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ミドルマネージャーと経営人材の違いを知り 企業を支える強いリーダーを育てる

人的資本経営が叫ばれ、人材育成が経営の中心的な課題の1つになっている。中でも重要なのは、組織の屋台骨を支えるミドルマネージャーと経営人材の育成だ。ミドルマネージャーと経営人材が担うべき役割の決定的な違いとは何か。ミドルマネージャーを経営人材に育成していくには、どのような思考と仕組みが必要になるのか。国内外の事情に詳しい立教大学准教授の田中聡氏に聞いた。

田中 聡 氏
立教大学 経営学部経営学科 准教授

「人とチームのブレイクスルーを科学する」をテーマに、”人・チーム”にまつわる様々な社会的(実務的)課題に対して、人的資源管理論・組織行動論の立場から実証的な研究に取り組んでいる。主な研究テーマは、(次世代)経営人材の育成、新規事業部門の人材開発・組織開発、若手社員の組織適応と経験学習、ミドルマネージャーの発達、ミドル・シニア人材の人材開発・キャリア開発、人事パーソンの学びとキャリア、など多岐にわたる。著書に、『経営人材育成論』(田中聡著:東京大学出版会)、『シン・人事の大研究』(田中聡・中原淳著:ダイヤモンド社)、『チームワーキング』(中原淳・田中聡著:日本能率協会マネジメントセンター)など。

ミドルマネージャーと経営人材は、
役割が全く違う専門職

部長や課長などのミドルマネージャーと、経営のトップである経営人材は、どう違うのでしょうか。

ミドルマネージャーと経営人材は、役割が全く違う専門職と捉えるべきです。優劣はありません。

ミドルマネージャーは組織の管理監督者であり、その使命は「Doing things right(物事を正しく進める)」です。解くべき課題は経営層から与えられます。複雑性が高い課題を、任された部門のなかでどう対処していくか。部内のリソースを適切に管理しながら、限られた環境の中でいかに最大限の成果を出すかが仕事です。その思考は「How型」。つまり、所与の目的をどう達成するかに集中し、四半期や半年ほどの短期でパフォーマンスの最大化を図ります。責任範囲も、基本的には自部門に限定されます。

一方、経営人材の場合、誰から解くべき課題が与えられるわけではありません。その使命は「Doing the right things(正しいことを為す)」。不確実性を自ら創造し、その企業が社会に必要とされる理由(パーパス)を作るのが仕事です。思考は「Why型」。何もないところから、将来のあるべき姿を描き、現状とのギャップを作ります。この企業は社会と何を約束し、どのような価値をもたらすのか。それを自身の言葉で語る必要があります。会社全体を視野に入れ、長期的な思考で構想し、意思決定します。責任範囲は会社組織を超え、あらゆるステークホルダーに及びます。

事業のライフサイクルが短くなる中で、ミドルマネージャーにはどのようなことが求められていますか?

ミドルマネージャーにも2種類あります。すでに確立されている既存事業を回すマネージャーと、事業や部門を新たに立ち上げていくマネージャーです。両者に求められる能力や役割は、大きく異なります。

既存事業を回していくマネージャーにとって最も重要なのは、メンバーのマネジメント力です。チームのパフォーマンスを最大化するために、メンバーに権限を委譲しながら、活躍と成長の舞台を与えます。理想のマネージャー像としてよく語られるのは、「メンバーを支えながら、適切なタイミングでサポートに入る存在」です。普段は一歩引いた位置にいて、メンバーが主体的に動ける環境を整える。しかし、何か問題が発生したときには、迅速に対処し、組織を安定的に運営する。これが既存事業のマネージャーに求められる役割です。

しかし、新規の事業や部門を立ち上げるマネージャーの仕事は、既存事業のそれとは全く違います。ここで求められるのは、組織をゼロから作り上げるリーダーシップです。まずビジョンを掲げ、メンバーを集めて、チームを作る。そして、未知の課題に挑みながら、早期に成果を出すことが求められます。このような環境では、「メンバーを支える」だけでは不十分です。むしろ、 マネージャー自身が先頭に立ち、行動し、組織を引っ張る存在でなければなりません。指示を出して待つのではなく、自ら動き、チームを鼓舞し、困難な状況を突破していく力が必要なのです。

一般的に望ましいとされるリーダーシップスタイルは、右上のコーチ型。しかし、新規の事業や部門を立ち上げるマネージャーは右下の指示型になることが必要

経営人材は、早い段階から
戦略的に育成する必要がある

ミドルマネージャーを経営人材に育成するには、何が必要でしょうか。

マネージャーを経験せず、一足飛びに経営人材になることは現実的ではありません。つまり、経営人材の育成とは「ミドルマネージャーから経営人材への役割移行」と捉えることができます。その移行を、スムーズかつ確実に行うために必要な学習資源の配分は、「7:2:1」として知られています。7は「実務的な経験」、2は「他者からの薫陶」、1は「知識やノウハウの習得(セミナーやMBAなど)」です。

昔の日本企業では、ミドルマネージャーとして高い業績を築いた人が、経営人材へと昇格するのが通例でした。その育成機会としてよく見られたのが、合宿型の幹部研修です。ミドルマネージャーの中からハイパフォーマーが選抜され、温泉宿や研修施設に数日間集められます。昼間は、著名な有識者による講演を聴き、会社の将来像を検討するグループワークをこなします。しかし、研修の本番はむしろ夜。宴会場での懇親会が始まると、参加者は上司や経営幹部と酒を酌み交わしながら、親睦を深めます。こうした研修の目的は、経営に関するスキルを学ぶというよりも、社内ネットワークの構築に重点が置かれていました。

