リスクを取り変革を伴走するAI導入が進む一方、多くの日本企業はPoC(概念実証)止まりで価値創出に踏み切れない。技術よりも問われているのは、AIを前提に業務そのものを再設計し、どこで人が価値を生むのかを定義する力だ。アクセンチュアの常務執行役員とAIセンター長を兼任し、AI戦略をけん引する保科学世氏に同社の取り組みを聞いた。
OpenAIによるChatGPTのリリースから3年半。AIはビジネスにおける存在感を驚くべきスピードで高め、多くの企業が本格的にAI導入を進めている。しかし、AIはただ導入しただけで、すべての組織に恩恵をもたらすわけではない。アクセンチュア 常務執行役員であり、同社AIセンター長の保科学世氏は、AI活用の現状についてこう分析する。
「導入したAIを使いこなして生産性を大きく伸ばす人と、AIを使いこなせず取り残される人の二極化が進んでいます。私は使いこなせない人を『中途半端なホワイトカラー』と呼んでいますが、それは言い換えると最もAIに代替されやすい人材です。日本企業でも、配置転換や処遇の見直しといった静かな淘汰は始まっていると見るべきでしょう」(保科氏)
では、真の意味でAIを使いこなすとはどういうことなのか。目指すべきは、AIに任せる部分と人間が価値を出す部分を切り分けることだと保科氏は言う。
「経営視点で見ると、既存業務をAI で自動化して一定の効率化が実現したとしても、経営に与えるインパクトは微々たるものです。本質的に重要なのは、既存のプロセスを AI に置き換えることではなく、人間が担うべき価値創出はどこなのかを明確に定義した上で、業務自体をどう再設計するかです」(保科氏)
保科 学世氏
アクセンチュア株式会社
常務執行役員 Lead – AI and Data, AIセンター長
アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京 共同統括
博士(理学)
慶應義塾大学大学院理工学研究科博士課程修了。アクセンチュアのAI and Dataのリードとしてデータドリブン経営改革やAIを活用した全社変革を実現。R&D拠点「アクセンチュア・アドバンスト・ AIセンター」の所長としてAccenture AI Hub PlatformやAccenture AI Powered Servicesなど各種開発をリードし、「アクセンチュア・イノベーション・ハブ東京」の統括として企業の新規サービス開発も支援。『AI未来シナリオ2030』(日経BP)など著書多数。
しかし、現実を見るとAIモデルの性能は飛躍的に向上しているにもかかわらず、企業が実際に得る価値は伸び悩んでいる。保科氏によると、日本企業はPoCのハードルは海外に比べて低く、トライアル段階に達している割合が42%と世界でも突出して高い一方で、本格展開に進むのはわずか24%にとどまるという。このPoCの成果が全社レベルにスケールできない要因は、組織力の問題にある。
「AIの課題としてよく聞くのが、技術的な問題やデータ不足、コストなどですが、これらは表面的な課題にすぎません。真のボトルネックは、多くの企業の経営者が既存業務を前提に考えるため、AIを単にその上に重ね塗りするだけになってしまっていることです」(保科氏)
部分的な効率化はあっても業務全体の生産性向上につながらないため、必然的にROI(投資収益率)も向上しない。結果的に本格展開という経営判断に至らないというのが保科氏の見立てだ。
「AIの本格稼働には当然ながら投資が必要です。既存業務をAIで効率化し、そこで生まれたリソースを成長領域へ振り向けることで、効率化と成長のサイクルを同時に回せます。その判断のためにも、業務的な効果をしっかり検証し、見極めることが重要です」(保科氏)
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AIを巡る日本企業の混乱について、もう一点押さえておかなければいけないのが、パートナー選定の複雑化だ。AI領域では、AnthropicやOpenAI、Palantir、NVIDIAなどの有力なプレーヤーが次々と台頭し、自らコンサルティング領域にも参入し始めている。しかし、「重要なのは、どのプレーヤーが優れているかではなく、業務をどのように作り変えれば成果が出るかです」と保科氏は言う。
