力を重視するようになってきたのを、もう一度、子どもたちがもっと一人ひとりの興味関心を追求でき、多様な個性や能力を伸ばすことができるような学びに転換していかねばならないと考えています。
佐藤 お子さんの教育環境を考慮し、移住を検討される方も増える中、学びの場としての魅力にも要注目ですね。
課題を踏まえ、改めて「しあわせ信州」プロジェクトをどう進めていき、ブランド価値の向上につなげていくか。具体的な取り組みについて教えてください。
合津氏 ブランド戦略の展開方法としては大きく2つを進めてまいります。1つ目が、発信者側の共通理解を実現するための「インナーブランディング」です。まず大前提として県職員が5つのコアバリューを意識しながら仕事に取り組むことで、質の高い発信や事業構築が実現するだけでなく、職員自身のやりがい向上や組織力の向上につながるのではと捉えています。
2つ目が、対外的な情報発信となる「アウターブランディング」の取り組みです。県単独では、限界がありますので、県民の方々をはじめ、県内企業・事業者の皆さんとの共創がカギになると捉えています。まずは、考え方を知っていただき、共感してもらうことが大切で、その上で価値向上に向けた取り組みをそれぞれの企業や現場で行ってもらうこと、個々のブランドと信州ブランドそれぞれの価値を高め合える発信を行っていきたいと考えています。
倉澤氏 「一人ひとりの学びたいを叶える」については、子ども一人ひとりの自己実現を支援する取り組みとして、2024度から「ウェルビーイング実践校 TOCO-TON(トコトン)」プロジェクトの準備を進めています。
すべての子どもが、「好き」や「楽しい」、「なぜ」をとことん追求するために、自ら学び方などを選択でき、自己実現できる学校づくりを進めていくもので、現在5市3町4村の市町村教育委員会および70の学校で「子どもたち自身が学校のルールを作る・決める」「自然と一体となった教育を行う」などの学校の仕組み改革のための取り組みを掲げ、2026年度より本格的に実践していく計画です。
佐藤 学校もどんどん変わっていくんですね。これもまた多彩な風土の実現につながっていくのではないでしょうか。生涯教育についてはいかがですか。
倉澤氏 実は、教育委員会の願いの根本は、子どもだけでなく、「個人と社会のウェルビーイングの実現」にあります。みんなで切磋琢磨しながら、学びの新しい当たり前をつくり、県全体に子どもも大人も共に学びを通して自分らしく生きていけるような場を広げていければと考えています。
その拠点の一つとして、長野県には全国1位の数を誇る博物館・美術館(令和3年度社会教育統計 社会教育調査報告書:文部科学省)があります。企業の中で、リスキリングの取り組みもどんどん始まっています。こうした場も活用しながら、誰もが好きなときに好きなことを学べるような環境づくりにつなげていきたいですね。
冨田氏 「自然を守り共に生きる」については、森を育て活用する人が重要だと認識しています。県の南部に当たる伊那・木曽地域には、木や森を学べる教育機関や試験研究機関が集積していて、県ではこのエリアを「木曽谷・伊那谷フォレストバレー」として、学びの場の提供による人材育成や木や森に関する支援を行っています。
林業は80年といった長いサイクルで回っているので、例えば自分たちが植えた苗が育って、80年後に木材となって使われる。そんなサイクルにかかわれることに魅力を感じます。
森について学びたい方、起業を目指す人たちによる多様なコミュニティが生まれており、さらに県外から多くの人に来ていただけるような仕組みを作っていきたいですね。
佐藤 日経ウーマンはさまざまな世代の働く女性を応援する媒体になるのですが、長野県の企業や団体で実施している、女性社員が生き生きと働けるような施策、仕組みについてはいかがでしょうか。
冨田氏 女性だからということだけでなく、個性に応じた多様な働き方が実現する地域だと思います。例えば林業に限っても、これまでは手作業で木を伐って運ぶという男性の職場という印象が強かったのが、作業の機械化により、女性も従事しやすい環境整備が進んでいます。
倉澤氏 長野県は公民館の数が多く、地域ごとのコミュニティが発達しているのも特徴です。公民館を生涯学習やボランティア活動の場として活用したり、コミュニティの中で子育てのサポートが受けられたりといった地域性もあり、「みんなに居場所と出番をつくる」というバリューにつながっていると思います。
合津氏 県内の企業でも女性活躍推進の取り組みは盛んです。女性活躍を推進するためには組織トップのコミットメントが重要という想いの下、2023年に発足した「女性から選ばれる長野県を目指すリーダーの会」には県内企業、自治体のリーダーが自ら集い、意識改革、行動変容につなげるための施策を進めています。
佐藤 リーダーが率先して働く女性にとって追い風となる取り組みを実践されているのは、心強いです。最後に「しあわせ信州」プロジェクトの目指す姿、展望についてお聞かせください。
合津氏 具体的な取り組みや成果についてはまだまだこれからだと認識しています。まずは女性の視点や外から移住あるいは関係を持ってくださった方々の多様な考えというのを、コアバリューを理解・発信する際にしっかりと意識していくことが大事だと捉えています。
さらに、私たちだけで取り組むのではなく、県民や企業の皆さんにも共感していただき、一緒に取り組むことでこそ、長野県の魅力の高まりにつながっていく。「しあわせ」な長野県を目指し、取り組みを加速してまいります。
佐藤 長野県の多彩な魅力、皆さんの地元愛に触れることができ、私も元気をもらったような気がします。ありがとうございました。
長野県では誰もがその能力を発揮しながら生き生きと働くことのできる魅力ある職場環境づくりを推進している。その一環として、「ながのけん社員応援企業のさいと」では働きやすい職場の証として長野県おスミつきの「社員応援企業」を紹介。事業所のトップの方が仕事と子育ての両立を宣言する「社員の子育て応援宣言」登録企業、職場環境改善を先進的に実践する「職場いきいきアドバンスカンパニー」認証企業、育休取得率や取組状況を公表する「パパママ育休実践企業」など、地域や業種などによって県内の企業を検索できる。
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