しかし、今日では状況がかなり異なります。「ミドルマネージャーと経営人材は、役割の違う専門職」という認識に立ち、経営人材を戦略的に育成していく必要があります。先ほど7:2:1と言いましたが、特に重要なのは7の部分。リーダー育成に必要な実務経験をどれだけ早い段階で経験させられるかが勝負です。実務経験と言っても、安定した既存事業を回す経験ではなく、新規事業や新しい部門を立ち上げる経験が必要です。

ミドルマネージャーを経営人材に育てるために、「発達的挑戦課題」と言われる5つの経験特性が知られています。

1つ目は「不慣れな仕事環境へ異動する経験」です。本人がこれまで経験したことがない仕事環境に身を置きます。花形の事業部門を任せるのではありません。本人が慣れ親しんだ保守本流の部門からなるべく離れた「飛び地」を経験させるのが良いとされています。

2つ目は「高度な責任を負わせる経験」です。規模は小さくてもよいので、「一国一城の主」として最終的な財務責任を本人に背負わせます。ミドルマネージャーである以上、実際に経営の最終責任を負うことはないのですが、「後ろを見ても誰もいない」といった「最後の砦」として経営の意思決定をする経験を積ませます。

3つ目は「権限が与えられない経験」です。高いレベルの責任は負わされるが、権限は与えられない。そのジレンマの中でチームを作り、事業をリードしていく経験です。社内外のステイクホルダーと連携し、自分なりのチームを育てていく能力を鍛えます。

4つ目は「トラブルシューティングの経験」。想定外の事態への対応力を育みます。

そして5つ目は「変化を自分で生み出していく経験」です。不確実な環境下で変化を自ら作り出し、新たな価値を創出していきます。

これら5つの要素を含む経験を、できれば20歳~30歳代という早い段階で経験させておく必要があります。

人事は黒子ではなく、
会社を率いていくイノベーター

なぜ、早い段階で経験させることが重要なのでしょうか。

既存事業を回すマネージャーを長くやり過ぎると、先ほど述べたミドルマネージャーとしての役割に過剰適応してしまい、その役割をアンラーニングして経営人材に役割移行するのが難しくなるからです。「与えられた課題を解決すること」を本職とする人に、経営トップは務まりません。早い段階でミドルマネジメントの役割から離れ、経営人材への道を歩んでもらう必要があります。

そのためには、ある種の「帝王学」が必要になります。「会社は将来、あなたに経営人材になることを期待し、そのために必要な経験を積ませている」ということを、早い段階で本人に伝えることです。もちろん、それは未来を約束するという意味ではなく、現段階ではそうだということです。「当然、あなたが変わるように会社も変わる。この関係性を毎年のように確認し合いながら進めていく必要がある」と説明し、お互いが完全には理解し合えないことを前提に、継続的な対話を続けていく必要があります。こうした話をすると、よく経営層や人事の方から「選ばれなかった人のモチベーション低下がリスクだ」という声をいただきます。しかし、実は「選ばれなかった人にどう向き合うか」こそが、人事の本質的な役割ではないでしょうか。「なぜ選ばれなかったのか」「選ばれるようになるために何が必要なのか」を丁寧に説明できれば、むしろ本人の成長を促す機会になります。それをせずに、「全員に平等なチャンスがある」ように見せかけることのほうが、結果的に組織の成長を阻害しかねません。

前述した5つの経験特性は、端的に言えば「修羅場経験」です。ただし、それを単に経験させるだけではよくありません。人材育成部門の役割は、候補者に伴走しながら、その経験を通じて本人が何を学び、どのように視座を変えていくのかを促すことにあります。会社からの期待を本人に知らせないまま、ただ厳しい経験を積ませるだけでは、離職リスクを高めるだけです。だからこそ、ちゃんと本人に伝える必要があるわけです。

経営人材の育成に関わる人事担当者は、どのような意識で臨むべきでしょうか。

人の成長を支援する立場にある人が、まず考えるべきことは「自分自身が成長できているか」ということです。組織のメンバーを最も成長させるリーダーの特性を調べたところ、最大の要因は「リーダー自身が成長していること」でした。リーダーの成長をメンバーが認識できたとき、メンバーも成長しようと思うようになります。逆に、リーダーが停滞していれば、メンバーの成長も鈍化します。

人材の成長を支える人事担当者も例外ではありません。日常の多忙な業務に追われがちななかでも「自分はこの仕事を通じて何を学び、どう成長しているか」を振り返る時間を意識的に確保することをお勧めします。人事部門こそが「学習する組織」の先頭に立ち、「人事の人たち、すごく成長しているよね」と社内から憧れられるようなポジションになることが期待されています。人事が学び続ける組織であれば、企業全体の成長にも好循環が生まれると私は強く信じています。

生産年齢人口が減る中で、人材を支える人事部門の重要性はますます高まっています。「人事こそ経営そのもの」と考える経営者も増えています。人事はもはや組織の黒子ではなく、企業戦略をリードするイノベーターなのです。これは大きなチャンスです。人事や組織づくりに関する専門性は、今後、さらに価値の高いキャリアとなっていくでしょう。これまでの人事の枠にとらわれず、新たな挑戦を続けることが、これからの時代に求められる人事の姿だと思います。