そこで重要なカギを握る存在として注目されているのが、FDE(Forward Deployed Engineer)と呼ばれる人材だ。FDEは、顧客企業の現場に入り込み、業務や組織、社内システムを理解した上で、AIやデータを活用したシステム構築・実装を推進する。保科氏の言う「業務をどのように作り変えれば成果が出るのか」に近い役割を担う存在とも言える。
一方で、AI活用をPoCや個別業務の改善にとどめず、Reinvention(全社変革)へとつなげるには、実装を担う人材だけでは不十分な場面もある。求められるのは、技術を導入するだけでなく、業務そのものをどう再設計し、組織や人材、意思決定の仕組みまでどう変えていくかを描く力だ。そこでアクセンチュアが打ち出しているのが、RDE(Reinvention Deployed Engineer)という新しい人材像である。RDEの「R」はReinventionを意味し、アクセンチュアはこれを「再創造」や「全社変革」という意味合いで用いている。
「当社は、2026年3月にリインベンションパートナーになることを打ち出しました。AIでクライアント企業の全社変革をやり切る意思を示すものですが、同時に従来型コンサルティングからの脱却を目指す意味もあります」(保科氏)
RDEの役割自体は、業務プロセスを理解し、戦略立案から業務変革、システム構築、運用までを一気通貫で担うという点でFDEに近いものだが、最も大きな違いは特定プロダクトに依存しないことだ。自社プロダクトという“制約”がないため、忖度のない中立の立場から最も効果が期待できる選択ができ、それらを組み合わせた全体設計ができる。
RDEの具体的な支援の特徴は大きく3つあると保科氏は語る。
「1つ目の特徴は、提言型から成果型へのシフト。従来型の戦略系コンサルタントは、ともすれば提言して終わっていたケースも散見されましたが、RDEはドキュメントやシステムの納品にとどまらず、ビジネス的な成果にフォーカスします。
2つ目の特徴は、縦割りだった支援の統合です。従来型のコンサルティングでは、戦略立案、業務変革、システム構築、運用などがそれぞれ独立した領域として分業されました。RDEはこの分断を解消し、AIを活用しながら業務変革からシステム開発、運用までを一気通貫で担います。これにより、構想から成果創出までのスピードが格段に上がることに加え、実装や運用で得られた学びを次の変革に素早く反映できるサイクルが生まれるのです。
そして3つ目の特徴は、少数精鋭でスピーディーに成果を出す点です。従来型の変革プロジェクトでは、大人数のチームを組み、年単位で構想・設計・実装を進めることも少なくありませんでした。これに対してRDEは、成果創出に必要な人材を絞り込み、原則90日以内という短いサイクルで実装と検証を進めます。中核となるのはRDEですが、必要に応じてFDEなどの専門人材も加え、業務変革と技術実装の両面から成果に直結する体制をつくります。小さく始めて、短期間で効果を見極め、次の変革につなげる機動力こそが特徴と言えます」(保科氏)
ここで言う成果とは、単なる目標ではなく、経営トップとの意識合わせの下で明確なKPIを設定することだという。
「AI で業務を大きく変革させるには、部署をまたいだ人員配置の見直しや、業務プロセスの再設計、大規模な投資判断が避けられません。人とお金の両面で意思決定ができるのはCEOだけです。だからこそAI変革は、CIOやデジタル部門に任せるテーマではなく、CEO自身が経営課題として向き合うべきものです」(保科氏)
ただ、こうした企業の今後を左右するような決断の場合、CEO がトップダウンで号令をかけるだけでは進まないことがあると保科氏は話す。
「これまでの日本企業では、言われたことを正確に実行する人が評価されるカルチャーがありましたし、大きな変革には現場からの反発もあり得ます。しかし、定型業務は今後AIやロボットに代替されていくのは明らかで、全社的な変革をおろそかにした企業は最新テクノロジーによってディスラプトされてしまうでしょう。この構造的な障壁を乗り越えるには、まずはCEO自身がAIを日常的に使って、どのような変革が可能なのかを高い解像度で理解すること、さらに多少の失敗を許容しながら変革を推進できるカルチャーを醸成し、人事や教育も含めた環境づくりに取り組むことが重要です」(保科氏)
従来型の評価軸を排し、保身より挑戦が優先される組織への進化。これが、アクセンチュアが提唱し、RDEの呼称にも取り入れられたリインベンションの姿だ。