「働く人中心」の空調を実現するには?
暑い、寒いは「皮膚温」が決める
消極的快適の徹底追求を
なぜ人は暑い、寒いと感じるのか。その本質を理解することで、「働く人中心」の空調を実現できないか。建物と人の両面から建築環境研究に取り組む、神戸大学大学院 工学研究科 建築学専攻 教授の高田暁氏を取材。従業員エンゲージメント向上や省エネルギー実現へ、空調の新たな論点を得た。
神戸大学大学院
工学研究科
建築学専攻・教授
高田 暁氏 博士(工学)
1996年神戸大学大学院修了。京都大学大学院工学研究科助手などを経て2020年から現職。専門分野は建築環境工学、特に熱・湿気環境、人の体温調節と感覚。日本建築学会賞(論文)他受賞多数。人間-生活環境系学会 理事、ISO TC205 JWG11コンビナーなどを務める。
気候変動に伴い、日本の夏は猛暑が続く。冷房がないと業務に支障を来す暑さだ。しかし、快適な冷房温度は人それぞれ異なる。「快適は“好き嫌い”の領域です。暑い、寒いと感じる『温冷感』とは異なります」と、神戸大学大学院教授の高田暁氏は指摘し解説する。
神戸大学大学院
工学研究科
建築学専攻・教授
高田 暁氏 博士(工学)
1996年神戸大学大学院修了。京都大学大学院工学研究科助手などを経て2020年から現職。専門分野は建築環境工学、特に熱・湿気環境、人の体温調節と感覚。日本建築学会賞(論文)他受賞多数。人間-生活環境系学会 理事、ISO TC205 JWG11コンビナーなどを務める。
「温冷感には、6つの要素が関係します(図1)。外的要因の気温、湿度、気流(風速)、放射(輻射)の4つと、人に関する活動量(代謝量)、着衣量の2つです。室内環境の改善にはこれら6つの要素を考える必要があります。基本は温度調節と放射対策です。放射は、電磁波(赤外線)を介して熱を伝えます。代表例が日射熱です。夏、日射により外壁や窓近くが暑くなるのは、放射が窓から透過してくるからです。冷房効率の向上には、ブラインドや熱線反射ガラスの導入などにより、日差しを遮るのも効果があります」
人が暑い、寒いと感じる温冷感には6つの要素が関係する。「温熱環境の6要素」をいかにコントロールできるかが空調の課題となる
6つの要素のうち、湿度の影響はどうか。温度と湿度の関係は一般的に誤解されている場合が多いと高田氏は話す。「湿度が高いと暑く感じるというのは正しいです。ただ、その影響が重要になるのは28℃以上の場合です。温度が低いと、湿度の影響は小さいです。逆に30℃以上になると、湿度が数%違うだけで暑さを感じやすくなります。湿度が高いと汗が蒸発しにくくなり、放熱が少なくなるからです。冷房の効いたオフィスは湿度より温度、工場などは両方重要ですね」。
従業員エンゲージメント向上へ
「皮膚周辺」の温度改善を
空調設備の視点では、オフィス空間が対象となる。しかし、人体側から空調を見ると、解決すべきテーマは大きく変わる。
「体が感じとるのは基本的に皮膚表面の温度です。人の皮膚には温度センサーがあり、ここで捉えられた情報が脳へと伝わり、暑い、寒いが決まります。空間全体から人、そして皮膚周辺へとフォーカスを絞っていくと、空調のあり方も変わると思います」(高田氏)
体温(深部温)と皮膚温は特性が異なる。一定に保たれている体温に比べ、皮膚温は環境によって変動する。ポイントは、体温が暑さ・寒さの決め手にはならないということ。人の体温は37℃程度といわれている。室内温度22℃において、高田氏自身が手の甲の皮膚温を測定したところ、31℃だった。
「夏の暑い場所では、35℃くらいまで皮膚温が上がります。これを皮膚センサーが感知し、体温調節のため、汗をかくことで放熱します」(高田氏)
人体の視点から空調を再構築する場合、皮膚温は重要な要素となる(図2)。
皮膚温が高いほど、また皮膚温の時間変化率が大きいほど、TSV(温冷感申告値)が大きくなる。暑い、寒いを決める要素として皮膚温が重要であることが分かる
「皮膚周辺数センチの空間を調えることは、従業員エンゲージメント向上につながります。その“人”に最適化された環境実現に近づくからです。マイクロクライメット※の観点から、衣服はもとよりメッシュの椅子、足もと暖房など工夫の余地は大きいと思います。また空調の考え方として、全体と個を組み合わせることで、温冷感対策とともに省エネ効果も期待できます」(高田氏)
※ マイクロクライメット:ここでは皮膚と衣服の間など、皮膚のすぐ近くの空間の温度や湿度のこと
個人差はどうなのか。ここに温冷感の盲点があると高田氏は話す。「環境実験室で様々な人に対し、温湿度などの条件をそろえて『暑いか寒いか』アンケートをとると、ほぼ同じ回答となります。つまり、温冷感の個人差は思いのほか小さいということです。50年前、デンマーク工科大学のファンガーによる著名な温冷感研究では、人種、国などが異なる人たちを対象に実験を実施し、同様の結果を得ました。温冷感は、建築環境の共通指標になり得ます」。
人の作業範囲のみを空調
省エネ効果を最大化
空気調和では、個人差のある“快適”の捉え方も重要なテーマとなる。「日本建築学会では、消極的快適と積極的快適の2つに分けて考えています(図3)。前者は『暑くも寒くもない状態』を指し、問題を取り除くことが目的です。後者は、暑さから解放された瞬間の爽快さやお湯に漬かった際の気持ちよさなど、ちょっとした刺激を伴う快感を指し、個人差が大きいため、共通化は難しい。まずは、消極的快適を徹底追求することです。皮膚周辺の空調という考え方を組み合わせることで、冷房に関して『強すぎる、弱すぎる』といった個人的嗜好の差も緩和できると思います」(高田氏)。
温冷感がもととなる「気持ちよさ」や「刺激」のある積極的快適に比べ、「暑さ、寒さを何も感じない」消極的快適の方が、個人差は小さい
働き方と環境の関係において、内勤と外勤による差異なども考慮すべき要素だ。皮膚温は外気の影響を受けやすく、働く人の環境は変化する。「非定常(時間とともに変わる)という点も重要です」と高田氏は話し、付け加える。
「例えば夏に営業担当が外を歩き、冷房の効いたオフィスに戻ると、最初は気持ちよくても、汗をかいてぬれたシャツのまま仕事を続けると、寒さを感じるかもしれませんし、不快です。外出先からオフィス内に入る前に、風に当たる環境を用意することで皮膚温を下げ、汗を蒸発させることもできます」
これからの空調は、いかに人の近くをコントロールできるかが重要になると高田氏は強調する。
「人が作業する局所的な場所の環境のみを空調することにより、室内全体の電力消費量削減にも寄与します。また皮膚温を意識することで、省エネ効果を最大化できると思います」
働く人中心の空調では、部屋の温湿度とともに皮膚温も注視すべき要素となる。またグローバル化に伴い、外国人の従業員も増えてきた。消極的快適の拡大解釈により、皮膚周辺の空間を整備し個人差を埋める工夫も必要だろう。






